この夏の過ごし方
7月11日(水)
 平成30年7月豪雨において、亡くなられた方のご冥福を心よりお祈りするとともに、被害に遭われた方々にお見舞い申し上げます。4年前の平成26年8月豪雨において、広島市安佐南区の住宅街で発生した大規模な土砂災害の現場は、山陽自動車道の広島インターチェンジ付近から見えます。先日も、そこを通過しながら、復旧はだいぶ進んだのだろうか・・・と思っていた矢先でした。今回の豪雨は、その時の悪夢が再び、といった印象でした。

 近日中に、また広島まで車で往復する予定です。山陽自動車道の川内インターチェンジ・広島インターチェンジ間が災害復旧のため、通行止となっています。このままだと、迂回して中国自動車道経由で広島に行くことになるでしょう。渋滞が予測されるため、夜の移動を考えています。

 昨年まで、夏は、移動式プラネタリウムの仕事で、飛び回っていました。7月・8月にオファーが集中するためです。土日はもちろんですが、施設によっては平日のイベントもあったため、この時期は自宅にいるよりも、イベント会場かホテルで過ごすことがほとんどでした。夏は、あっという間に終わりました。その仕事を昨年12月末で終了したため、今年の夏はのんびりと過ごす毎日です。

 散歩を含めて、体を動かすこと、イラスト制作に専念すること、そして、現在も取り組ませていただいている、岐阜県関市まなびセンターの投影コンテンツを制作することが、日課です。部屋で過ごしていると、暑さが気になるところですが、幸いなことに、私共の家は風が通るので、エアコンを使用することは、ほとんどありません。夜になると気温が下がるので、窓を閉めてしまうこともしばしばです。

 昨年までは、とても刺激的な毎日でしたが、今年はそれとは対照的です。毎日同じことを繰り返しています。予定表は、ほとんど真っ白な状態です。物足りない気がしないでもありません。体調も悪くないので、もったいないようにも思っていますが、私共の年齢を配慮すると、これでよいのだろうと考えています。

 何時に起きて、何時に寝ても、だれに文句を言われるものでもありません。心配事がないわけではありませんが、昨年までに比べると、ストレスが大幅に緩和されました。ゆったりした時間の中で、様々なことを考える時間も多くなりましたが、いまさら、この年になって新しいことに取り組むのも大変です。人生の最後のステージに足を踏み入れていますが、イラスト制作を中心に、体を動かして老化の速度を遅くしながら日々を過ごしていきたいと思っています。卓球練習のほうも、壁を少し超えることができたかなと思っています。
ぬか漬け
7月5日(木)
 最近になって、妻が始めたものです。興味本位で手伝っていましたが、最近では、すっかり私の担当になってしまいました。こどもの頃は、母が当たり前に、食卓に出してくれていました。こどもですから、あまり食べることはありませんでしたが、いつ頃からか、とてもおいしいものだなと思うようになりました。

 ぬか漬けはシンプルですが、意外と手間がかかるものです。しかしながら、毎日同じことを繰り返すことは、私共の性格には、合っているようです。スーパーマーケットで購入する野菜は、比較的高価なので、近所の農家から購入します。それらの農家の一部に、無人販売所があり、そこから、旬の野菜を購入してきます。こどもの頃を思い出しながら、見よう見まねで漬けています。それでも、おいしいものだと思います。最近は、キュウリやナスを漬けることがほとんどです。

 これらの漬物をスーパーマーケットで購入すると、意外と高価です。手作りする価値は充分にあると思います。移動式プラネタリウムの仕事をおしまいにしたため、今年の夏はのんびりと過ごしています。節約を兼ねる意味でも、食事は手作りのものが多くなりました。お昼から、温かいご飯とみそ汁、漬物などで食事ができるのは、ありがたいことです。そして青魚があれば、シンプルですが、充分に贅沢な食事だと思っています。しばらくは、ぬか漬けを継続することになるでしょう。
ターンバックル(五藤光学製天体望遠鏡赤道儀)
7月5日(木)
 ターンバックルとは、天体望遠鏡の赤道儀架台部に取り付けられている上下方向の微動装置です。写真の矢印の部分がそれです。赤道儀は、極軸と呼ばれる部分を北極星(厳密には天の北極)の方向に向けます。そのあと、見たいと思う天体に向ければ、赤道儀のモーターが、天体の日周運動と同期し、目的の天体を自動追尾します。

