メガスターゼロ投影機の動作チェック
7月3(金)
 6月21日(日)の部分日食が終わった翌日に、横浜に戻りました。しばらくいましたが、現在は再び、ひたちなか市です。海がすぐ近くなので、横浜に比べると朝夕の温度が数度くらい低く感じます。日中の暑さはさほど変わりません。

 新型コロナウイルス感染拡大の影響で、私共がプラネタリウムの投影を受託している、岐阜県関市まなびセンターでは、9月末まで投影がありません。関市のイベントや行事が9月まで中止になっています。ここ数日間の感染者の増加傾向を見る限り、この判断は正しかったのではないでしょうか。このまま増加傾向にあるとすれば、10月以降もどうなるかわかりません。

 今年1月に投影を行ったのを最後に、それ以降プラネタリウム投影機を動かしていませんでした。気になっていたので、今日の午前中に久しぶりに動作チェックを行いました。まったく問題ありませんでしたので、安心しました。定期的に動かしていたほうが、ハードウエアの場合は安心できます。そのような意味では、天体望遠鏡も同じでしょう。

 関市で投影があるときには、数日前に必ず動作チェックをします。不具合があった場合に、メーカーに修理を依頼する時間を確保しておくためですが、深刻なトラブルはありません。途中で内部の基板をすべて交換しているため、劣化の度合いも緩和されているのでしょう。

 新型コロナウイルス感染の収束と、私共がプラネタリウム解説者を引退する時期の、両方の要素をにらみながら日々の生活を送っているのが現在の状況です。体のほうは、左足の痛みもだいぶ軽減されてきました。問題があるとすれば、卓球練習ができない(施設での練習を制限されています)ことと、庭で太陽や月を見る場合の機材の組み立て時に、体への負担が大きくなったことでしょうか。

 赤道儀架台も鏡筒も、どちらも20キロオーバーです。負担になって当然ですね。慣れるまでにはまだまだ時間がかかりそうです。新型コロナウイルス感染の収束を願いながら、10月以降に投影する予定のコンテンツ制作に励んでいるところです。
部分日食(ひたちなか市 6月21日)
6月21(日)
 時折晴れ間は見えるものの、低空の雲が空を覆いつくしていました。この状況は午後になっても変わらず、また天気予報の雲の流れを見ても絶望的でした。

 その状況を見ながら、どんなケースにも対応できるように、機材の組み合わせのパターンをいくつか準備しておきました。日食が始まる頃から、雲は薄くなり、雲越しに太陽が見えるようになりました。全経過を連続写真で撮影することはできませんでしたが、何枚かの画像を得ることができたのは、幸運でした。

 写真撮影をしながら、日食グラスとFC50という小型屈折望遠鏡にサングラス(肉眼用のサングラスではなく、望遠鏡の接眼鏡の付属品として過去に販売されていたものです)をつけて、6月15日(月)の写真にある庭で日食を楽しみました。1時間ほど見ていましたが、太陽が雲に隠れしまったところで撮影を中断しました。

 昨年の12月26日(木)以来の部分日食です。前回も雲越しの撮影でしたが、今回もです。でも見ることができただけでも良しとしたいと思います。ちなみに、昨年の部分日食のレポートは、私共の「星雑記」の2019年12月27日(金)のところに記述しています。こちらです。

 少し前から症状が出ていましたが、赤道儀の赤経側の手動による微動装置が渋くなっており、とうとう力を入れても動かなくなってしまいました。赤道儀の駆動系の心臓部です。分解はしたくなかったのですが、撮影が終わってから原因を調べることにしました。各部をチェックしても異常はありませんでしたが、よくよく調べてみると、手動とモーターによる駆動を切り替えるクラッチ板がギアに密着して固まっていました。傷をつけないように取り外し、グリースアップして、再度組み立てなおしたらスムーズに動くようになりました。適度な硬さで、手動によりギアを回せるようになりました。これで一安心です。

 造り込みの精度が高いために発生するトラブルです。以前にも同社の赤道儀を使用していてこのようなトラブルがありました。グリースを定期的に塗り込んでおけば回避できるでしょう。使い慣れないうちは、いろいろとトラブルに遭遇するものですが、それらを体験していくうちに、赤道儀の音や挙動などで不具合がないかどうか理解できるようになります。

 すぐ下の写真は、口径15センチの屈折望遠鏡でフィルターを付けずに撮影しています。雲がフィルターの代わりをしてくれているものですが、さすがに雲が切れると、光学的なダメージは大きくなります。よい子は、絶対にまねをしないでください。気流は乱れ気味でしたが、比較的シャープな画像を得ることができました。一番下の画像において、太陽表面にムラがあるように見えるのは、太陽の手前の雲です。


 なお、明日から2週間程度、都合によりブログの更新をお休みとさせていただきます。ご了承ください。

写真のデータ
部分日食 食分0.432(食最大の8分前) 17時01分(茨城県ひたちなか市)
TOA-150B 1.5Xエクステンダー 合成焦点距離1650mm トリミングなし EOS1Ds MarkⅢISO100 1/2500sec ノーフィルター

画面の横方向が日周運動の方向です。すなわち右が西、上が北です。月(太陽の欠けている部分)は西から東に移動していきます。

写真のデータ
部分日食 食分0.102 16時21分(茨城県ひたちなか市)
TOA-150B 1.5Xエクステンダー 合成焦点距離1650mm EOS1Ds MarkⅢISO100 1/200sec アストロソーラフィルター使用
日の出(ひたちなか市の海岸 6月20日)
6月20(土)
 日付が変わる頃まで雨が降り続いていました。しかし、天気予報では午前3時頃には雨雲が抜けていきそうなので、日の出の撮影の準備だけしておいて床に就きました。午前3時30分に目覚まし時計に起こされました。表に出ると晴れていましたので、急いで支度をして海岸まで機材を担いで歩いていきました。

 空は快晴ですが、水平線付近には低い雲が横たわっていました。撮影の準備をしながら、・・・おそらく太陽は、この雲の上にこないと顔を出さないだろうと思っていました。ところが、いきなり水平線から顔を出してきたので、驚きました。それが一番下の写真です。たまたま漁船が通過したので、その瞬間を捉えました。

 その後、太陽は雲の中に一度隠れてから、再び姿を見せました。そこまで撮影をしましたが、その一連の写真の中から2枚ほどセレクトし画像処理を行いました。朝日を撮影していたのは、いつものように私共ひとりだけですが、ほかに地元の方とみられる釣り人が2名、サーファーが1名いました。皆さん早朝から元気そうに活動していました。

 目覚ましに起こされるときは、いつも・・・面倒だな・・・と思うのですが、それでも我慢して現場に立つと、朝焼けに染まる空の美しさと、日の出の情景に心を癒されます。日の出・日の入りは、プラネタリウム解説者にとって、プラネタリウム演出上、最も大切な場面です。何度でも何度でも、実際の現場でその情景を目や心に焼き付けておくことは、プラネタリウム解説者としての、私共のプライドです。

写真のデータ
2020年6月20日4時23分 EOS1Ds MarkⅢ EF300mmf2.8L USM + 2Xテレコンバーター ISO640 F13 1/200sec 周辺部をトリミング

期待はしていませんでしたが、300ミリレンズと2倍テレコンバーターの組み合わせは、想像していたよりもシャープな像を結びます。天候の状況等を配慮すれば、この光学系での撮影が日の出には、ベストかも知れません。ただし、ほかの可能性も含めて、さらに光学系の組み合わせについて試行錯誤する予定です。

2020年6月20日4時20分 EOS1Ds MarkⅢ EF300mmf2.8L USM + 2Xテレコンバーター ISO640 F10 1/320sec 周辺部をトリミング
湿気対策
6月19(金)
 今日は1日中、雨が断続的に降ったりやんだりしています。明日の明け方近くまではこの状態が続きそうです。本来は梅雨に入る前に済ませておくべきでしたが、いろいろあって、作業が今頃になってしまいました。湿度の高いこの時期を乗り切るため、光学機器の湿気対策を朝からほぼ1日がかりで行い、先ほど終了しました。

