卵と納豆
3月15日(金)
 先日、用事があって水戸まで車を走らせました。用事はすぐに済んだのですが、そのあと、いくつかの場所に立ち寄ったため、帰りが遅くなってしまいました。

 ある人から、卵をいただいてきました。福島県いわき市で生産されている「究極の卵」とのことです。卵かけご飯で食べるのがベストとのことで、卵かけご飯専用の醤油まで頂戴しました。

 私共は、卵かけご飯が、正直あまり好きではありません。さっそく卵焼きにして食べましたが、このように調理してしまうと、普段食べている卵とさほど味は変わりません。もったいないので、今日は、あつあつのご飯に卵をかけて食べてみたいと思っています。卵は、割ってみると、黄身の色が通常の卵とは明らかに異なります。濃厚な感じがしますので、おそらくおいしいのでしょう。

 水戸に行ったついでに、お土産として、納豆を買ってきました。水戸納豆の中では、私共が一番好きなメーカーのものです。食べてみましたが、期待通りのおいしさでした。最近は、このようなシンプルなものを積極的に食べるようになってきました。私共の年齢を配慮してのことです。

 卵と納豆を見て、こどもの頃を思い出しました。以前の「プラネタリウム雑記」にも書いたことがありますが、再び書きます。

 私共がこどもの頃、電気釜がまだ普及していませんでした。母は、毎朝かなり早い時間に起きて、かまどでご飯を炊いていました。隣の家が養鶏業を営んでいたので、卵は、そこで毎朝買ってきます。産みたてのものです。その当時も1個10円くらいだったと思います。卵の値段に関しては、昔も今もほとんど変わらないのですね。

 鮭は、北洋産の塩引きです。近所の人からのもらい物です。移動式プラネタリウムの出張投影を新潟県村上市で行ったことがありました。お土産に買ってきた塩引きは、こどもの頃に食べていたものと同じ味でした。

 家の前が海だったので、海苔は、母がちょうど今頃の時期に、磯に入って採ってきます。岩海苔ですが、採ってもよい時期が決められています。解禁日になると、近所の主婦たちが一斉に磯に入り、岩海苔を採ります。アワビの貝殻で、岩海苔をかきむしります。その音はカリカリと、そこら中に響き渡り壮観でした。今頃の風物詩となっていました。海水に浸して不純物を取り除き、まきすに引いて、天日干しにすれば、風味豊かな海苔が完成します。みそ汁の具材ですが、今頃は、磯で採ったあさりです。とても味の濃いものです。納豆は、豆腐屋さんが売りに来ます。ワラに入ったものです。

 これらが朝の食卓にのぼります。こどもの頃は、納豆も嫌いでした。無理して食べていました。今となってはきわめて贅沢な朝食であったように思います。旅館などに宿泊したとしても、これだけこだわりのある朝食は、まず食べることができないでしょう。家が貧しかったため、母は工夫しながら食事をこしらえていたようでした。こどもの頃には、質素な朝食だなと思っていました。しかし、この年になって思うことは、どれだけ豊かな食生活だったのだろうということです。亡くなった母に感謝しなくてはいけませんね。母の味は、今では姉が受け継いでいます。姉の調理の腕はプロ級で、夏になると、近くのいくつかの民宿から助っ人として声がかかるレベルです。

 さて、LightWave 3Dで作成した、双眼望遠鏡のフォークマウントの図面が完成しました。これから外注する予定です。外注するにあたって、双眼望遠鏡の重量を測定しました。10キロ程度だろうと思っていましたが、なんと15キロもありました。本体から左右に軸が伸びており、そこを持って運搬するので、重さはさほど感じません。しかし、今考えている三脚では、文字通り、荷が重すぎるかも知れません。
LightWave 3D
3月7日(木)
 LightWave 3Dは、3DCGで動画や静止画を作るソフトウエアです。以前は、仕事で毎日使用していました。プラネタリウム関連の動画や静止画を作成するためです。当時作成したコンテンツは、現在でも、関市まなびセンターの投影で、テーマ解説の部分で多用しています。ただし、最近では、このソフトウエアを使用することもなくなってしまいました。その間、パソコンが壊れたりして、何度か新しい機種に更新しました。その時でも、今後も使用するかも知れないと思い、このソフトウエアのインストールだけはしておきました。

 これまでにも何度か記述したとおり、20×120双眼望遠鏡の架台の問題が解決していません。どのような方法で製作するか、いろいろ思い悩んでいましたが、やっと考え方がまとまりました。手持ちのパーツをできるだけ利用しながら、軽量・コンパクトで、しかも使い勝手の良いフォーク式経緯台を作ることにしました。金属加工が必要なため、その製作は、後日外注するつもりです。ただし、そのための図面が必要となります。このような図面は、本来CADの出番ですが、標記のソフトウエアでも、動画を作る機能を除けば、CADとさほど変わりありません。

 考え方がまとまったため、本日午前中に、双眼望遠鏡の寸法を測り、そのフォークマウントの図面の作成を開始しました。ラフな図面は完成したのですが、外注するためには、もう少しディテールを書き込んだ図面が必要です。また、完成した形をイメージ化しておかなくてはいけません。ラフな図面をもとに、標記のソフトウエアを使用して、図面を作ることを開始しました。

 ソフトウエアを動かすのは、7年ぶりくらいでしょうか。3DCG制作用のソフトウエアは、コマンドがとても複雑です。ほとんど忘れてしまいました。頻繁に使用していた当時を思い出しながら、パソコンに向かっています。ひとりでに手が動く場面もあります。頭で忘れていても、手がコマンドを覚えているのでしょう。マニュアルを見ないで、全ての機能を使用できるようになるには、かなりの時間がかかるでしょう。
一度は習得しているノウハウなので、なんだか少しじれったいような感じです。

 このソフトウエアを使用することは、もうないだろうと思っていましたが、こんな場面で必要になろうとは、思ってもいませんでした。
少なくとも、1週間程度で図面を完成させる予定です。図面の作成、外注なども含めて、折に触れて進捗状況をアップする予定です。
チャン・ヨンシル(韓国時代劇 BS日テレ) 
3月2日(土)
 BS日テレで、毎週月曜日から金曜日までの、13時から14時に放映されています。14世紀末に生まれ、15世紀中頃まで生きたと推定される実在の人物、蒋英実の生涯を描いたサクセスストーリーです。すでに第7話までが放送され、来週は第8話からです。