 天の北極は、その土地の緯度に等しいので、例えば横浜であれば、北極星は約35度の高さに見えます。極軸の上下方向の傾きを微調整して、天の北極に厳密に向ける微動装置が、ターンバックルです。他社の赤道儀では、別の方式が採用されています。ターンバックルを備えた赤道儀は珍しいといえます。

 このターンバックルは、緯度18度から48度までで使用することができます。それよりも低緯度や高緯度の地域で使用するためには、ターンバックルのもっと長いもの、あるいは短いものを使用する必要があります。

 ハレー彗星が回帰した1986年3月頃、日本では南の低空の星空を移動していったため、天体の高度が高くなる、もっと低緯度の地域で撮影する必要がありました。このため、サイパンまで出かけました。飛行場跡地まで、レンタカーを走らせました。南の島特有の雨が降ったりやんだりの天気だっため、よい写真は撮影できませんでしたが、7×50双眼鏡で見た、ハレー彗星の姿は、今でも目に焼き付いています。

 断捨離をしていく中で、そのときに使用した、低緯度対応のターンバックルのパーツが出てきました。他のパーツとともに、五藤光学製マークX赤道儀のBOXに保存することにしました。私共の年齢を考えると、この名機を使用する期間は、あと数年でしょう。そのあとは、教え子たちに引き継ぐ予定にしています。赤道儀は、2台あります。

 上の写真がターンバックルの位置を示すもので、右の写真は、2個のターンバックルです。手に持っているのが、低緯度用です。このパーツを所有している方は、純正ピラー、汎用軸と同じく、極めて少数だと思います。
天体望遠鏡架台の撤収
7月2日(月)
 断捨離の作業と併行して、ベランダに置きっぱなしにしておいた、天体望遠鏡の架台を分解して、部屋の中に戻しました。もうすでに、20年近く、ベランダに置いています。空の暗い場所に出かけて行って、天体写真の撮影を行うときのみ、機材を分解して車に積んで持って行っていました。

 置きっぱなしにしていたのには、理由があります。晴れている日は、毎日のように太陽を見るためです。最近では、太陽活動が穏やかであるため、撮影はしませんが、だからといって、見ていないわけではありません。Hα太陽望遠鏡を使用して、必ず太陽面をチェックしています。また、惑星撮影のシーズンになれば、気流の安定した日を選んで惑星面を撮影していました。

 今の季節は、惑星面の撮影シーズンです。木星、土星、火星などが撮影の好機に入っています。特に、火星はまもなく15年ぶりの大接近をむかえます。横浜は、梅雨が明けてから、少し風が強いものの、毎日良い天気が続いています。青々とした空を見ていると、昨年8月21日(月)、アメリカのアイダホ州で見た、皆既日食当日のことを思い出します。あの日の青空を、しばらくの間、忘れることはないでしょう。

 建物の外壁塗装のため、せっかくのシーズンですが、惑星面の撮影をあきらめざるを得なくなりました。昨日、望遠鏡架台を分解しました。次の火星大接近まで、元気でいられるかどうかは不明ですが、撮影はまず無理でしょう。私共にとっては、2003年の大接近が最後となりそうです。
断捨離第1弾の終了
7月2日(月)
 断捨離第1弾の作業を始めたのは、今年2月中旬でした。約半年ほどかけて作業が終了しました。第1弾としているのは、まだ、プラネタリウム解説者としての仕事を継続中であり、捨てはいけない書類、プラネタリウム関連機材、天体写真撮影機材などがあるためです。これらは、プラネタリウム解説者として、仕事を完全にやめたあとで処分することになるでしょう。

 断捨離にこれだけ時間がかかったのは、ゴミの分別と、個人情報の含まれている書類の確認・廃棄のためです。どちらも大変でした。ゴミの分別に時間がかかっただけではなく、それをいつゴミとして出せばよいのか、いちいち調べながらの作業となりました。幸いなことに、横浜市では分別したゴミの出し方が、ネット上に詳細に記載されています。それを見ながらの作業となりました。また、個人情報に関しては、それが含まれている書類は、全てシュレッターにかけるのですが、これが思った以上に時間のかかる作業となりました。