 天体望遠鏡やカメラ類、そしてそのレンズなどは、きちんと保管しておかないと、この時期にカビを発生させてしまうことになります。光学機器にとって湿気は大敵です。防湿箱に入れておけばよいのでしょうが、レンズ類などの量が多くなると、その分、防湿箱もたくさん必要となります。スペースも必要ですが、費用もかかります。

 私共はずっと前から、密閉式のビニール袋の中に、乾燥材とこれらの機器を入れることで保管してきました。年に数回、乾燥材を入れ替えることにしています。この方法で、光学機器のカビの発生はほぼ押えられます。レンズ類は高価です。カビを発生させてしまうと厄介です。量が多いので、作業は1日ほどの時間を費やすことになります。特に今回は念入りに行いました。

 そのついでに、天体望遠鏡の拡大光学系と接眼鏡を写真に収めておきましたので、アップします。上の写真は、バローレンズと呼ばれる拡大光学系です。性能に定評のある、テレビュー社のものです。白色光による太陽面の拡大撮影、Hα太陽望遠鏡によるプロミネンスやダークフィラメントの拡大撮影、そして月や惑星の拡大撮影に使用します。用途に応じていつの間にかこれだけの種類が集まってしまいました。ちなみに私共は、これらのパーツのコレクターではありません。使ってこそのものだと考えています。

 右の写真は、天体望遠鏡を眼視で見る場合に必要な接眼鏡です。1個を除いてすべて同じメーカーのもので統一しています。その1個とは、前述のテレビュー社のものです。パンオプティック27mmという接眼鏡です。いずれの接眼鏡も広視野でコントラストが良く、シャープな像を結びます。性能として申し分ありません。

 特にミューロン21センチ反射望遠鏡に7ミリ、5ミリという接眼鏡を組み合わせると、倍率は7ミリの場合で342倍、5ミリの場合では480倍にもなります。望遠鏡の性能の限界を超える倍率ですが、それでも像の乱れはなく、例えば、火星、木星、土星など、気流の良いときには、気持ちの良い像を見せてくれます。

 使用頻度の高い光学系はレンズにほこりが付着しており、多少汚れもあったので、丁寧にクリーニングを行い、湿気に強い箪笥にしまい込みました。梅雨が明けた時点で、再度乾燥材を入れ替えることになるでしょう。あと10年もすれば、これらのパーツも教え子たちに引き継ぐことになるでしょう。
太陽面の撮影
6月17(水)
 私共の太陽面の撮影方法は、6月15日(月)のところで記述したハーシェルプリズムを使用します。対物レンズの口径を絞らないで、解像度の高い太陽面を撮影するためです。それに使用するカメラも、天体写真専用です。そのカメラで動画を撮影し、スタッキング、ウェーブレット変換、モザイク合成などの画像処理を経て、やっと1枚の太陽面の画像が完成します。画像処理のテクニックのほか、撮影と画像処理のために費やす時間と労力も必要です。

 このようにして得た画像は、ギャラリーの中に、「太陽」と題してアップしてあります。こちらからご覧ください。ただし、日食の場合はこのような撮影方法が使用できません。撮影に時間がかかるため、その間に太陽の欠け具合が変化してしまうためです。このため、日食の撮影にはデジタル一眼レフカメラが必要です。

 その方法でも何度も撮影していますが、今回の日食(6月21日)では、これまで使用してきた光学系とは異なるものを使用する予定です。下の6月15日(月)のところで記述した15センチ屈折望遠鏡です。口径を絞らないで撮影するために、前述のハーシェルプリズムを使用したいところですが、残念ながら私共が使用する光学系の組み合わせではピントが出ませんでした。

 この問題を回避するため、対物レンズの前にシート状のフィルターを取り付けることにしました。昨日宅配便で届けていただきました。今日の午前中いっぱいかけて、それを対物レンズの前に取り付けるため、キャップを段ボールで自作し、午後から太陽面の撮影テストをしました。

 太陽は天頂付近からやや西に傾きましたが、炎天下のため気流は乱れていました。その状態においてデジタル一眼レフカメラでの1枚撮りは、解像度に難があります。前述の動画からスタッキング等の画像処理を施すほうが、はるかに解像度の高い画像が得られます。しかし、この1枚撮りの画像を画像処理してみると、まあまあみられる画像となりました。

 撮影したときの、機材の使い勝手ですが、赤道儀の赤経方向の手動による微動が少し渋めであることを除けば、充分に満足できるものでした。鏡筒のほうは、さすがにフラッグシップ機です。鏡筒が天頂方向を向いても、カメラがその重さでずり落ちてくることもなく、ピントのノブも、カメラの回転装置の動きもきわめてスムーズです。感心しました。当日、天気が良ければ、この光学系で日食の撮影を行う予定です。

 写真は、上が撮影風景、下は鏡筒の接眼部の拡大です。この状態でピントが合っています。架台の剛性が高いので、鏡筒からカメラがこれだけ離れていても、びくともしません。

写真のデータ 太陽面(ノートリミング)
2020年6月17日 13時14分 TOA150B(高橋製作所)f=1100mm X1.5エクステンダー 合成焦点距離1650mm
アストロソーラフィルター・ソーラコンティニアムフィルター使用
EOS1Ds MarkⅢ ISO100 1/500sec
※無黒点であるため、解像度の評価が困難ですが、粒状斑の写り方を見る限りまあまあです。
※画像は、横方向が日周運動の方向です。すなわち、北が上、右が西です。太陽自身の東西を示すものではありません。ギャラリーの太陽面は、太陽自身の東西南北に合わせてあります。
日の出(ひたちなか市の海岸 6月17日)
6月17(水)
 天気がよさそうなことがわかっていたので、午前3時30分頃起きて、日の出の撮影に向かいました。空は快晴でしたが、水平線付近にのみ雲の重なりがあり、さらに、薄いモヤもかかっていました。

 水平線から顔を出すところを焦点距離900mmの長望遠で狙うつもりでしたが、あきらめました。すぐに拡大光学系のレンズを取り替え、焦点距離約700mmレンズの組み合わせとしました。この光学系で撮影したのが、左側の画像です。

 画面下部の、水面にみられるブイにピントが合っていませんが、このクラスの焦点距離ともなると、太陽にピントを合わせれば、その手前のものがボケてしまうためでしよう。

 夏至に近いので、太陽は、1年の中で最も北寄りの方角から上ってきます。撮影現場に立つとそれがどのあたりなのか、見極めることができただけでも収穫です。

 焦点距離が長くなるほど、撮影は難しさを増していきます。カメラ雲台では構図を決めるのに時間がかかりすぎるため、天体望遠鏡の三脚と経緯台を使用し、微動装置で調整しながら、フレーミング(カメラの構図を決めること)を行っています。

 梅雨の晴れ間を見つけて、これからも撮影を続けます。前回の撮影時には、肌寒かったのですが、今回は適温で快適でした。


写真のデータ
2020年6月17日 4時34分
BORG100ED f=640mm X1.08フラットナー
合成焦点距離691mm
EOS1Ds MarkⅢ ISO100 1/2000sec
周辺部を多少トリミング
観測機材
6月15(月)
 これまでにも記述してきたとおり、新型コロナウィルスの感染拡大は、私共の生活を激変させました。生活環境が変わったのに伴い、これまで長年愛用してきた、天体望遠鏡の架台であるマークX赤道儀を、教え子のひとりに引き継ぎました。天体望遠鏡の世界では、名機と呼ばれる赤道儀です。大きさも手ごろで、その割には剛性が高く、推奨値以上の重量の鏡筒を載せても、あまり問題はありませんでした。今となっては大変珍しい純正のピラーに載った赤道儀です。

 これまで35年近く使用してきたので愛着もありましたが、今が手放すタイミングだろうと判断しました。しかし、プラネタリウム解説者を引退するわけでも、天体写真撮影の活動を終了するわけでもありません。・・・さて、これからどうしようかといろいろ考えていた矢先、その教え子から、使用しない赤道儀があるから使ってみませんかと、申し出がありました。