 レオナルド・ダ・ヴィンチやニコラス・コペルニクスよりも早く、天文に関してアブローチした人物です。父親は高麗末期に文官を務めていましたが、母親が芸妓であったため、その身分に合わせて奴婢になったとされています。彼の卓越した才能が、すでに随所に発揮された番組となっています。それらの科学的な解説は、番組の中でCGで分かりやすく表現されています。また、その当時の朝鮮王朝時代の文化や、身分制度などもよくわかり、とても興味深い内容となっています。

 日食や月食の予報、流星群の出現の予報が、国の政治に深いかかわりがあったことが、番組を通してよくわかります。今でもそうですが、計算機もない時代に、日食や月食の予報をすることは、きわめてハードルが高いものであったことでしょう。それらの天文現象がCGを利用してリアルに表現されています。ストリー自体もとても面白いので、時代劇としても魅力的に仕上がっています。現在の私共の楽しみのひとつです。

 溝が深まるばかりの日韓関係ですが、それと、これらのテレビ番組とは、話が別です。お金をかけて、丁寧に作られた番組が多く、最近では、「逆賊-民の英雄ホン・ギルドン」、「三銃士」、「帝王の娘スベクヒャン」、「黄金の私の人生」などを見ています。日本のドラマとは、少しテイストが違いますが、とても楽しめます。特に表題の番組は、天文関係者にとってはお勧めです。
小学校の時の担任の先生(茨城県ひたちなか市 2月27日)
3月2日(土)
 数十年ぶりに、小学校の時の担任の先生のお宅を訪ねました。科学館勤務時代に仕事を頼まれたことがあり、それ以来会っていませんでしたので、前回がいつだったのかも忘れてしまいました。

 ひたちなか市の、あるカフェで写真展を開催しているので、見に来ないかというお誘いでした。直接先生から連絡をいただいたわけではなく、人づてに連絡をいただきました。先生のお宅に電話して、お会いする日程を調整しました。あいにく、私共が行った日は、カフェの定休日でした。

 どこでお会いするかを相談し、2月27日(水)の午後に先生のお宅に行きました。奥様はすでに他界されていました。先生の近況をお伺いしました。約20年近く前から、ネパールのある地域に学校を造る活動に、私財を投じて取り組んできました。平成7年に「茨城・ネパールに学校を造る会」を設立。同国のシンドパルチョーク郡にこれまで8校の小・中学校を設立しました。家庭の事情や経済的理由で学校にいけない子どもたちが、学校で勉強できるように支援を続けました。そこで育った子どもたちは、やがて大人になり、来日して日本の学校に通い、大学の教授になる者、国に戻り、地域で活躍する者など、それぞれが活躍の場を見つけているそうです。

 先生が、ある大学の山岳会のOB会長として活躍されていることは、私共が小学校のときから知っていました。ヒンズークシ山脈のウドレン・ゾム中央峰の初登頂にも成功している方で、山岳会ではその名を知られています。中学校長を最後に退職して以来、上記のような活動に熱心に取り組んでいたことを初めて知りました。

 小学校のときには、私共は目立たないこどもでした。通信簿にはいつも、もっと積極的にというコメントが添えられていました。それでも、私共のことを覚えていてくださり、いまだに声をかけていただけることに、とても感謝しています。今回の話を伺い、頭が下がる思いでした。

 先生のお宅近くのレストランで、お昼をごちそうになりました。ここも教え子のお店だそうです。海鮮丼でしたが、ネタが新鮮で、丁寧に処理されていました。今まで食べた海鮮丼の中では、最高の味でした。また、食べに行きたいと思っています。
双眼鏡コレクション
3月2日(土)
 私共は双眼鏡のコレクターではありませんが、いつの間にか7本の双眼鏡が手元に集まってしまいました。写真に撮影しておきました。右の写真左上から、10×70(ニコン)、7×50(キャノン)、8×42(ペンタックス)、8×30(ニコン)、6×20(五藤光学)、7×50(ニコン)、そして右が20×120(ニコン)双眼望遠鏡です。他の双眼鏡に比較して、その巨大さがご理解いただけるのではないでしょうか。

 常用しているのは、7×50(ニコン)ですが、最近では10×70(ニコン)を持って行くようになりました。この双眼鏡で星空を見ると、銀河の形までがよくわかります。8×30(ニコン)は、皆既日食観測の時に使用するものです。軽量コンパクトであるため、飛行機に機材を持ち込むときに、重量制限の問題があるので助かります。この双眼鏡の性能は申し分ありません。

 下の写真は、10×70(ニコン)を三脚アダプターを使用して、カメラ用の三脚に乗せた状態です。

 このクラスになると、三脚に乗せないと、手振れして使えません。雲台は、自由雲台を使用しています。パーン棒がないほうが、天体を見るときには使いやすいためです。この三脚も、自由雲台もかなり大型のものです。いずれも中古品を安価で購入しました。

  私共の年齢考えれば、天体写真撮影に出かけるときには、機材を軽量コンパクトにしないと、体力的に無理が生じるのですが、それに反して、最近は、ますます持って行く機材が増える傾向にあります。

 双眼望遠鏡の架台の問題が解決したら、この双眼鏡も持って行くことになるのではないでしょうか。いよいよサポートしてくれるスタッフが必要になりそうです。
双眼鏡(キャノン7×50)
2月24日(日)
 下の2月17日(日)のところで記述したキャノンの双眼鏡のその後の話です。調整した結果、視軸・光軸共に一致しており、二重に見えるのは私共の目の問題だと書きました。よく調整された新しい双眼鏡でもその傾向にあることは事実です。しかし、本当にそれだけだろうかというのが気になり、その後も、この双眼鏡の調整を続けていました。

 内部のプリズム(プリズム自体も取り付け金具から分解しました)まで含めて、全てを分解し、組み直すこと数10回。分解・組み立てを繰り返すことにより、この双眼鏡の構造が良く理解できました。