 いずれにしても、部屋やベランダにある、不要なもの全てを処分することが出来ました。それでもまだ、生活や仕事に必要なものがかなりあり、スペースに余裕ができたものの、まだまだ生活感があります。次の第2弾の時に、全てを処分することしています。

 思い出のたくさん詰まったものをだいぶ処分しました。しかし、私共の年齢を考えると、あと何年生きられるかもわかりません。あとに残された家族が困らないように、すっきりとしておくことを優先しました。

 クローゼットの奥にしまっていたものまで、チェックしましたが、その際、たまっていた埃などを掃除しました。そのせいか、最近では、部屋の掃除をするときに、埃の量が少なくなったような気がしています。体が動くうちに、ここまでの作業ができたので、一安心です。

 最近の午前中の日課は、片付けでした。その時間が必要なくなったため、これからは、その時間もイラスト制作に費やすつもりです。
ポストカード
6月29日(金)
 本日、関東地方が梅雨明けしたとみられるという発表がありました。確かに、このところ晴天が続いていますが、湿度が高く、蒸し暑い毎日です。梅雨明け10日と言って、梅雨明け直後は、太平洋高気圧の勢力が強く、安定した天気になるはずですが、そのパターンと、今の状況は少し異なるように思います。

 断捨離第1弾が、最終段階になりました。整理をしていく中で、クローゼットの奥から、ポストカードが出てきました。

 昔取り組んでいたスペースイラストをポストカードにしたものです。2種類あります。ひとつ目は、星の手帖社が発売していたものです。当時は、ディズニーランドのトゥモローランドの売店でも販売されていました。

 二つ目は、記憶がなくなってしまっていたのですが、現物を見て思い出しました。天文情報誌「スカイウォッチャー」(現在の星ナビの前身)の表紙イラストの何枚かをまとめたものです。どのような場面で配布されていたのかは、覚えていません。

 記念に保管しておいたものですが、多少のストックがあるので、後日、教え子たちの何人かにプレゼントしようかと思っています。

 写真は、右上が星の手帖社から発売されていたポストカードです。藤井旭氏の天体写真とともにポストカードとして発売されていましたので、2種類並べて撮影しました。左側が、スカイウォッチャーの表紙イラストの何枚かを集めたポストカードです。こちらは、立風書房によるものです。

 星の手帖社のポストカードの原画の何枚かは、知人にあげてしまいましたが、スカイウォッチャーの表紙イラストの原画は、全て手元に残して保存してあります。いずれも初期の作品ばかりなので、今見ると恥ずかしい限りです。
記憶媒体
6月28日(木)
 パソコンの記憶媒体は、機器の進歩とともに移り変わっていきます。私共は、パソコンが世の中に登場する頃には、すでにプログラム電卓を使用していました。単なる関数電卓ではなく、磁気カードで、自らが作成した天文計算プログラムを保存し、必要な時に電卓の中に読み込むものです。

 その電卓は、すでに処分してしまいました。また、作成したプログラムのドキュメントや、プログラムのプリントアウトもすでに処分しました。これらについては、この「星雑記」の3月5日(月)のところで記述したとおりです。

 断捨離第1弾が最終段階に来ています。最近は、片付けが午前中の日課になっています。写真の磁気カードは、前述の電卓のプログラムを記憶したものです。すでに計算機を処分しているので、無用の長物となってしまいました。

 パソコンが世の中に登場すると同時に、パソコンを利用して、それまでに作成しておいた天文計算プログラム集を移植するとともに、計算に時間がかかるので機が熟すのを待っていた、軌道計算・日食計算等のプログラム開発に着手しました。写真のフロッピーディスクは、それらのプログラムを保存したものです。

 その後、記憶媒体は多様化しMO、DVD、HDDなど、次第に容量が大きくなっていきました。私共が開発したプログラムと、似たような取り組みは他でも行われていました。特に、株式会社アストロアーツが開発した、ステラナビゲーターは、私共が取り組んでいた、天文計算プログラムの多くの部分が網羅されていました。ただ、彗星や小惑星の軌道決定、日食計算、実視連星の軌道から、地球から見た連星の見かけの位置を計算する方法などは含まれていませんでした。