 渡りに船と思い、借りることにしました。私共がこれから使用する赤道儀です。そして、その上に搭載する望遠鏡もまた、その架台にふさわしい光学系です。マークX赤道儀は、運搬にも負担がありませんでしたが、これからの機材はそうはいきません。すべてのパーツが持ち運びの限界の重さです。私共の年齢を考えると、かなり厳しい重量です。場合によっては、教え子たちの手を借りることも考えています。

 口径が15センチもある屈折望遠鏡です。果たしてこれで太陽を見てもよいのだろうかと思われるかも知れませんが、見てしまいました。しかも、口径を絞らずにです。具体的には、接眼部にハーシェルプリズムという、太陽の光の大部分を逃がす装置を取り付け、さらに減光用のフィルターを通します。これで見る太陽面は、微細な黒点や白斑、粒状斑もよく見えます。さすがに15センチの威力でした。

 市販の屈折望遠鏡として世界最高峰の性能です。その像は見事なものですが、逆に、これまで使用してきたBORG125EDも、改めて比較するとなかなかのものだなと思った次第です。ただ、こちらは光軸がズレやすいので、星雲・星団などを撮影する場合は、現場で光軸を必ず調整するようにしています。BORG125EDは、スーパーレデューサを併用すると口径125mm F4 焦点距離500mmとなります。このスペックの望遠鏡は見かけないので、今後も継続して使うつもりです。BORG125EDはデジタル非対応の望遠鏡です。青ハロがでますが、フィルターワークによって軽減することが可能です。

 口径15センチの屈折望遠鏡を支える架台はJP赤道儀です。鏡筒の重量は、鏡筒バンドまで含めて約25キロです。8キロのバランスウエイト3個でバランスをとっています。鏡筒自体のバランスは、どちらかといえば、対物レンズ側に重さが偏っています。接眼部にはカメラを取り付けることになるので、写真の状態で大丈夫でしょう。これだけの重量物を載せても、びくともしない架台は、さすがの造りです。剛性も高いのですが、私共の撮影ポイントのひとつである、天城高原の冬場の強風下では、さすがに長焦点の追尾撮影は無理でしょう。

 この赤道儀架台には、極軸望遠鏡がありません。そこで、極軸のセッティングには、電子極軸望遠鏡を使用することにしました。また、オートガイダーもスタンドアローンで動作するものに変更しました。

 組み立てには、かなりの時間がかかります。また、鏡筒自体が重いので、鏡筒バンドのところまで持ち上げるのが大変です。慣れれば力を入れなくても済むようになるのではないでしょうか。

 これから、この機材を使用し、今の環境の中で、何が撮影できるのかを考えていきたいと思います。おそらくあと10年くらい使用して、体力がなくなった時点で、教え子に引き継ぐ予定です。

 なお、マークX赤道儀は、ポータブル赤道儀仕様のものが、あと1台、手元に残っています。こちらは、あとしばらく使用し、いずれ、教え子のひとりに引き継ぐことになるでしょう。生活のほうですが、新型コロナウィルス感染拡大の状況をにらみつつ、横浜と地方の間を行ったり来たりすることになるでしょう。
 下の画像は、太陽を見るために使用するハーシェルプリズムです。15センチの口径を絞らずに使用しますが、よい子はまねしないでください。危険です。これで見る太陽は、とても美しいものですが、しばらく見ていると目が熱くなるのは、赤外線が到達するためでしょう。目に良くないので、今後は別の方法で、見ることを考えています。
手書きイラスト22作目(原爆ドームの春)
6月12(金)
 この作品は、制作プロセスがこれまでの作品とは大きく異なります。これまで作品は、全てイラストボードに描いてきましたが、この作品は、初めてキャンバスを使用しました。キャンバスは麻張り・桐枠で、大きさは15号(652mm×530mm)です。そこにアクリル絵の具で描画しています。5月20日(水)の完成です。

 何度も訪れている広島ですが、この日は時間があったのでカメラを携えて、安佐南区から横川を経由して、原爆ドームまで歩いて往復しました。広島市内における私共の散歩コースですが、その距離はどちらかといえば常識はずれでしょう。かなり疲れますが、良い運動になります。

 この日は、天気も良かったので、何枚もの写真を撮影し、その中から気に入ったショットをイラストの素材として使用しました。ただし、イラストを描く環境が満足できるものではありませんでした。カメラの背面にある3インチTFT液晶モニターを見ながら、キャンバスにデッサンし、着色したものです。もう少しリアルに描きたかったのですが、描いている段階では、画像をパソコンに取り込んで、大きくして見る手段もありませんでした。

 円形の建物の曲率などが少し不正確で、修正の余地はあったのですが、ある程度修正した時点で筆をおきました。キャンバスを使用して描くことは、イラストボードの数倍の絵の具の量を必要とします。また、布目の粗さに影響を受けますが、独特の質感があり、さらに発色も良いので、捨てがたいというのが、描いてみた感想です。

 この作品も含めて、広島市をテーマとした3部作を考えており、現在はその2作目に取り掛かっている最中です。3作とも15号キャンバスに描く予定です。
手書きイラスト21作目(不二桜)
6月12(金)
 かなり早い段階で完成していた作品ですが、このブログ「星雑記」にアップできる環境になかったため、今頃になってしまいました。完成したのは4月12日(日)のことです。

 不二桜は、京都の東寺にあります。満開になる頃になると、見に行きたくなります。東寺の講堂の東側に位置する、回遊式庭園の一角にある枝垂れ桜です。三重県鈴鹿市の鶏飼農園から譲渡されたもので、樹齢は120年と言われています。以前からイラストにすることを考えていましたが、背景などを含めて、どう描くか考えがまとまらず、今日に至ってしまいました。

 出来栄えとして、満足しているわけではありませんが、これだけの量の花びらを描くとなると、やり直しするのも、正直おっくうなので、筆を止めることにした次第です。
日の出(ひたちなか市の海岸 5月14日)
6月3(水)
 5月14日(木)の日の出の写真です。この日は、条件が良く水平線に太陽の上辺が顔を出すところから見ることができました。今後似たようなチャンスがあれば、その瞬間のグリーンフラッシュを撮影できるかもしれません。しかし日没時のほうが、太陽が徐々に沈んでいくので、シャッターチャンスがわかりやすいように思います。上ってくるときには、突然に太陽が光を発するので慣れが必要でしょう。

 単なる天体の出という現象です。しかしながら日の出は、空の色の変化も美しく感動的です。

 この日以来、日の出の撮影に行っていません。しかし、やっと撮影機材がそろったので、これまでよりもさらに長焦点で撮影をする予定です。良い写真が撮影できたらアップします。



写真のデータ
日の出 2020年5月14日4時35分
EOS-1Ds MarkⅢ EF300mm f2.8L USM 絞りF20 ISO100 1/125sec トリミング
撮影地 ひたちなか市の海岸
日の出2態(ひたちなか市の海岸 5月1日)
6月2(火)
 5月1日の日の出を、海岸の磯に出て撮影したものです。まだ試行錯誤の域を出ませんので、今後場数を踏んでより良い画像を目指す予定です。条件がそろわないと良い写真が撮影できません。天候、潮の干満、運、そしてテクニックなどの要素が全て求められるようです。

写真のデータ
日の出 2020年5月1日4時48分
EOS-1Ds MarkⅢ EF300mm f2.8L USM 絞りF10 ISO100 1/20sec トリミング
撮影地 ひたちなか市の海岸

写真のデータ
日の出 2020年5月1日4時59分
EOS-1Ds MarkⅢ EF300mm f2.8L USM 絞りF8 ISO100 1/400sec トリミング
撮影地 ひたちなか市の海岸
moonroad(ひたちなか市の海岸 5月7日)
6月1(月)
 これから何日かかけてアップする画像は、この2か月間、ブログの更新が滞っていた間に撮影したいくつかの画像です。コロナ疎開と思われてしまうかもしれませんが、まったく別の事情で横浜を離れました。生活に必要な最小限の荷物しか持ってこなかったため、いろいろと制約がありますし、環境にもなじめません。