 その間に、動きが渋かった瞳孔距離を調整する眼幅調整機構、視度調整機構などもグリースアップしました。視軸、光軸の調整機構が見当たりませんでした。

 不思議に思いながら分解、組み立てを繰り返すうちに、プリズム部を固定するネジの裏側に、薄手のワッシャーが存在することに気が付きました。どうやらこれが、調整の役目を担っているようでした。左側の鏡筒には、このワッシャーが1枚しかなく、右側に3枚ありました。プリズムを筐体に固定するためのネジは、それぞれ3本が使用されていました。薄手のワッシャー1枚を他の場所に入れ替えると、像の見え方が大きく変わります。おそらくプリズムの中で、光が何度か折り返されるため、角度調整がシビアなのでしょう。しかし幸いなことに、プリズムの取り付け部は、精度良く加工されていたため、分解・組み立てを繰り返しても再現性が良いものでした。

 ワッシャーの組み合わせを変えながら、地上の景色で確認すること数10回。はじめのうちは二重に見えていた景色ですが、とうとう一致する組み合わせを見つけました。

 ここまで来るのにだいぶ時間を消費てしまいました。地上の景色はこれで問題ありません。最終的な確認を、夜間に恒星を見ながら確認しました。問題ありませんでした。これ以上追い込むのは無理な気がしています。処分せずに調整を続けてよかったと思っています。ただし常用する双眼鏡は、ほかにあるので、この双眼鏡の出番は少ないかも知れません。

 2月3日(日)に引き取ってきた3本の双眼鏡ですが、約20日ほどかけて、そのうちの2本を使える状態にしました。残り1本は、架台の問題がまだ片付いていません。折を見てこのブログに経過をアップする予定です。

 写真は、上から筐体の中に見えているプリズム部、分解の途中、そして分解中のプリズムと、その取付金具です。
ヨコハマ卓球練習の日
2月22日(金)
 JR根岸線の関内駅近くにある総合体育館において、不定期ですが月曜日に卓球練習の日があります。卓球初心者から愛好家まで幅広い層の方々が練習に来ています。私共は時間のある時には、ここで午後から約3時間ほど汗を流してきます。

 実際に練習に来られる方々を見ていると、初心者よりもむしろ、かなり練習を積んだ方々のほうが多いように思います。マシンも6台(だったと思います)あり、マシンを使った練習もできます。

 日頃は近くの公共施設で練習していますが、こちらはパートナーがいないと練習ができません。しかし、関内駅近くのその施設では、単独で行ったとしても練習相手には不自由しません。私共は、そこへ行くと声をかけてくださる方や、こちらから相手をお願いする方などがいます。お願いする場合は、私共よりもレベルの高い方がほとんどです。

 最近の練習相手は、大学時代まで卓球部に所属していた社会人の若い方です。球のスピードが早く、回転量も多いので、練習はかなりハードなものとなりますが、相手にとって不足はありません。カットマンの方に相手をお願いするときもあります。その方は、ラケットの表と裏に、性質の異なるラバーを貼っています。しかも、ラリーの最中にラケットを反転させてカットしてくる場合があり、球の回転を見極めるのが極めて困難です。歯が立ちませんが、カットマン相手の練習は機会が少ないので、とても勉強になります。

 日課になっている卓球練習ですが、このままレベルを上げていったとして、それが何になるのだろうと思うこともあります。ただ、これだけ激しく体を動かすことは、日常ではありえません。少なくとも健康維持のためにはよいことだろうと思っています。そのようなことを考えながら、このスポーツの取り組みを再開して、すでに2年4か月が経過しました。

 写真は今週の月曜日に行ったときに撮影したものです。台の数は40台くらいあると思います。中学生・高校生・大学生のほか、社会人、そしてリタイアした方まで、本当に幅広い年齢層の人々が練習に来ています。
双眼鏡(キャノン7×50・ペンタックス8×42)
2月17日(日)
 下の2月3日(日)のところで記述した、表記の双眼鏡のその後の話です。ペンタックス製の双眼鏡は、接眼レンズの一番外側の部分の汚れがひどかったので、こちらは少し強引な方法できれいにしました。昼間と夜の風景をチェックして、見え味を確認しました。ピント調整等の各部の動きがやや渋めですが、使用上は全く問題のないレベルになりました。ただ夜間、見ている方向の視野の周りに、明るい照明などが存在するとハレーションが少し多くなり、コントラストがやや低下する傾向にあるように思います。

 キャノンの双眼鏡ですが、光軸か視軸(左右の視野を一致させる軸のことで、その調整は軸出しなどと呼ばれます)のいずれかがずれていました。また、レンズの汚れ(写真右下)もひどいものでした。修理先をあちこち探しましたが、修理対応してくれるところが見つかりませんでした。キャノンにも問い合わせましたが、むろん修理対応は行わないとのことでした。

 サービスセンターでは、私共の双眼鏡7×50の記録がなく、キャノン製ではないのではないかとのことでした。しかし、ロゴマークが確かにキャノンなので、そんなはずはないと反論しました。スタッフの方は、その後ていねいに調査をしてくださり、この双眼鏡が1960年代中期に製造されていたことを突き止め、電話で教えてくださいました。

 処分するのにはもったいない状態だったため、最終的には自分で分解し調整する覚悟をしました。双眼鏡の調整は素人が手を出すものではありません。特に、プリズム部の調整は素人の手には負えないでしょう。それを承知で、時間をかけても追い込んでいく覚悟でした。

 分解は、比較的楽でした。分解してみると、とてもていねいに造り込んである双眼鏡であることがよくわかりました。さすがはキャノン製です。

 対物レンズの片方の、内側レンズの抑えリングが緩んでいました。カニ目レンチを使用して締め直し、カビ取りなどを行いました。この状態で、念のため再度組み上げてみました。遠くの景色を見ると、光軸、視軸共に一致していました。レンズの抑えリングが緩んでいたことが原因だったのかも知れません。

 これで2台の双眼鏡が使用できる状態となりました。しかし、深刻な問題が一つありました。他の双眼鏡と見え味を比較してみました。夜間に遠くの景色を見たり、星を見たりすると、対象が2重に見えてしまうのです。これは、最新のよく調整された双眼鏡を使用しても同じでした。すなわち、私共の目の問題です。私共は、どちらかといえば乱視が強い傾向にあります。おそらくこれが原因でしょう。最初のうちは、対象が一つに見えていたとしても、時間がたつにつれて、分離して二重になってしまいます。私共の年齢を考えると、仕方のないことなのかも知れません。