 プログラム開発は、日食計算プログラム集が完成したところでやめてしまい、アストロアーツさんに引き継いでいただきました。断捨離を行うようになって、日食計算以外の、前述の計算の一部の資料を、アストロアーツさんの担当者に差し上げました。

 フロッピーディスクなどは、現在のパソコンとはOSが異なります。読めなくはないのですが、引き継いでも意味がないものが多いので、それらも処分の対象としました。時間をかけてきただけに、もったいないような気もします。処分してしまえば、それらに取り組んだという証拠すら失われてしまいます。しかし、プラネタリウム解説者としては、それらが無駄になったとは思っていません。

 記憶媒体は、機器の進歩に伴い、移り変わっていきます。フィルムですらデジタルにとってかわる時代です。過去の取り組みや思い出を、どのようなものに保存しておけば適切なのか、とても悩ましい問題だと思います。

 写真は、左上から、プログラム電卓の磁気カード、廃棄するために全てまとめた磁気カード、そして、フロッピーディスクのほんの一部です。一昨日、ゴミに出しました。
映画(テラスモール湘南 神奈川県藤沢市)
6月26日(火)
 気になっていたタイトルの映画があったので、今日は映画を見に行きました。JP辻堂駅に直結する、テラスモール湘南のシネマコンプレックスです。映画を見るときには、最近ではほとんどここで見ます。

 邦画ですが、内容は満足できるものではありませんでした。わざわざ映画に仕立てなくても、テレビのスクリーンで十分じゃないのかな・・・と思った次第です。多くの人が直面する人生の通過点を扱ったものですが、現実味に乏しいものでした。制作者側は、この映画を通して何を観客に伝えたかったのかが、よく理解できませんでした。テレビドラマであれば、途中でチャンネルを変えていたことでしょう。

 映画が終了した後、おいしいものでも食べてから帰ろうかと思いましたが、お昼時であったため、レストラン街はどこも行列ができていました。フードコートで韓国料理を食べて帰ってきました。

 最近は、運動で体に負荷をかけることが多かったので、今日は日課である散歩にも出ず、映画から帰ってからは家で昼寝をしました。腰や肩、ひじなどに負担がかかっていたのですが、少し緩和されました。明日からまた頑張ろうと思っています。片付けも、イラスト制作もすべて休みとしました。たまには、このような日があってもよいでしょう。

 仕事を減らした分、時間的には余裕ができたのですが、何もしなければ、前には進めません。何もしないまま1日を終えてしまうのはよくないので、今まで以上に、時間の使い方に気をつけるようにしていますが、息抜きは必要です。
FC50(高橋製作所製天体望遠鏡)
6月25日(月)
 断捨離の作業を、いまだに継続中です。あと少しで終わると思います。ベランダの物置を整理中ですが、保存しておいた天体望遠鏡のパーツが出てきました。高橋製作所の屈折望遠鏡用の経緯台です。微動装置ありません。おそらく、実際の使用を想定するというよりも、インテリアとして望遠鏡を飾っておくために製作されたものでしょう。現在は、この望遠鏡も経緯台も製造がおこなわれていません。

 FC50という口径50ミリの屈折望遠鏡用の経緯台です。もちろん、使用することも可能です。机の上などにおいて、窓越しに月などを眺めることはできるでしょう。この望遠鏡は、口径は小さいのですが、レンズには蛍石(フローライト)が使用されています。天体望遠鏡の教科書通りの美しい星像を結びます。重量も軽いので、海外での日食の写真撮影などに使用してきました。2009年1月26日(月)に、インドネシアで見られた金環日食の撮影には、この望遠鏡を使用しています。その時のレポートは、こちらにあります。

 この望遠鏡は、最近では使用することがありませんが、200ミリから300ミリ程度の、望遠レンズでの星空の写真撮影時に、ガイド鏡として、いつでも使用できるようにスタンバイしています。