 そんな中でも、取り組めることはないかといろいろ考えた結果、水平線から上ってくる天体の撮影に取り組むことにしました。

 日の出、月の出、天の川などがテーマとなります。まだよい写真が得られていませんし、使用できる機材も限られています。そんな中での試行錯誤ですが、その中から順次アップする予定です。

 左の画像は、満月をとらえたものです。水平線から顔を出す場面は、よほどの条件が整わないと、撮影ができませんが、この日は、顔を出す時刻を過ぎて、少ししてから見えだしました。手前の波と一緒に撮影したものです。

 下の画像は、時間がある程度経過してから撮影したものです。満月によって照らし出される海面には、月の光によって月までの道ができます。それを幻想的に表現できないかと考えて、試行錯誤したものです。

 満月に限らず(といっても、東側の水平線から顔を出すのは、満月以降となります)、ほかの月齢でも天気が良ければ、撮影に取り組むつもりです。

 いずれ、私共のホームページのギャラリーに、日の出・月の出というコーナーを設けて、そこに収録する予定でいます。


写真のデータ

写真左
月の出 2020年5月7日18時33分
EOS 1D-X EF300mm F2.8L USM
絞りF10 1/250sec ISO6400
撮影地 ひたちなか市の海岸

写真下
moonroad 2020年5月7日
EOS 1D-X EF24-70mm f2.8LⅡUSM
70mm 絞りF9.0 0.8sec ISO640
撮影地 ひたちなか市の海岸

ブログ「星雑記」の更新再開
5月31(日)
 新型コロナウイルスの感染拡大は、人々の生活様式を一変させてしまいました。それと同時に、多くの方々が大なり小なり、影響を受けたことでしょう。もちろん私共もそのひとりです。

 関市まなびセンターの今年度の投影は、5月から始まる予定でしたが、まなびセンターのホームページの告知通り、9月までの投影が中止となっています。すなわち、私共も9月までの仕事を失ってしまったということです。

 新型コロナウイルスには直接関係ありませんが、時を同じくして、私共の環境も激変しました。この「星雑記」の更新ができなかったのも、そのためです。新しくネットワーク環境を整え、やっと更新できるようになりましたので、これまでと同じような頻度で更新をするつもりです。更新するための素材もある程度たまっていますので、空白を作った過去にもさかのぼってアップしていく予定です。

 ブログが更新されないことで、何人かの方々から、どうしたなのかな・・・という連絡を頂戴しました。ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。
新型コロナウイルス感染拡大の影響
3月30(月)
 新型コロナウイルスの感染拡大は、勢いがおさまりません。

 私共の日常生活・仕事などを激変させてしまいました。時として、自らも感染しているのではないかという恐怖にかられることがあります。のどに違和感を感じたり、熱があるように思う瞬間があるためです。これまでは、それらは気のせいでした。今のところ、体調に変化はありませんが、私共の年齢を考えると、もし感染すれば重症化することは避けられないでしょう。

 この「星雑記」の更新が滞ってしまったことにも、新型コロナウイルスの感染拡大が間接的に影響しています。詳しいことは記述しませんが、当面の間、更新の頻度が極めて低くなるかもしれませんし、場合によっては、ホームページを閉鎖することになるかもしれませんので、ご了承ください。

 ここにきて、生活スタイルが大きく変わろうとしています。まさか、このような事態が訪れるとは、夢にも思っていませんでした。
新型コロナウイルス感染拡大の影響
3月13(金)
 新型コロナウイルスの感染拡大は、勢いが衰える傾向が全く見られません。私共の日常生活にも、仕事にも、これまで以上に、さらに大きな影響が出ています。

 買い物については、その頻度を少なくしています。家に戻ってからは、手洗いやうがいはもちろん、玄関のドアのノブなど、手洗いをする前に、触れたものを消毒するように心がけています。スプレー式のアルコール消毒液を、小型のプラスチック製のボトルに入れて持ち歩くようになりました。

 一方で花粉症に悩まされる時期でもあります。花粉症のために鼻水やくしゃみが出るのか、または風邪なのか、あるいはウイルスに感染しているのか、区別がつかない状況です。幸いなことに、今年は比較的早い時期から薬を飲んでいるので、花粉症の症状は軽症で済んでいます。この時期としては体調は悪くありません。足の痛みがいまだに解消しないのを除けば・・・。

 家から出る機会が減ってしまったために、ストレスがたまりつつあることは事実です。近隣の公共施設は、3月末まで臨時休館とのこと。それは、さらに延びるかもしれません。このため、日課にしていた卓球練習もできません。運動は散歩だけです。家の中で、筋肉が衰えないように鍛えているだけです。このような状況がいったいいつまで続くのでしょうか。

 3月の新月期に、教え子たちから泊りがけで星見に誘われていました。私共は、すでに高齢であるため、感染のリスクは若い人たちに比べると高いものだと思われます。今回は見合わせました。ここ数か月間、星を見に行く機会がめっきり減ってしまいました。

 荻町城跡望台から見た白川郷のライブ映像を時々チェックしています。この時期は、道路を観光客が歩いている姿を画像からでも確認できるのですが、今年は、人々の歩く姿がまったくみあたりません。外国人観光客が減ってしまったためでしょう。
影響はさまざまなところに及んでいるようです。
横浜・広島間往復(3月1日から3日)
3月6(金)
 新型コロナウイルスの感染拡大の影響は、私共の生活にも大きく影響するようになりました。薬局の店頭に早朝から並び、マスクやトイレットペーパーなどを入手することが日課になってしまいました。トイレットペーパーに関してはデマとのことですが、品物が不足すれば、とても困るので、結果、行列に並ばなくてはいけなくなります。

 日頃の運動をするために、近くの公共施設を利用しますが、そこも臨時休館となってしまいました。現在の運動は、日課である散歩だけです。

 そんな中で、詳しくは書きませんが、横浜・広島間を車で往復することになってしまいました。3月1日(日)の夜に出かけました。夜通し走り続けました。通常であれば、流通のトラック便が隊列をなしますが、この日は、車の数が異様なほどに少なく、驚きました。

 要所要所で仮眠をとりながら、2日(月)の午後に広島に到着し、数時間で用事を済ませたのち、再び横浜に、とんぼ返りです。3日(火)のお昼過ぎには横浜に戻ってきました。長距離を走るのは約1か月ぶりでした。その後、自宅に戻ってから、日常の生活スタイルがかなり変化しました。これも、新型コロナウイルス感染拡大の影響です。

 今日は、風もなく天気が穏やかだったため、葉山の海に出かけました。富士山もよく見えていました。平日だというのに、海岸には意外なほどにたくさんの人々が遊んでいました。おそらく学校が休みのためでしょう。家族連れが多かったように思います。このような生活のパターンがいつまで続くのかわかりませんが、早く収束して、日常の生活に戻ることを望んでいます。

 写真は、葉山の海岸から見た風景です。富士山と江の島が見えています。
新型コロナウイルス感染拡大の影響
2月27(木)
 新型コロナウイルスの感染拡大は、今が正念場ということのようです。政府の要請で、大規模なイベントの開催等の中止が相次いでいます。またこれにならうように、公共施設などをはじめとして、さまざまな場所でイベントの中止や、その他の講座などが中止になっています。この影響は、私共の仕事にも及びました。

 3月14日(土)と15日(日)に予定されていた、関市まなびセンターの投影および天体観望会も中止されることになりました。すなわち、令和元年度の投影がこれで終了したことになります。中途半端な終わり方で後味の悪いものですが、現状を考えると仕方のないことでしょう。各地のプラネタリウム館の多くが投影を中止することになったようです。

 私共も、最近は家にいる機会が多くなりました。人と接触することもあまりありません。手洗いはもちろん、アルコール消毒も必要に応じて行うようになりました。そんな中で、昨日は、最寄り駅周辺のショッピングセンターに買い物に出かけました。どうしても調達したいものがあったためです。人手の少ない時間帯を選んで、開店と同時にお店に入りました。