 いずれにしても、双眼鏡側は、実用上問題のないレベルになりましたので、この状態で使用します。それにしても、このところ毎晩のように、北側の窓を開けて、部屋の中から遠くの景色や空を見ているのは、何も知らない第三者から見ると、まるで不審者ですね。

 20×120双眼望遠鏡のほうは、現在架台を製作してくれるところを打診中です。結果が出てからこの話題をアップします。

 写真は、上からキャノンとペンタックスの2台の双眼鏡、キャノン双眼鏡のレンズの汚れの状態、分解した状態、そしてレンズをクリーニングした状態です。多少ほこりが付着していますが、これはブロアーで吹けば簡単にとれる状態です。
タイヤチェーン
2月13日(水)
 昨日はお昼過ぎから洗車をしました。気温が低かったので、洗車に適した日とは言えませんでした。先日、再び凍結防止剤の散布された道路を走行したためです。車の下まわりの部分が洗車できないのが気になっています。後日、ディーラーに持っていって高圧洗浄をお願いするつもりでいます。

 洗車が終わってから、タイヤチェーンの取り付け・取り外しの練習をしました。下の1月30日(水)のところで記述したとおりです。前回は大変てこずりました。今回は、タイヤチェーンの構造も理解できましたし、取り付け・取り外しのコツもつかんだので、作業時間は取り付け・取り外しの両方で20分と、大幅に短縮できました。しかし、もしこれが本番で、夜間の積雪した場所での作業であったとしたら、さらに時間がかかることでしょう。もう少し時間を短縮できるように、今シーズンにもう一度練習をしておきたいと考えています。

 さて、何度かの練習を積んだとして、それはどの場面で役に立つのでしょうか。おそらく、今の使用環境においては、タイヤチェーンの登場する場面はないと思っています。ならば、練習などしなくてもよいのではないかという気がしないでもありません。しかし、いざというときのために購入したタイヤチェーンです。その場面に出くわして、夜間に取扱説明書を見ながらの取り付け・取り外しを行わないためにも、このくらいのスキルは持っていてもよいと思っています。
20×120双眼望遠鏡
2月3日(日)
 双眼鏡3本をある場所から引き取ってきました。7×50(キャノン)、8×42(ペンタックス)双眼鏡、そして20×120(メーカー不明)です。キャノンの双眼鏡は、光軸がずれていました。そしてレンズやプリズム部にカビが発生していました。ペンタックスの双眼鏡は比較的程度の良い状態です。対物部、内部のプリズム部には汚れなどはありませんが、接眼部の一番外側のレンズが少し汚れています。ただし、見る分には差し支えありません。

 20×120双眼鏡は、ボディーの塗装がかなり傷んでいます。再塗装されたもののようで、ペンキの一部がはがれていました。各部を固定するネジ類まで再塗装されています。ネジが回せない状態です。ただし、ボディーそのものが極めて頑丈に作られているため、問題はないようです。こちらは押し入れに保管されていたため、カビなどが発生しているだろうと思っていましたが、意外なことに、カビの発生はありませんでした。対物レンズ、接眼レンズ、そして内部のプリズム部も驚くほどきれいです。

 この双眼望遠鏡は、船舶(おそらく捕鯨船)で使用されていたようです。メーカー名もわかりませんが、おそらくニコン製でしょう。現在発売されている同スペックの双眼望遠鏡の原型と思われます。視野の広さは3度ほどでしょう。後日、星空を見て確認したいと思っています。

 口径を倍率で割ると、その数値は瞳径を表します。すなわち6ミリです。人間の瞳は、夜間の暗い場所では最大7ミリまで開くといわれています。この数字に近いほど、暗い場所で威力を発揮します。すなわち、この双眼望遠鏡は天体観測用としても使用できるということです。

 本日、昼間に遠くの景色をのぞいてみました。心配していた光軸のずれもないようです。最新型の8×30双眼鏡と、同じ景色で見え方を比べてみました。最新型の双眼鏡は、周辺部までシャープでコントラストも高いものです。これに比較すると、20×120双眼望遠鏡のほうは、視野全体がごくわずかに白っぽく見えます。しかし、倍率が20倍であることを配慮すれば、充分に合格点でしょう。周辺部は像が少し乱れますが、設計自体が古いために、仕方がないことだと思います。予想していた以上の見え方に満足しました。製造されてから、おそらく50年以上が経過しているのではないでしょうか。

 年代物の双眼望遠鏡ですが、天体の観望用として、大事に使おうと思っています。測ったわけではありませんが、本体だけでも10キロ以上の重量です。これを載せるための架台もあったのですが、重すぎるために引き取りませんでした。後日、この双眼望遠鏡を載せるための架台を調達したいと思っています。

 私共は、双眼鏡のコレクターではありませんが、いつの間にか7本も集まってしまいました。キャノンとペンタックスの双眼鏡は、一度オーバーホールに出そうと思っています。以前、フジノンの15センチ双眼望遠鏡で天体を見せていただいたことがありました。夏の星雲星団を見ましたが、まるで天体写真を見ているようでした。この12センチ双眼望遠鏡を暗いところに持ち出してみたら、果たしてどのような光景が見えるのか、楽しみです。
タイヤチェーン
1月30日(水)
 下の1月25日(金)のところで記述したタイヤチェーンが入荷しました。導入の経緯については、下の記述を読んでいただければ理解できると思います。

 今日は久しぶりに車を洗車しました。先日、高速道路を走行した時に、凍結防止剤が散布されている道路を通過したため、車のボディーに大量に付着してしまいました。本来は、車の下回りまでクリーニングしたかったのですが、それは次回に持ち越しです。下回りに付着した凍結防止剤は錆を誘発することになり、放置するのは良くないのでしょう。どこかのタイミングでディーラーなどで洗車してもらうことを考えています。

 洗車を終えてから、納品されたタイヤチェーンを取り付ける練習をしました。以前に利用していたタイヤチェーンと本質的には似たようなものです。非金属性のタイヤチェーンで、取り付けが楽なことが特徴です。車を動かさなくても取り付けが可能です。ただし、以前のタイヤチェーンも、そうは言いながら取り付けは面倒でした。