 この望遠鏡の後ろにある額の説明は行いませんが、小惑星に詳しい方であれば、これが何なのかがお分かりいただけるのではないでしょうか。科学館や博物館などに行くと、これと同じような額を見ることができるかも知れません。永久保存版の額です。
とばっちり
6月24日(日)
 6月17日(日)、広島に向けて山陽自動車道を走っていたときの出来事です。頻繁に高速道路を利用すると、様々なことを体験しますが、今回の体験は、なんとも後味の悪いものでした。

 記憶がはっきりせんが、多分、山陽姫路東インターチェンジか西インターチェンジの、どれかのトンネルを抜けたあたりです。2車線の道路ですが、私共は、左側の走行車線を走っていました。クルーズコントロールをセットしての定速走行中でした。トンネルを抜ける頃から、追い越し車線を猛スピードで走ってくる車が、サイドミラーに見えていたので注意していました。私共の車を追い抜いた瞬間のことでした。その車のフロント付近から、ブチッという鈍い音が聞こえてきました。「何か比較的大きなものを踏んだような音がしたな・・・」と思った時でした。私共の車のフロントガラスに、液体のようなものが飛び散ってきて付着しました。すぐにワイパーを作動させましたが、一度ではとれませんでした。ウィンドーウォッシャー液を出して、ガラスをクリーニングしてクリアーにしました。

 「なぜあんなにスピードを出すのだろうか」、「もう少し速度を抑えて走れば、避けることができたのではないかな・・・」などと思いながら車を走らせました。嫌な予感がしたので、トイレ休憩を兼ねて直近のパーキングエリアに入り、車を確認することにしました。運転席のドアを開けてびっくりしました。運転席側のドアと、その後部座席のドアには、動物のものとみられる血痕が、びっしり飛び散って付着していました。トイレどころではなくなりました。周囲のドライバーから誤解をされるといけないので、急いでトランクからタオルを出して、トイレの水に浸し、付着した血痕をふき取りました。とんだとばっちりでした。そして後味の悪いものでした。

 その車の進路に、どのような動物がいたのかは、私共の車の視界からは確認できませんでした。動物飛び出し注意の標識は、高速道路でも目にします。しかし、この時間帯は車の通行量が比較的少ないとは言いながら、このような場所に動物が出てくるのは珍しいことだと思いました。

 東北自動車道を、青森方面に向けて、岩手県付近を夜間に走行していた時のことです。これだけ車の量が少ないと、動物が飛び出してくるかも知れないと思っていました。走行車線上を、極力センターライン付近に寄せて、速度を抑え気味に走らせていました。突然、道路を横断するように野ウサギが飛び込んできました。急ブレーキをかけるほどの至近距離ではありませんでしたので、問題はありませんでしたが、予測していた通りだったと思った次第です。

 今回の出来事は、高速道路上でも、動物の飛び出しには今後も注意しなさいという、私共に対する警告だと思っています。
新名神高速道路(高槻JCT・神戸JCT間 6月17日・6月19日)
6月22日(金)
 17日(日)、関市まなびセンターでの投影を終えると、その足で広島に向かいました。プライベートな用事を済ませるためです。昨年の7月以来、約1年ぶりの広島です。これまでに何度、広島に足を運んだことでしょうか。そのほとんどが車での往復です。

 一宮ジャンクション(JCT)を経由して、関ヶ原付近を通過する頃には、すっかり日が暮れていました。養老サービスエリアは、このルートで走行するときに、必ずトイレ休憩などで立ち寄ります。ここで夕食を食べてもよかったのですが、日曜日のサービスエリアの夕食時は、ほとんどの場合混雑しているので、もうしばらく車を走らせて、黒丸パーキングエリア(だったと思います)に再び車を入れて、夕食としました。パーキングエリアのメニューは、手作り感がいっぱいです。個人的には、サービスエリアよりもおいしい場合が多いように感じています。予想していた通り、そこでの食事は、とてもおいしいものでした。機会があれば、また食べてみたいと思っています。サービスエリアや、パーキングエリアの食事に関しては、別の機会に詳しく述べてみたいと思っています。