 そのショッピングセンターに行くと、必ず立ち寄るお店があります。コーヒーと輸入食品を扱うお店です。ご存じの方も多いことでしょう。お店の入り口のところでコーヒーをサービスしてくれます。私共は、このお店のコーヒーが好きです。店内の商品を見ながら、このコーヒーを飲みますが、買い物をすることはたまにしかありません。

 しかし、今回は状況が異なっていました。いつもの場所には、コーヒーをサービスしてくれるスタッフがいませんでした。・・・おかしいな?・・・と思いながら、視線を下げると、「新型コロナウイルス感染拡大の影響で、コーヒーのサービスを中止している」とのことでした。

 え・・・!と思いましたが、同時に、・・・ああ、そうかと納得しました。楽しみがなくなってしまったので、必要なものを調達するとすぐに帰宅しました。

 いつもの散歩コースでは、河津桜が見頃をむかえています。ご本家の静岡県賀茂郡河津町では、すでに見頃は過ぎて、葉桜になりつつあるようです。ピーク時の人出も昨年ほどではなかったようです。

 私共も、何度か見に行ったことがあります。伊豆長岡から修善寺を経由して、浄蓮の滝のそばを通過し、天城山隧道から河津七滝ループ橋を経て、河津町に入ります。

 たくさんの人で賑わいますので、お昼を食べるのも大変です。一度、河津川のそばの小料理屋さんに入ったときのことです。海がすぐそばなので、金目鯛の定食を頼みました。そのお店の中では、一番値段の高い定食でしたので、周りの客から注目されました。食べてみると、それは、数日間、煮込んだような感じで、お魚の身は固くなっており、魚の味もほとんどしませんでした。残念ならが、値段ばかり高くて、おいしさは最低でした。これでは、観光地のイメージが悪くなるだけだな思って、お店をあとにしました。観光のピークのときだけ利益を最大限にあげれば、こっちのものとでも思っているのでしょうか。

 今では、河津桜=「金目鯛の定食」 と条件反射のように連想するようになってしまいました。写真は、散歩コース沿いで満開をむかえた「金目鯛定食」です。スマートフォンのカメラで撮影しました。
自宅から見える山々
2月21(金)
 先日の2月11日(火・祝)は天気が良かったので、自宅から山々が良く見えていました。大気が澄んでいる午前中に、スマートフォンのカメラで山々のパノラマを撮影しておきました。今日の午前中に、これらの画像をパソコンに取り込み、ソフトウエアを使用して、パノラマ合成しました。不要な部分をトリミングした結果、画像の大きさは横方向で8631ピクセルありました。

 自宅からどのような山が見えているのか、ずっと以前から気になっていました。そこで、スマートフォンのアプリを利用して山名を調べてみました。忘れないように、その名前をパノラマ画像に書き込んでおくことにしました。こうして出来上がったのが、以下の画像です。

 画像は、上から下につながっています。本来はいちばん上の画像の右側に順番につながるものです。私共の家は、高台(標高82メートル)にあるため、民家の上にこれらの山々を見通すことができます。富士山のある方向が真西です。一番上の画像は、左側が西南の方向になります。一番下の5番目の画像の右端が北の方向です。

 富士山の右奥には、雪化粧した南アルプスの赤石岳や東岳(悪沢岳)もその頂上付近が見えています。3番目の画像の右端、大菩薩嶺は山梨県の山です。4番目の画像の雲取山は東京、埼玉、山梨県の境界にあります。5番目の画像の武甲山は秩父の山です。すなわち、私共の家からは、山梨県から秩父の山々まで見通すことができます。この画像にはありませんが、少し場所を移動すると、一番上の画像の左側(箱根の山々)のさらに左側には、天城山付近の山々まで見ることができます。

 天気の良い夕暮れ時に、茜色の空をバックに、シルエットになって浮かび上がる富士山の姿は、何度見ても飽きることがありません。毎日、これらの山々を見ることができるのは、大変ありがたいことだと思っています。

 アプリを使用して調べた山名です。私共の勘違いなどもあろうかと思います。間違っているところがありましたが、ご一報いただけるとありがたく思います。
うるう年(ユリウス暦とグレゴリオ暦)
2月19(水)
 今年は閏年です。平年の場合は2月は28日までですが、今年は29日まであります。この「星雑記」の前身である「プラネタリウム雑記」には、閏年の2月に、この閏年を題材に、上記の表題で2回ほど記述したことがあります。既に削除してしまっていますので、再度記述しておきたいと思います。記述した時に調査した文献等の多くは、すでに処分してしまいました。手元には、寄稿して印刷された部分のコピーのみが残っている状態です。これもまもなく処分することになるでしょう。

 暦は、歴史的背景と天文学的要素の両方が関係しており、調べてみると、とても奥が深いものです。位置天文学を取り扱う場合には、避けて通れない分野でもありますので、若い頃に少し勉強したことがあります。2月が29日なった背景については、記述しませんが、ネット上で検索をしてみると、その理由がわかると思います。

 今、私たちが使用している暦は、グレゴリオ暦という太陽暦です。それ以前の日本では、天保暦と呼ばれる太陰太陽暦が使用されていました。明治5年11月9日(西暦1872年12月9日)に布告されました。これにより明治5年12月3日が明治6年1月1日と定められました。

 ユリウス暦はB.C.46年にJulius Caesarによって、それ以前のローマ市の、古代の地域的な暦を修正することにより、ローマ帝国において確立されたものです。その最終的な形に達したのは、A.D.8年の頃であり、ローマ帝国の発達に伴って広まっていきました。西洋ではその後、さらに修正が加えられるグレゴリオ暦が用いられるようになるまでの1582年まで、一般的に使用されていました。

 共和制後期のローマの暦は、権威のある祭司達の手によって、閏月の伸縮などが施された太陰太陽暦です。Caesarはこの暦法を改め、1暦年を365日とし、4年ごとに1日の閏日を置くことにしました。そして暦のずれを修正するために、B.C.46年に閏日を挿入し、その年の長さを445日として、彼の改正した暦をB.C.45年に制定しました。多くの書物によれば、改暦に関してはアレキサンドリアの天文学者Sosigenesの助言を受けたとされています。

 ユリウス暦は、施行のあと、置閏が再びローマの祭司によって行われました。しかし、彼らはこの置閏法(ちじゅんほう)を誤り、3年ごとに閏年を置いたので、B.C.8年にAugstusは、誤りを訂正するため、A.D.8年まで閏年を置くことを禁止しています。こうして、ユリウス暦はAugstusの時代に、ローマ帝国の公用暦となり、1582年にグレゴリオ暦にとって代わるまで使用されることとなりました。

 太陽が春分点を出発して黄道(こうどう)を1周して再び戻ってくるまでを1太陽年といいます。その長さは365.2422日です。1暦年を365日とすると、その端数0.2422日は4年で約1日となります。そこで、前述のように4年ごとに1日の閏日を置き365日の年を3回と366日の年を1回ずつ繰り返すのがユリウス暦です。これによって1年の平均の長さは

 (365×3+366日)/4=365.25日

となります。しかし、1太陽年365.2422日との誤差は、365.25日-365.2422日=0.0078日=約11分14秒だけ暦年の長さが太陽年の長さを超えています。この累積誤差は400年で3日となり徐々に季節との狂いを生じていく原因となります。ユリウス暦におけるこの欠点は、復活祭の日付の決定に著しく影響を及ぼす結果となりました。

 復活祭は、現在のような方法が基本的に確立したのは、西暦325年のニケア公会議以降であったとされています。それによれば、復活祭は春分の日、または春分の日のあとの、最初の満月のあとの日曜日とされています。ただし、復活祭の計算に用いられる教会暦では、春分の日は3月21日と固定されていました。この結果、天文学的な春分は、ユリウス暦における誤差のために、16世紀には3月11日となってしまい、復活祭は次第に夏の方向に近づく結果となってしまいました。

 この10日の誤差を埋めるために、教皇GregoryXⅢは1582年に改暦を実施しました。これが現在、世界中で広く用いられているグレゴリオ暦です。復活祭の日付を一定の季節の中におさめることが、その主な目的でした。グレゴリオ暦は太陽暦です。ユリウス暦を基礎として、太陽年に調和する暦年の保持のために採用された置閏法は、大変すぐれたものでした。その改暦の内容は次のようなものでした。