 取り付け方は、大体わかっているのですが、念のため、取扱説明書を見ながら装着しました。私共の車は、タイヤハウスのスペースがやや狭いせいか、かなり厄介でした。やっと取り付けが終わり、装着状態をチェックすると、プラスチックでできているようなパーツが、タイヤホイールにあたりそうな気配です。走ってみないとわかりませんが、アルミホイールは柔らかいので、ある程度の速度で走行するとなると、少し心配です。この状態で販売されているのでおそらく問題はないのでしょう。

 取り外しに手間取りました。最後のプロセスが良く理解できずに、車の底にのぞき込むような状態で外しました。あとで取扱説明書をよく読むと、手順が少し異なっていたようでした。タイヤの裏側まで手を回し、アスファルトに寝そべって取り外したため、手も服もかなり汚れてしまいました。1本のタイヤのみの練習でしたが、取り付け・取り外しに約1時間かかってしまいました。これが、夜の雪道での作業であれば、さらに時間がかかることでしょう。

 あと2回程度練習して、取り付け・取り外しのコツを習得し、作業時間を短縮したいと思っています。これだけ苦労したとしても、私共の車の使用環境としては、おそらく、タイヤチェーンを取り付ける場面は極めて少ないのではないでしょうか。多分ない可能性が高いと思います。しかし、下でも記述したとおりです。携行しないわけにはいきません。
情報交換会(埼玉県さいたま市 1月27日)
1月30日(水)
 飛騨天文台(京都大学大学院理学研究科附属天文台)で、5年前に行った観測研究のメンバー(Hα太陽望遠鏡の特性を調査することが目的でした。)が集まって、1月27日(日)に情報交換会を開きました。メンバー全員が集まるのは、昨年の1月6日(土)以来のことです。本当は昨年末に忘年会を検討していましたが、各自の日程が合わずに、この時期になってしまいました。

 ふだんはメールで情報交換を行っていますが、久しぶりにお会いするといろいろな話ができます。ただ、ここ数年太陽活動が低調なため、太陽に関する話題はさほど盛り上がりませんでした。そんな中で、太陽の活動領域の動画に取り組んでいる仲間がいて、とても興味深いものでした。考え方を発展させてクオリティーを上げれば、またとない教育的な素材となるでしょう。

 夜は、場所を変えて新年会です。いつものお蕎麦屋さんで行われました。料理もおいしいものですが、それ以上に、皆さんの話の中から、たくさんの情報を得ることができて、とても刺激されました。最近の傾向として、お会いすると必ず出てくるのが、これからどのように健康を維持し、充実した生活を送っていくかということです。皆それぞれが年を取り、人生の最後のステージに立っているということでしょう。定年を間近に控え、第2の人生を歩み始める仲間もいます。これからますます充実した時間を過ごしてもらいたいと願っています。
オールシーズンタイヤ(Vector 4Seasons Hybrid グッドイヤー製)
1月25日(金)
 移動式プラネタリウムの出張投影を行っていた頃、私共が使用していた車は1Boxカーでした。プラネタリウム等のハードウエアを運ぶためです。

 ノーマルタイヤとともにスタッドレスタイヤも用意ていました。冬場に降雪地域で仕事することも多かったためです。例えば、正月の青森県弘前市、厳冬期の新潟県長岡市、村上市などです。弘前からの帰り道、東北自動車道は、大鰐弘前インターチェンジから盛岡インターチェンジまで大雪のため、路面に積雪していました。

 関越自動車道は、関越トンネルを抜けると気象状況が一変します。下り線においてトンネルから先は、路肩に雪が積もり、その雪が本線までせり出しています。道幅が狭いうえに積雪した道路で、夜間にトラックに追い越されるのは大変怖いものです。しかし、それも場数を踏めば慣れてしまい、怖さはなくなります。

 大雪のため、関越自動車道のある区間が通行止めとなり、一般道を戻ってきたこともありました。

 スタッドレスタイヤでの雪道の走行は、これらの経験を積むうちにすっかり慣れてしまいました。

 私共が住む関東地方は、冬場に雪が降るのは、せいぜい2回から3回です。降ったとしても翌日には溶けてしまいます。このため、私共の住む地域でスタッドレスタイヤを装着している車はあまり見かけません。ほとんどがノーマルタイヤのままです。雪が降ると、不慣れなドライバーが多いため、道路は大混乱となります。仕方のないことでしょう。

 一昨年の12月に、移動式プラネタリウムの出張投影の活動を終了したことと、17万2千キロも走らせたために、車を乗用車に乗り換えました。現在は、関市まなびセンターの仕事のみに絞っています。これまで7年間ほど仕事をさせていただきましたが、その間、雪が降った場面を見ることは稀でした。この地域もおそらく太平洋側の気候なのでしょう。ノーマルタイヤのままでもよいように思いますが、万一ということもあります。また、天体写真撮影に出かけるときには、路面が凍結していたり、山間部に入るので積雪している道路を通過することもあります。

 これらを配慮して、現在の車では、オールシーズンタイヤをチョイスしました。スタッドレスタイヤの場合は、保管場所の問題、交換の手間暇の問題があります。だからといって、ノーマルタイヤでは不安なので、それらを配慮してのチョイスです。

 オールシーズンタイヤの評価は、ネット上ではよくありません。夏場にノーマルタイヤほどの性能を発揮ないこと、冬場にスタッドレスタイヤに比べると雪道を走るのはリスクが高いというコメントがほとんどです。ただ、私共が履いているタイヤは、その中でも、比較的評価の高いものです。ユーザーや自動車評論家の試乗レポートを見ても、雪道でもさほどの問題は生じないとのことのようです。

 冬タイヤ規制とは、高速道路を安全に走行するため、冬用タイヤ(スタッドレスタイヤなど)またはタイヤチェーンなどの滑り止め装置を装着していないと走行できないというものです。ちなみに、私共が履いているオールシーズンタイヤには、そのサイドウォールにM+S(マッド&スノー)とスノーフレークマーク(ASTM・・・世界最大・民間・非営利の国際標準化・規格設定機関の公式試験で、極めて厳しい環境でも充分な性能を発揮する証で、日本でも走行可能な冬タイヤとして認められています。)が表記されていますので、冬タイヤ規制で走行可能(・・・なはず)です。