 名神高速道路の瀬田東JCTから京滋バイパスに入ります。大山崎JCTで再び名神高速道路に入り、高槻インターチェンジを越え、しばらくすると、見慣れない標識が出てきました。「名神・大津」のほかに、左矢印で「新名神・岡山」と書いてありました。「あれ・・・ここから岡山方面に抜けられるのかな?・・・」と思いましたが、一瞬でした。真ん中の走行車線を走っていたので、左側に車線変更している余裕がありませんでした。「今のは何だったのだろう・・・」と思いながらも、いつものように、吹田JCTから中国道に入り、山陽道経由で、広島まで行きました。

 19日(火)の帰りのルートで、神戸JCTまで来た時です。ジャンクションの分岐の雰囲気がいつもと異なっていました。標識には、「中国道(津山・大阪)・舞鶴若狭道(舞鶴)」、「新名神(高槻・京都)」と書いてありました。一瞬、躊躇しましたが、京都方面だろうと思い、そちらの車線を選択しました。しかし、その先のルートには、宝塚北サービスエリア、箕輪とどろみインターチェンジなど、聞いたことがないような名前ばかりです。カーナビには道路がなく(最新のマップを搭載しています)、山の中を走っていました。道路は新しくできた道路らしく、路面のバンプがまったくありませんでした。ロードノイズも最小限に抑えられている感じです。走っているのにもかかわらず、車が静止しているかのように微動だにしないといった印象です。このような感覚を初めて体験しました。新東名高速道路も、路面のバンプがかなり少ないようですが、この道路はそれ以上です。夜間照明なども、ドライバーが落ち着いて走れるように配慮されているようでした。

 今回初めて走った道路は、今年3月18日(日)に開通した、新名神高速道路でした。昨年、高槻JCTと川西インターチェンジ間が開通し、今回、川西インターチェンジ・神戸JCT間が開通したことで、高槻・神戸JCT間が利用できるようになりました。道路の性能としては、おそらく現時点で、世界最高レベルではないでしょうか。従来は中国道の宝塚インターチェンジ付近が渋滞していることが多く、今回、この道路が利用できるようになったことは、大きなメリットでしょう。

 昔に比べると、広島方面に向かうルートは、選択肢が多くなりました。私共は現在、東名・新東名・伊勢湾岸道・新名神・京滋バイパス・中国道・新名神・山陽道経由で広島や九州方面に向かうようにしています。事故渋滞などが発生した場合、各ジャンクションで、臨機応変に利用できる道路を選択するようにしています。今回の体験では、道路を作る技術の高さに驚かされた次第です。
仮設プラネタリウム(関市まなびセンター 岐阜県関市 6月16日から17日)
6月20日(水)
 岐阜県関市にある、まなびセンターの直径12メートルドームにメガスターゼロ投影機を仮設して、6月16日(土)から17日(日)にかけて、プラネタリウムの投影を行いました。当日夜9時の星空の解説。そして、投影の後半部分のテーマは「小惑星探査機はやぶさ2の話」と題して解説しました。

 小惑星探査機「はやぶさ2」は、まもなくターゲットとなる小惑星に到着します。1号機である「はやぶさ」との比較をしながら、「はやぶさ2」について解説しました。「はやぶさ」の話を取り上げたときには、投影を見に来られたマニアの方々が多かったように記憶していますが、今回は、そのような方々をほとんど見かけませんでした。1号機の時ほど注目されていないということなのでしょうか。不思議です。今回も、オリジナルの静止画・動画をたくさん使用しての解説としました。近隣のプラネタリウム施設からの、スタッフの視察がありました。

 16日(土)の夜は、市民天体観望会です。木星が観望対象でした。この時期にしては、昼間の天気が良かったのですが、観望会の時間帯には、雲が多くなってきました。しかし、それでも木星、月、金星を雲間からご覧いただくことができました。観望会の時間帯に、イリジウム人工衛星が見えることになっていました。予報された時刻に、その方向を注目していただきましたが、残念ながら見ることができませんでした。かなり明るくなる予報でした。その方向には、低空に雲があったので、雲にさえぎられたのかも知れません。