1 暦の数え方から10日間を省略して1582年10月4日(木)の翌日を1582年10月15日(金)とする。これは、実際の春分を暦のうえでも3月21日にもどすためです。 

2 4で割り切れる年を閏年とする。ただし400で割れない世紀の変わり目の年の閏日を省略する。例えば1700年、1800年、1900年、2100年がそれに該当します。これはユリウス暦の置閏法による誤差を修正するためです。 

3 改暦された暦では、復活祭の日付の規定を固定化する。

 ユリウス暦では、400年の間に100回の閏年があり、前述のとおり、3回、閏年を余計に置きすぎたことになります。これに対しグレゴリオ暦では400年に97回の閏年と303回の平年があり、グレゴリオ暦の1年の平均の長さは

 (365×303+366×97)/400=365.2425日

で、1太陽年との誤差は、わずかに0.0003日です。暦日との誤差がとりたてて問題になることはない精度となりました。

 グレゴリオ暦は、まずローマカトリックの国々で、生活や宗教上の目的などに用いられるようになりましたが、宗教上の理由などによって、今日のように広く世界的に使用されるようになるまでには300年以上の歳月が必要でした。各国の改暦の時期に関しては"EXPLANATORY SUPPLEMENT TO THE ASTRONOMICAL EPHEMERIS AND THE AMERICAN EPHEMERIS AND NAUTICAL ALMANAC"に詳しく記述されています。この本は位置天文学の専門的な解説書であり、若い頃に軌道計算の勉強をしていた私共にとってはバイブルですが、すでに絶版となっています。

 日本での改暦は前述のとおり、明治5年11月9日(西暦1872年12月9日)に布告され、それまでの太陰太陽暦である天保暦にとって代わっています。これにより明治5年12月3日が明治6年1月1日と定められました。なお、天文学の世界ではユリウス暦の1582年10月4日の翌日を、グレゴリオ暦の1582年10月15日として扱っています。

 ところで、天体の軌道計算などに用いるユリウス日は、ユリウス暦からグレゴリオ暦への改暦によって生じる、日数の計算における混乱を防ぐために考案されたものです。近代年代学の創始者と呼ばれるJoseph Justus Scaligerによって考え出されたものであり、ユリウス日におけるユリウスという名称は、ユリウス暦のユリウスとは関係なく、彼の父の名に由来しています。

 ユリウス通日(つうじつ)は、ユリウス暦において同じ曜日が同じ暦日となる太陽周期の28年、メトン周期とも呼ばれる太陰周期、すなわち235朔望月の19年、そしてインディクション(ローマ帝国コンスタンチヌスの始めた徴税の周期)の15年という、3つの周期が同時に始まるB.C.4713年1月1日にその起点が置かれ、それ以降の毎日の経過日数を数えるものです。

 過去の天文現象などを調べるときに、その日付がユリウス暦で記載されているか、グレゴリオ暦で記載されているか注意が必要です。また、プラネタリウム投影機に、それらの日付を入力して、再現しようとする場合、多くの制御用ソフトウエアは、前述の1582年で区別されますので、場合によっては、両方の暦の間の変換プログラムが必要になる場合があります。私共は、若い頃、この必要性を感じて、C言語によりプログラムを組んだことがありました。ソースコードは今も残っていますが、現在のパソコンのOS上では、走らせたことがありません。 ユリウス通日などの詳しい計算方法は、ここでは省略させていただきます。

参考文献
時と暦(青木信仰著 東京大学出版会)、天文学辞典(鈴木敬信著 地人書館)、暦と時の辞典(内田正男著 雄山閣)、天の軌跡(土屋吉正著 燐葉出版社)、こよみと天文(渡辺敏夫著 恒星社)、天文計算入門(長谷川一郎著 恒星社)、天体軌道論(長谷川一郎著 恒星社)、天文計算セミナー(堀源一郎編 恒星社)、EXPLANATRY SUPPLEMENT TO THE AMERICAN EPHMERIS AND NAUTICAL ALMANAC、プログラミング言語C(B.W.カーニハン D.M.リッチー著 石田晴久訳 共立出版株式会社)、Astronomical Formulae for Calculators (Jean Meeus, Willman-Bell,Inc.)


※「プラネタリウム会報」1987年Vol.17 No.3に寄稿した文章から抜粋し、加筆・修正しました。
※「プラネタリウム会報」は、当時、全国のプラネタリウム解説者向けに発行されていた機関紙です。
指紋認証
2月14(金)
 バレンタインデーですね。私共の年になると、サラリーマン時代に比べて人間関係も希薄になります。チョコレートをもらう相手もなく、全く関係ありません。それよりも、新型コロナウイルスの感染拡大のほうが気になるところです。国内でも感染が徐々に拡大していることは、多くの人々が予想していたことなのではないでしょうか。いずれにしても予防を徹底しておく必要がありそうですね。

 私共のスマートフォンのAndroidが、昨日バージョンアップされて、バージョンが10になりました。バグフィックスなどがなされたようです。その中でも大きく変わったのが、ダイナミックロック画面と呼ばれるものです。画面がロック(ディスプレイが消えている状態)で、画面を2回タップすると、タップするたびに、様々な壁紙が表示されます。そしてそれは、2週間ごとに更新されるようですが、どのようになるのかは、まだそこまでの日数が経過していないのでよくわかりません。

 スマートフォンには、各種の電子マネーのアプリも入っているので、使用しないときには、画面をロックしています。紛失した時に、第三者に使用されないようにするためです。ロックの解除には、いくつかの方法があります。私共は、指紋認証とPINコード(4桁の暗証番号)入力の2段構えにしています。

 これまでは、画面がロックされたとき、1回タップで指紋認証となり、2回タップするとPINコード入力の画面が表示されました。しかし、ダイナミックロック画面になった(もしかしたら、最初からこの機能が存在していたのかも知れません。バージョンアップされたことで設定が変わったのかも知れません)ことで、2回タップすると、このダイナミック画面の壁紙が表示され、画面下のほうに、指紋認証のマークが出てくるようになりました。すなわち、1回でも2回タップでも、指紋認証の画面に変わりがないのです。

 では、PINコードの画面は、どのようにしたら表示されるのでしょうか。昨日、ネット上などをいろいろ調べましたが、その情報が存在しませんでした。探しきれないだけかも知れません。

 指紋認証のために、4個の指紋を登録してあるのですが、必ずしも毎回スムーズに認識してくれるわけではありません。5回トライしても駄目な場合は、そのあと25秒間待たなくてはいけません。レジの前などで、指紋認証でもたついていると、後ろに並ぶ方に迷惑をおかけしてしまいます。困ったことになるので、今日もいろいろやってみて、やっとPINコード入力の画面の表示方法がわかりました。まるで隠しコマンドのようです。事実、私共のスマートフォンには、このような隠しコマンドがいくつか存在するようです。レジの前で、電子マネーを使用するときに、これで安心して使用できるようになりました。

 私共のような個人事業者にとっては、2月は憂鬱な時期です。確定申告が待ち構えているからです。すでに準備は終わっています。最近では、電子申告で確定申告を行うようになりました。私共にとっては、スマートフォンもそうですが、電子申告に至るまでの経理処理等もきわめて複雑です。頭が休まる暇がありません。
マスク
2月6(木)
 新型コロナウイルスの感染拡大が原因で、マスク不足が深刻になっているようです。私共の近所の薬局などでは、商品棚からマスクが消えてしまっています。

 2月3日(月)のところで記述したとおり、私共はマスクを通年で使用するため、深刻な問題です。季節の変わり目にせきが出るためです。放置しておくと肺に負担がかかりそうなので、数年前から着用するようになりました。着用するようになってから、せきの症状はだいぶ緩和されました。人ごみに出るときはもちろん、寝るときもマスクを着用しています。この習慣にはすっかり慣れてしまいました。