 このタイヤを履いて、すでに20,000キロ以上を走行しました。その中には、横浜・宮崎間往復、横浜・広島間の往復、横浜・関市間の往復などの長距離が何度も含まれています。雪道以外の走行では、ロードノイズもさほど気になるものではありません。また、オールシーズンタイヤはフニャフニャだという評価もありますが、そのような印象もありません。

 気になっているのは雪道です。まだ、このタイヤを履いて走行したことがありません。路面が凍結した道路に関しては、ノーマルタイヤよりはましだが、スタッドレスほどの性能は発揮しないといわれています。本当のところはどうなのか、この冬、路面に積雪している場面で試してみたいと思っているところです。

 平成30年12月14日(金)、大雪の際に、車両にタイヤチェーンの装着を義務付ける改正省令が公布、施行されました。国道、高速道路の13の区間が規制の対象になるそうです。幸い、私共が走行する地域は、対象区間に含まれていませんでした。規制が始まると、スタッドレスタイヤでも、チェーンを装着しないと走行できないそうです。対象区間が、今後拡大されていくことを配慮して、タイヤチェーンをオーダーしました。前述の影響で品薄状態だそうで、納品までには約1週間かかるといわれました。

 チェーン規制というと、これまではスタッドレスタイヤでも走行可能な場合が多かったのですが、実際に行ってみないと、タイヤチェーン装着が必要なのか、あるいはスタッドレスタイヤのみでよいのか、紛らわしいですね。一瞬しか確認できない標識では、判断が困難なように思います。今後、従来型の規制は「冬タイヤ規制」という文言に変更されていくようです。
手書きイラスト16作目(白川郷の朝)
1月22日(火)
 手書きイラストの16作目が完成しました。15作目が完成したのが昨年の11月1日(木)です。やはり3か月ほどかかってしまいました。イラストに手をつけない空白の時間もあったため、予想以上に時間がかかってしまったように思います。また、今回は途中で失敗して、イラストボード1枚を無駄にしてしまいました。途中まで描いて、あきらめたのは今回が初めてです。空の表現がうまくいきませんでした。エアブラシを使用しないで描くには、やはり限界があるようです。

 前にも記述したとおり、14作目と15作目をある施設のホームページに掲載していただくよう、手紙を添えてお願いしましたが、駄目だったようです。その2作もまもなくアップするつもりですが、それを飛ばして16作目をアップします。もう少し、何とかならなかったかなという出来栄えでした。自己評価は75点です。ボツにするかどうか、ぎりぎりのラインです。初夏の白川郷の朝を描いたものですが、もう少し朝の冷たさが漂う空気感を表現したかったと思っています。私共の今の実力では、これが限界でした。すぐに次の作品に取りかかりたいと思います。

仮設プラネタリウム(関市まなびセンター 岐阜県関市 1月19日から20日) 
1月21日(月)
 岐阜県関市にある、まなびセンターの直径12メートルドームにメガスターゼロ投影機を仮設して、1月19日(土)から20日(日)にかけて、プラネタリウムの投影を行いました。当日夜9時の星空の解説。そして、投影の後半部分のテーマを「隕石の話」と題して解説しました。昨年には、長良隕石(実際に見つかったのは2012年)と長良2号隕石が立て続けに発見されたことで話題になりました。それらも含めて、隕石の特徴や、どこからやってくるのかなどを解説しました。

 1月19日(土)の夜は市民天体観望会です。朝から天気が良かったのですが、観望会開催の頃から次第に雲が多くなってしまいました。観望対象は月です。天気予報では、20時頃から晴れてくる予報でしたので、プラネタリウムの解説のほうを少し時間をかけて行いました。その結果、屋上に上がっていただく頃から、晴れ間が広がってきました。参加者の皆さんは、望遠鏡で月を見たり、スマートフォンを望遠鏡の接眼部に近づけて写真を撮影したりして、楽しんでいたようです。皆さん満足されたようでした。この時期としては、驚くほどの参加者の数でした。天文ボランティアスタッフの皆さんは、観望会の前に、うわさのハンバーガーショップ(2018年3月24日の星雑記をご覧ください)に行って、腹ごしらえをしてきたようでした。

 翌20日(日)は、星空のコンサートの日でした。読み聞かせとピアノの弾き語り、そして私共の解説のコラボです。彼女たちとはこれが2回目のコラボとなりました。きわめてレベルの高い読み聞かせと弾き語りです。観客の皆さんも、これには感動されたようでした。2回目となると、お互いに呼吸もそろっているので、星空のコンサートの最後の部分で、私共のナレーション(この場面では、解説というよりも、むしろナレーションそのものです)のバッググラウンドとしてピアノを弾いていただきました。ナレーションが終わると、その流れのまま弾き語りに入り、星空を楽しんでいただきました。まさに私共が求める星空のコンサートになったのではないかと思っています。彼女たちとは、まなびセンターにとどまらず、どこかのプラネタリウム館をお借りして、共演できたら素晴らしいだろうなと思っているところです。

 大変神経を使いましたが、無事に終わってホッとしています。疲れたまま、関市から横浜まで車を運転して戻ってきたので大変でした。写真は星空のコンサートの様子です。
48年ぶりの再会(ミニ同窓会 水戸駅近くの居酒屋 1月12日)
1月13日(日)
 昨年の12月に、高校時代のクラスメートから電話がありました。これまでにも時々連絡をもらっていたので、私共の連絡先は今も把握しているようです。年が明けたら、連絡の取れるクラスメート何人かで会おうということでした。その目的は2つです。

 ひとつ目は、この先誰が先に逝ってもおかしくない年齢になったので、会えるうちに会っておこうということです。そしてもうひとつの目的は、その中の何人かが、創作活動を行っているので、それぞれの作品を持ち寄って、今年中に水戸市内のギャラリーでグループ展を開催しようという提案でした。

 グループ展のほうは、内容の詳細を聞かないとよくわからないので、会った時に話を聞いて、参加するかどうか返事をすることにしました。クラスメートに会うこと自体、とても懐かしいことだったので、そのミニ同窓会に参加することにしました。昨日の天気は曇りでした。気温が上がらない中、水戸駅まで車を走らせました。正午から、水戸駅近くの居酒屋に行って、皆と会いました。合計6名が集まりました。