 まなびセンターのスタッフの中に、似顔絵を描くのが得意な方がいます。その方が、私共の似顔絵を描いてくださいました。プラネタリウム施設は、建物の3階にあるのですが、エレベーターで3階に来ると、出てすぐのところにプラネタリウムの看板があり、そこに私共の似顔絵を貼っていただきました。また、プラネタリウムの入場者には、毎回、様々な絵柄の栞がプレゼントされますが、その中にも、私共の似顔絵があるようです。常連の観客の方が喜ばれていたようです。恐縮してしまいました。

 上の写真は、入口の看板と、そこに貼られた似顔絵の拡大です。似顔絵が私共に似ているのかどうかは、私共にはよくわかりません。ちなみに似顔絵は、横浜市立谷本小学校のPTAスタッフと、こどもたちも描いてくれたことがあります。その似顔絵は、この「星雑記」の平成29年12月17日(日)のところにも掲載してありますので、興味のある方(多分いないと思いますが・・・)は比較してみてください。

 投影終了後、横浜には戻らず、プライベートな用事のために、広島まで往復してから横浜に戻ってきました。今日は1日中雨が降っており、日課である朝夕の散歩はしましたが、疲れをとるため、ゆっくりと過ごしています。
仕事量
6月12日(火)
 移動式プラネタリウムの出張投影の仕事を、昨年12月いっぱいで終了しました。プラネタリウム解説者として、現在取り組んでいるのは、岐阜県の関市まなびセンターでの投影のみです。そのほかに、横浜市立大学や横浜市立横浜サイエンスフロンティア高等学校の仕事がありますが、こちらの頻度はさほどではありません。

 昨年まででしたら、今の時期は、各施設における夏のイベントに関するメールや電話での問い合わせ、イベントの詳細に関する打ち合わせなどで、忙しい毎日でした。また経理処理なども煩雑でした。
今年は、これらの対応がなくなったため、拍子抜けするくらいに穏やかな毎日が続いています。

 時間に余裕ができたことで、精神的なストレスはかなり改善されました。これからの取り組みのメインとなるイラストの制作に精を出せるはずなのですが、なかなかそうはいきません。いつでも取り組めると思うと、逆に筆を握るのがおっくうになってしまいます。忙しいときのほうが、かえって描くペースが早かったように感じています。これではいけないと思い、最近では、イラスト制作に取り組む時間を必ず確保するように、自らに言い聞かせています。

 プラネタリウムのコンテンツ制作と、イラスト制作に取り組む毎日ですが、いずれも集中できる時間は、2時間程度です。それ以上になると、集中力が切れてしまい、作業効率が上がりません。年を取った証拠でしょう。

 このような状況から、移動式プラネタリウムの仕事を昨年末で終了したのは、適切な判断だったのだろうと考えています。仕事が減った分、経済的には苦しくなりましたので、今まで以上に質素に暮らすようにしています。もともと裕福な家で育ったわけではないので、質素な生活のほうが、私共の身の丈に合っています。いつからを老後というのかわかりませんが、その生活がすでに始まっているように思っています。
ヌーベルシノワ(横浜市 6月3日)
6月5日(火)
 創作中華料理とでも訳すのでしょうか。フランス語です。新しい中華料理を指す造語だそうです。ただし、本来のフランス語としては誤った表現であり、正しくはヌーヴェル・キュイジーヌ・シノワーズ(nouvelle cuisine chinoise)と呼ばれるべきであろうとされています。だいぶ前に放送されていた「料理の鉄人」では、このヌーベルシノワという言葉が用いられていましたので、このようなジャンルの料理があることを、その時に知りました。

 毎年6月頃、ある会社の懇親会があり、それに招待していただきます。ここ数年は欠席していましたが、今年は参加しました。6月3日(日)のことです。夏を思わせるような、とても天気の良い日でした。車で桜木町のホテルまで行きました。地下の駐車場に車を入れます。地下駐車場は、狭いわけではありませんが、壁や柱が多く、車を所定の場所に入れるのに一苦労しました。