 マスクが使えなくなると、上記の症状が元に戻ってしまうので、最近では毎朝、開店と同時に薬局の店頭に並び、必要な数量を確保するようにしています。

 春節の頃に、中国からの旅行者がたくさん日本を訪れました。その旅行者がマスクを目的に店頭に並び、買い占めていったというようなニュースがテレビで流れていました。おそらく、それと同時に、潜在的に感染が拡大したと考える人々が多いのではないでしょうか。

 有効的な治療方法が見つかっていない現在、とにかくマスク着用、手洗いなどの予防をしっかりしておかなくてはいけません。マスクは、1日使用したら使い捨てるのが原則だそうですね。テレビで専門家が解説していました。ニュースによれば、マスクのメーカーでは、3か月あった在庫が底をついたと伝えていました。

 現在は貴重品です。使い捨てをしないで、毎日洗いながら使用しています。調達してきたマスクには、全てメイド・イン・チャイナという表記がありました。なんだか釈然としないと思うのは、私共だけでしょうか。
横浜・広島・宮崎間往復(1月28日から2月1日)
2月3(月)
 1月28日(火)から2月1日(土)にかけて、横浜・広島・宮崎間を往復しました。このルートを往復するのは、昨年の11月2日(土)から5日(火)にかけて以来、約3か月ぶりです。つい先日往復したような気がしました。すでに何度となく、このルートを車で走っているので、新鮮味はまったくありません。各地のインターチェンジの標識を見ても、珍しくもなく、読めない地名もなくなりました。

 今回の用事は、気が進むものではありませんでした。しかし、人としてとして生まれてきたからには、誰もが通過しなくてはいけない宿命です。仕方がありません。おそらく自らも、あと10年以上(もしかしたらあと数年で・・・)もすれば、そこを通過することになるでしょう。

 九州に上陸して、宮崎に行くためには、いくつかのルートがありますが、今回は大分方面から宮崎に入りました。対面通行の場所が多く、制限速度には気を使います。距離的には、熊本を経由していくよりも近いような気がします。ただ、道中にはサービスエリアやパーキングエリアの施設が少なく、それらを利用するためには、熊本を経由したほうが利便性が高いと思います。復路は、そのルートを利用しました。

 カメラなどを持って行く気分にはなりませんでしたので、要所要所で、スマートフォンのカメラ機能を使用して撮影しました。よく写ると思います。3枚ほど画像をアップします。

 一番上の画像は、宮崎市でいつも滞在するホテルの窓から撮影した、宮崎市科学技術館のドームです。直径は27メートルで、投影機として五藤光学製のスーパーヘリオスが入っています。ホテルの窓からいつも眺めるだけで、プラネタリウムの投影を見ることはありません。

 右上の画像は関門橋です。29日(水)の夜明け前にこの場所に到着し、数時間ほど仮眠をしてから、九州に入りました。画面右から、太陽が昇ってきた頃に撮影したものです。画面左側にレストハウスがありましたが、現在は工事中のようです。

 画面左は、別府湾サービスエリアから見た、別府湾の風景です。画面中央やや右に見えるのは、野生猿で有名な高崎山です。

 今日は節分です。すっかり日常の生活に戻っています。新型コロナウイルスの影響で、マスクの入手が困難になっています。通年でマスクを使用する私共にとっては、少し困った状況になっています。

電子マネー
1月25(土)
 昨年の11月中旬に、それまでの携帯電話をスマートフォンに変更してから2か月が経過しました。いろいろな設定も一段落して、今ではすっかり、通常の連絡手段や、おさいふケータイの機能として、日常生活になじんでいます。

 その中でも大きく変わったのが、電子マネーを利用することになったことです。それまでは、携帯電話の中に、お金を入れること自体、リスクを伴うと考えていたので、利用することを避けてきました。しかし最近では、政府の戦略も背景にあるようですが、電子マネーが急速に普及しつつあります。

 日常的に使用する程度の金額を、スマートフォンの中に入れて、万一紛失した場合に備えて、指紋認証とPINコード(4桁の暗証番号を入力します)の2段構えでロック画面を解除する設定にして、第三者に使用されないようにすることにしました。

 電子マネーを使用するようになってから、約1か月が経過しました。私共は日常的に買い物をする機会がさほど多いわけではありません。利用するお店のほとんどは、コンビニか大型のショッピングモールなどです。それらの多くにおいて、電子マネーで支払いができるため、最近ではおさいふの中から、現金を取り出したり、ポイントカードを取り出すことはなくなりました。

 年を取ってくると、レジの前でのこれらの作業は、意外と面倒であり、その動作も、若い方々に比べると遅いものでしょう。電子マネーを使用することにより、これらのわずらわしさから解消されましたので、そのメリットはあったと思います。ただ、実際に利用してみての不便さもあり、良いことばかりではありません。短い期間ではありますが、使用してみた感想などを箇条書きにします。現在使用している電子マネーは、4種類です。ポストペイ(後払い)とプリペイド(前払い)の両方を使用しています。

メリット
1 レジの前で、おさいふを出して、お金やポイントカードを取り出す必要がない。
2 ポイントカードの多くは、アプリでひとまとめにすることができる。本来のカードとの併用が可能。
3 支払い時は、画面ロックを解除し、レジのスタッフに使用する電子マネーの種類を伝え、カードリーダーにかざすだけ。
4 上記の場合、電子マネーのアプリを立ち上げる必要なし。
5 ただし、ポイント等の取得のために、アプリを立ち上げバーコードを読み取ってもらうことは必要。
6 アプリを利用すれば、ポイントを電子マネーに交換することができる。
7 使用した金額と、残高がアプリで表示されるので、残高の管理がらく。

デメリット
1 お店によって、使用できる電子マネーの種類が異なる。ひとつに統一できれば管理がらくにできるはず。
2 スマートフォンにアプリをインストールし、電子マネーが使用できるようになるまでに、4種類もあると設定等が煩雑になる。
3 IDやパスワードの管理をしっかりしておく必要がある。
4 ポストペイ型の電子マネーは、使用してから、残高が反映されるまでにかなりの時間を要する。
5 上記の理由により、現実的に残っている金額と、アプリに表示される金額が異なり、直感的に理解することが難しい。
6 これまで以上に、スマートフォンの管理(紛失やバッテリーの容量など)に注意が必要となる。

 諸外国に比べると、日本人は、現金への依存度が高いそうですので、普及には時間がかかると思います。ただし、東京オリンピック開催期間中に、外国人が多く訪れるので、インフラの整備が加速されることでしょう。私共もそうですが、年を取ってくると、スマートフォンやアプリなどを使用するためのハードルが高くなるので、これまで通り、現金での支払いや、各種の申し込みにおける、電話での対応などのサービスは、今後も残しておいてもらいたいと思います。

 ある電子マネーにおいて、ポイントを電子マネー化する作業を試みにやってみたところ、うまくいきませんでした。原因はおそらく、アプリをインストールしてから、あまり日数が経過していないためだったようです。その間、サポートセンターと電子メールでやり取りしましたが、対応は迅速でした。また、その回答も誠意のこもったものでした。これなら安心して使用できると思った次第です。

 どんなことにもリスクがつきものです。それは、便利になればなるほど、その傾向が強くなるように思います。リスクにも注意しながら、うまく利用していきたいと考えています。海外の銀行では、電子マネーの発行も検討されているようです。100年に一度の大変革になるだろうとのことのようです。
仮設プラネタリウム(関市まなびセンター 岐阜県関市 1月18日から1月19日)
1月21(火)
 岐阜県関市にある、まなびセンターの直径12メートルドームにメガスターゼロ投影機を仮設して、1月18日(土)から1月19日(日)にかけて、プラネタリウムの投影を行いました。今年最初の投影となります。

 当日夜9時の星空解説と、投影の後半部のテーマ解説です。「宇宙から地球を観測する」と題して解説しました。私たちの生活に深くかかわるようになってきた、人工衛星について、どのようなものがあり、どのような役割を果たしているのか、などについて解説しました。