 水戸には比較的早めに到着しました。時間があったので、私共が以前勤務していた職場の近くまで行ってみたり、水戸城跡や弘道館などを散策しました。弘道館は第9代藩主徳川斉昭公により天保12年(1841年)に創設された藩校です。いずれも私共の先祖にかかわりのある場所です。気温は低かったのですが、風もなく穏やかです。文化の薫り高いこの地域の散策は、とても心が癒されました。近所の八百屋さんで名物の「干し芋」をお土産として買いました。

 ミニ同窓会では、顔を見た瞬間に「・・・誰だっけ?」というメンバーもいましたが、皆それぞれ、高校時代の面影を残していました。しかし、町ですれ違ったとしても気が付かないでしょう。料理を食べながら、各自が高校を卒業してから、今日まで生きてきた道のりを話しました。皆それぞれが、人生のどこかの場面で苦労したんだなと思うような内容でした。

 すでに年金暮らしをしながら、悠々自適に暮らしている者もいました。しかし、ある者は工場長として、ある者は牧師として、ある者は写真家として、そしてある者は陶芸家として、いまだに自らの生涯をかけた取り組みを継続中でした。

 今後の生き方をどのように考えているのか、皆に問いかけてみました。それぞれの答えは、今後も現在の取り組みを継続するとのことでした。そんな中で、牧師として人生を送ってきた彼が「この年になるまでに様々な経験をしてきたので、それらをベースにして人々の力になっていくこれからが本番」というコメントを聞いた時には、たいしたものだなと思うと同時に、頭の下がる思いでした。

 各自が個性的な人生を送り、質素に暮らしながらも、情熱を失っていないことがよくわかりました。このような人たちをクラスメートに持ったことを、とても誇りに思った次第です。

 彼らの作品を見せてもらいましたが、いずれもレベルの高いものでした。高校時代のクラスメートとの作品展に参加することを決めました。懐かしさとともに、満ち足りた思いで、帰路につきました。彼らに負けないように、まだまだ頑張らなくてはいけませんね。
天体写真3点
1月9日(水)
 1月3日(木)から4日(金)にかけて撮影した天体写真3点をアップします。冬場は夜が長いので、あと1カット程度撮影できる時間的余裕があったのですが、高速道路のUターンラッシュを配慮して、早めに撤収をしました。また、寒さが厳しかったので集中力が切れてきたことも、早めに撮影を終えた理由です。画像処理に関しては、まだまだ課題がありますので、今後さらに創意工夫を行う必要があると思っています。


ウィルタネン彗星(Comet 46P/Wirtanen)
 1948年1月に天文学者ウィルタネンが発見した彗星です。約5.4年周期で太陽のまわりをまわっています。昨年12月に太陽と地球に接近し、その頃肉眼等級となっていました。見頃は過ぎてしまいました。明るさは6等級台です。肉眼では認められませんでした。10×70双眼鏡で眼視で見ると、中央集光のない拡散状の星雲のような感じでしたが、写真に撮影するとしっかりとした中央集光が認められます。約1時間ほどかけて、15分間の露出で撮影しましたが、その間にも彗星が恒星の間を移動していくため、彗星に合わせたメトカーフコンポジットで処理しました。彗星を固定したため、相対的に恒星が移動しているように見えます。恒星が二重になっているのは、途中で撮影を中断した時間があったためです。作品としての完成度を上げるためには、連続的に撮影して、恒星を直線でつなぐほうが良いでしょう。ただし、雲が出ると撮影を中断せざるを得ないので、このような画像でもよいと思います。

写真のデータ
2019年1月3日 221h01m~22h48m EOS5D MarkⅡ(赤外カットフィルター除去機) EF200mm f1.8LUSM 絞りF2.2 ISO1600 60sec×15フレーム 15分露出
フラット補正、ダーク補正 メトカーフコンポジット ノートリミング



ふたご座M35付近の散光星雲
 ふたご座の足元付近に位置する散開星団M35の近くにある散光星雲を撮影したものです。M35のMとは、フランスの天文学者シャルル・メシエが作った天体カタログの頭文字です。35番目の天体です。画面中央やや右上に青い色をした星が密集しているのがそれです。画面中央やや左側にある赤い星雲はクラゲ星雲と呼ばれています。そのクラゲの右上の足の部分がいまひとつ抽出できませんでした。画面右下の赤い星雲はモンキー星雲と呼ばれています。その形が猿の横顔に似ていることに由来しています。200ミリの中望遠レンズでこれらの天体が全部入るようにフレーミングを行いました。
写真のデータ
2019年1月3日から4日 23h02m~24h51m EOS5D MarkⅡ(赤外カットフィルター除去機) EF200mm f1.8LUSM 絞りF2.2 ISO1600 60sec×49フレーム 49分露出
フラット補正、ダーク補正、ノートリミング



わし星雲
 いっかくじゅう座にある散光星雲です。おおいぬ座の1等星シリウスからたどると、簡単に見つけることができます。ただし、望遠鏡を使っても肉眼で見えるわけではありません。写真に撮影して初めてその姿が浮かび上がってきます。しかも、ノーマルカメラでは明瞭に写しとどめることができません。赤外カットフィルターを除去した改造機が必要となります。南の低空であり、写真写りもさほどではないので、画像処理には工夫が必要です。速写性の高い明るいレンズの特徴を生かしました。
 低温でパソコンがダウンしたため、この写真はパソコンの制御を外してのノータッチガイドです。追尾エラーが数枚ありましたが、他のコマは問題ありませんでした。全ての制御を望遠鏡架台とカメラに任せて、車の中で待機しながら撮影した写真です。
写真のデータ
2019年1月4日 1h16m~2h29m EOS5D MarkⅡ(赤外カットフィルター除去機) EF200mm f1.8LUSM 絞りF2.2 ISO1600 60sec×70フレーム 1時間10分露出
フラット補正、ダーク補正、ノートリミング
天体写真撮影(1月3日から4日 富士山西麓)
1月6日(日)
 年末年始にかけて、横浜はとても安定したよい天気が続きました。新月期でもあったため、星仲間や教え子たちを誘って久しぶりに天体写真撮影に出かけることにしました。場所は富士山の西麓です。伊豆でもよかったのですが、いつもの撮影ポイントは、この時期風が強く、長焦点レンズでの撮影においては、風であおられてしまってよい結果が出せません。それを配慮してのことです。

 JR根岸線の本郷台駅近くで、下で記述した彼を拾って、出発しました。東名高速道路に入ると、上り線のほうは、Uターンラッシュでものすごい渋滞でした。それを横目に、新東名高速の新富士インターでおりて、西麓を目指します。現地に到着すると晴れていました。いつもは人影がほとんどありませんが、正月ということで、この日の撮影ポイントには、望遠鏡がすでに何台も立ち並んでいました。

 その一角に車を駐車し、すぐに撮影機材のセッティングを開始しました。
撮影に行ったのは、昨年8月の乗鞍岳天体写真撮影ツアー以来です。だいぶ間が空いてしまいました。建物の外壁工事の関係で、望遠鏡は分解したままでしたので、それを組み立てるのも、半年ぶりです。忘れ物をしないように、充分注意したはずでしたが、フィルターと、カメラを望遠鏡架台に固定するためのアダプターを忘れてきてしまいました。持って行ったパーツで代用できたので、実害はありませんでしたが、今後も気をつけなくてはいけないと思いました。

 半年ぶりでしたが、天体望遠鏡、カメラ、パソコン共に問題なく作動しました。たいしたものだなと思っていた矢先に、パソコンがダウンしてしまいました。気温が氷点下に下がったためです。集中力も切れてきたので、そこから先は、パソコンの制御を外しての撮影としました。

 久しぶりに満天の星たちを見ました。冬の天の川もうっすらと見えていました。光害の影響は、いつもの撮影ポイントより大きいものですが、対象としている天体の撮影には、問題ありませんでした。7×50双眼鏡と、10×70双眼鏡を持って行きました。ウィルタネン彗星を見るためです。肉眼等級ギリギリでしたが、肉眼で認めることはできませんでした。拡散状の天体なので、仕方のないところでしょう。双眼鏡ではよく見えていました。

 しぶんぎ座流星群の極大の日でしたが、流星の数はさほどではありませんでした。ただし、マイナス4等級以上の大流星を目撃することができたのは、幸運でした。見事な流星に思わず「うぉー!」と声を上げてしまいました。

 撮影した天体写真は、画像処理が終わっていないので、完了次第、アップする予定です。外気温は氷点下1度です。カイロも持って行きましたが使用しなくても大丈夫でした。間が空いてしまったので、出かけるときには一大決心でしたが、行ってしまえば、まだまだ撮影できそうな体力があるな、と思った次第です。また、2月の新月期に撮影に出かける予定でいます。光害の影響が多少ある星空でしたが、一晩中、満天の星たちに包まれることができて、よかったなと思いました。
天文情報誌の表紙写真
1月6日(日)
 1月5日(土)発売の天文情報誌2月号に、私共の教え子のひとりの写真が掲載されました。雑誌を見たときに、どこかで見たような作風の写真だなと思っていましたが、撮影者の名前を見たら、それは教え子のひとりでした。天体写真の取り組みを開始してから、いずれは表紙を飾ることをひとつの目標にしなさい。とアドバイスを続けてきただけに、とてもうれしく思っています。

 表紙を飾っただけでなく、本文のほうにも特集記事を、作例とともに掲載してもらいました。いずれも、彼が取り組んできた成果です。単なる天体写真ではなく、自分にしか追及できない写真撮影を目指しなさいと言い続けてきましたが、それを実践しました。彼の答えがここにあります。たいしたものだなと思います。

 2017年8月21日(月)にアメリカを横断する皆既日食がありましたが、そこにも彼を連れて行きました。約1週間近く、彼と生活を共にしましたが、相変わらず礼儀正しく、誠実で、英語もかなり堪能なほうなので、とてもたくましく思った次第です。先輩、後輩にかかわらず、気配りができるので、どこでこのようなふるまい方を身につけたのだろうと思っている次第です。

 特集記事の中で、彼も述べている通り、これが到達点ではありません。今後も、自ら創意工夫をして精進してもらいたいと思っています。天文業界で仕事をする彼は、いずれは天文業界を背負って立つひとりになるのではないでしょうか。ショッキングな出来事が続いていた中で、私共にとってはとても励みになる出来事でした。
2019年を想う
1月6日(日)
 今年も私共のホームページを、どうぞよろしくお願い致します。喪中なので新年のあいさつは控えさせていただきます。

 プラネタリウムの仕事にかかわるようになってから、今年で47年目に入ります。移動式プラネタリウムの出張投影の仕事は、一昨年の12月で終了しました。現在は、関市まなびセンターでの投影を残すのみです。しばらくは、同施設での投影の仕事に集中したいと思っています。ただ、次年度以降どうなるかは、施設次第です。公共施設ですので、予算が認可されればという条件が付きます。まなびセンターでの仕事を終了した時が、私共がプラネタリウム解説者として引退するタイミングだと思っています。

 昨年から、今まで以上に手書きイラストに集中するようになりました。そのほかの時間は、体を鍛えるために使っています。近くの公共施設において、卓球の練習を継続するつもりです。出かける予定のない日は、朝、太陽を観測して、それからイラスト制作、卓球、そして、新月期になると、天体写真撮影、というパターンが日々の過ごし方です。継続することになるでしょう。一方で、昨年12月に身内をひとり失ったために、そのための整理などに追われることになります。

 この正月、横浜は、とても穏やかで快晴の良い天気が続いています。今日、1月6日(日)は、部分日食がみられる日ですが、横浜はあいにくの曇り空でした。撮影の準備はしていたのですが、残念ながら撮影できませんでした。

 今年の目標というものは、特にありません。健康に気をつけながら、上記の取り組みを継続するだけです。プラネタリウムの世界も、だいぶ様変わりしました。どのような投影が良いのか、その答えは様々でしょう。古いと思われるかもしれませんが、どんなに時代が変わろうと、私共は今まで通りの投影スタイルを継続するだけです。


  過去の星雑記
  平成30(2018)年9月から12月
  平成30(2018)年4月から8月
  平成30(2018)年3月から4月
  平成30(2018)年1月から2月
  平成29(2017)年11月から12月
  平成29(2017)年7月から11月