 18日(土)の夜は、天体観望会でした。当日の夕方は曇り空でしたが、それでも、この時期としては参加者が比較的多めでした。プラネタリウムでの星空解説を終えて、屋上に上がる頃には、晴れ間が広がったため、参加者の皆様には、冬の星雲・星団を中心にご覧いただきました。気温も低かったせいか、比較的短時間で、参加者の皆様はお帰りになりました。
 
 19日(日)の午後は「星空コンサート」です。サクソフォンの演奏と星空解説でお楽しみいただきました。演奏者とのコラボは今回で3回目です。簡単な打ち合わせのみで、本番に臨みましたが、特に問題もなくスムーズに終了しました。楽曲は、比較的短めのものが多かったため、ここでも解説の場面で人工衛星の話をしました。エンディングの場面では、アンコールを兼ねて、人工衛星が撮影した世界各国の美しい映像のバックグラウンドとして、演奏していただきました。とても良い雰囲気だったと思います。

 ハードウエアの設営の日が一番疲れるのですが、今回は疲労感が少なく、楽でした。しかし、関市からの帰路では、ホッとしたせいか、途中で眠気に襲われてしまいました。安全のために、新東名のパーキングエリアに車を入れて、仮眠をしてから横浜に戻りました。この時期は、日曜日といえども、夜遅くなると高速道路に渋滞はありません。スムーズに横浜まで戻ることができました。今年度は、3月にあと1回の投影を残すのみです。

 写真は、星空のコンサートの開演直後の様子です。今回初めて、スマートフォンに内蔵されているカメラを使用してみましたが、性能はなかなかのものでした。JPEGフォーマットですが画素数は大きめです。今後は、コンパクト・デジタルカメラを携帯するのはやめにして、とっさのときにはスマートフォンのカメラを使用することにします。
スターウォーズ完結編(109シネマズ湘南 神奈川県藤沢市 1月10日)
1月11(土)
 JR東海道線の辻堂駅に直結する、テラスモール湘南の中にある109シネマズ湘南で、昨夜、スターウォーズ完結編を見てきました。IMAX3Dで見たかったのですが、時間帯が合わず、2D字幕バージョンで見てきました。しかしそれでも、ハードウエアのクオリティーが高く(科学館に勤務していた時代に、アイマックス映写機を操作していたので、映画のハードウエアのクオリティーについては、ある程度理解しています)、充分に満足できるものでした。

 1977年に、その第1作目である「スターウォーズ エピソード4/新たなる希望」がアメリカで公開されてから、すでに42年が経過したそうです。日本で1年後に上映された頃、私共は水戸の民間のプラネタリウムを退職して、修行のために宮崎で生活していました。生活にもだいぶ慣れた頃に、この映画を見ました。パーソナルコンピュータの走りである、Apple Ⅱやコモドール社のPET2001といった個人向けのハードウエアが世の中に登場した頃です。もちろん、今のようにインターネットもなければ、携帯電話もありませんでした。

 当時私共は、プラネタリウムの修行に取り組む傍らで、天体の軌道計算をはじめとする天文計算の勉強をしていました。これらの計算を関数電卓でこなすのには、時間がかかりすぎるために、それらのコンピュータに搭載されていたBASICプログラムをマスターし、天文計算のプログラム開発を同時に行っていました。

 当時見た、スターウォーズは衝撃的でした。CGが映画で多用されるようになった今日とは異なり、モーションコントロールカメラが、それまで見たこともないようなSFXの世界を見せてくれたからです。第50回アカデミー賞の7部門を受賞していますが、その時の予告編を見て、映画館に足を運ぶ気になりました。

 完結編のほうは、これまでに登場したキャラクターの多くが、勢ぞろいした感がありました。とても懐かしく思いました。ストーリーや映像なども、これまでのスターウォーズの雰囲気を壊すことなく、さらにスケールアップしたような印象を受けました。CGのクオリティーが高く、ぬいぐるみのように見える一部のキャラクターを除けば、満足のいくものでした。レイア役のキャリー・フィッシャーは、2016年12月に亡くなられていますが、今回の映画にも登場しています。不思議に思いましたが、これまでの作品の制作のときに撮影された、未公開映像が使用されているとのことでした。

 合計9本のスターウォーズ作品を、42年間かけて全部見たことになります。各作品は、自らがその頃何をしていたかという記憶と重なり、大変懐かしい思いです。夜9時過ぎからの映画でした。辻堂駅までは、私共の家から車で1時弱ですが、そのような時間に映画を見ることができる環境にあることを、大変ありがたいと思っています。
手書きイラスト20作目(三四郎島の夕暮れ 西伊豆堂ヶ島)
1月9(木)
 前回のイラスト「中尊寺金色堂の初夏」が完成したのが、昨年の11月11日(月)でしたので、それから約2か月で完成したことになります。今回も描くペースが早かったように思います。年末年始も筆を握っていました。

 西伊豆の堂ヶ島温泉を訪れたのは、昨年の6月6日(木)から7日(金)にかけてでした。その時が2度目の堂ヶ島でした。伊豆最南端の石廊崎周辺には、天体写真撮影のために何度も訪れていますが、さすがに西伊豆まで足を延ばす機会はめったにありません。この近くには宇久須にオートキャンプ場があります。サラリーマン時代に、夏になるとそこでよくキャンプをしました。

 この周辺は夕日が美しい場所として知られています。それを期待していたのですが、残念ながら訪れた日は、夕焼けがみられませんでした。しかし、久しぶりに見る堂ヶ島の夕景は、波も穏やかで心が癒されるものでした。海をテーマとしてイラストを描くことが、あまりありませんので、この景色を題材に描いてみました。構図がいまひとつでしたが、地形的にもっと下のアングルから見ることができませんでした。これは宿泊したホテルの窓から眺めた景色です。
2020年を想う
1月5(日)
 明けましておめでとうございます。今年も私共のホームページを、どうぞよろしくお願い致します。

 プラネタリウムの仕事にかかわるようになってから、今年で48年目に入ります。

 移動式プラネタリウムの出張投影の仕事は、2017年の12月で終了しました。現在は、関市まなびセンターでの投影を残すのみです。ただ、次年度以降どうなるかは、施設次第です。公共施設ですので、予算が認可されればという条件が付きます。まなびセンターでの仕事を終了した時が、おそらく私共がプラネタリウム解説者として引退するタイミングでしょう。

 手書きイラストは、すでに19作が完成しています。このイラスト制作を中心に日々を過ごすことになるでしょう。そのほかの時間は、体を鍛えるために使っています。近くの公共施設において、卓球の練習を今年も継続するつもりです。出かける予定のない日は、朝、太陽を観測して、それからイラスト制作、卓球、そして、新月期になると、天体写真撮影、というパターンが日々の過ごし方です。

 この正月、横浜は、曇り空の日もありましたが、とても穏やかで快晴の良い天気が続いています。

 体の調子がいまひとつだったので、年末年始は家でじっとしていましたが、改善の傾向がみられないので、日課である散歩を再開しました。散歩の途中で休み休みです。お医者さんに行くか、市販の薬を使うか、迷っているところです。

 上の写真は、年末に押し入れから取り出した、オートキャンプのアイテムです。2バーナー式のコンロです。久しぶりに取り出しましたので、役に立つかどうか、チェックしてみましたが大丈夫でした。防災のアイテムのひとつとして、定期的にメンテナンスするつもりです。

 もうひとつのアイテム(写真右)は、そのコンロで使用するトースターです。パンが良く焼けますので、これもメンテナンスしながら非常時に使用するつもりです。防災の準備については、一段落しました。

 今年の目標というものは、特にありません。健康に気をつけながら、上記の取り組みを継続するだけです。年を取るにつれて、日々の何気ない時間が、とても貴重であるように思っています。

  過去の星雑記
  令和元年(2019)年10月から12月
  令和元年(2019)年7月から9月
  平成31(2019)年4月から6月
  平成31(2019)年1月から3月
  平成30(2018)年9月から12月
  平成30(2018)年4月から8月
  平成30(2018)年3月から4月
  平成30(2018)年1月から2月
  平成29(2017)年11月から12月
  平成29(2017)年7月から11月