 懇親会の前に、その会社の社長をはじめ、何人かの方々のスピーチがありました。スピーチの長い方もいれば、短く簡潔に話される方もいます。私共は職業柄、スピーチの展開の仕方や、スピード、間の取り方などが気になってしまいます。場数を踏んでいる方の話には、引き込まれてしまいますが、そうでない方のスピーチは、事前に話す内容を頭の中で整理しておけばよいのに・・・。などと思ってしまいます。それ以上に気になったのは、せっかくのスピーチをしている間に、奥のテーブル席で、隣の人などと小声で話をされている方々です。周りの方々が静かに聞いているだけに、とても目立っていました。このような公式の席では、もっと礼儀をわきまえればよいのに・・・。などと感じてしまいました。

 料理のほうですが、テーブル席の上に円卓があり、そこに料理が運ばれてきます。円卓を回しながら、それぞれが各料理を取って食べるのですが、人数分がきちんと用意されており、前菜・魚・肉・デザートと続きます。内容は中華料理ですが、フランス料理のフルコースとあまり変わりません。違いは、肉料理の後にピラフが出てくることくらいでしょうか。どれもおいしいものでした。

 何人かの方々のスピーチを聞いている間に、企業とはいったい何のために存在するのだろうか、ということを考えていました。その会社は、その答えのひとつを持っているように思いました。ユニークな取り組み方は、テレビでも紹介されることがあるくらいです。そのおかげで、業績は右肩上がりだそうですが、それに有頂天にならずに、着実に歩を進めていることに感心した次第です。もちろん、社内では、外部の人間にはわからないような、様々な出来事があるのでしょう。

 おいしい料理をごちそうになりながら、大変有意義な時間を過ごすことができました。
LEXUSのお店(横浜市 6月1日)
6月1日(金)
 午前中に最寄りのLEXUSのお店に用事があり、行ってきました。車を購入するとかそういうことではありません。噂によると、高級ホテル並みの対応だとのことです。以前から一度行ってみたいと思っていたので、ちょうどよい機会でした。LEXUSのお店を訪れるのは、これが初めてです。

 車をお店に入れると、さっそく2名の女性スタッフが出てきました。車のドアを開けて、お店の中まで案内してくれます。すでにこの時点で恐縮してしまいました。そこまで丁寧にしてくれなくても・・・。と思った次第です。接客カウンターは、それぞれがガラスで仕切られています。その一角に通されました。腰を掛ける椅子までもが、座り心地の良いものです。車と同様で、細部までこだわりがあるように思いました。

 事前に予約を入れていましたので、用件はすぐに終わりました。待っている間、ロビーのほうに案内されました。ほどなくして、飲み物が運ばれてきました。ロビーには、LEXUSの新車がずらりと勢ぞろいしています。特にLS500h、LC500h(LC500だったかも知れません)が目を引きます。せっかくの機会だったので、インテリアも見せていただきました。ダッシュボードから本革使用の豪華なものでした。特にLC500hの造り込みの完成度の高さが目を引きました。LS500hの造り込みも見事です。こちらはさすがに重厚感がありました。従来のLSに比べると、ハンドル径が少し小ぶりになった印象を受けました。車の総合的な印象は、実際に道路を走らせてみないとわかりません。一番大事なのは、乗り心地、操作系の手触り、走行音などの全てを含めた走りの質感です。

 トイレも利用させていただきましたが、豪華なものでした。接客のレベルも、お店のインテリアも、清潔さも、全てが高級ホテル並みでした。というより、それをしのぐかもしれません。貴重な体験をさせていただきました。

 普段利用しているディーラーのお店とは、レベルが違うという感じがしました。しかし、では普段利用しているお店が良くないのかというと、そうではありません。行けば必ず飲み物も用意してくれますし、接客も満足できるものです。何より、すでに20年近く、そのお店を利用しているので、安心感が違います。それにしても、LEXUSのお店は、想像していた以上のレベルで感心しました。
記念写真(美ヶ原高原 5月22日)
5月30日(水)
 美ヶ原高原において、5月22日(火)の夜明け前に撮影した記念写真です。教え子のひとりが撮影して、電子メールに添付して送ってくれました。天体写真撮影に行くときには、できる限り、その彼が記念写真を撮影するのが恒例となっています。必ず星空をバックに撮影してくれます。長時間露出になるため、シャッターを開いている間は、じっとしていなくてはいけません。まるで、カメラが世に出てきた頃の撮影と同じですね。

人物の上に写っている明るい星は、左が火星、右が土星です。画面上のほうに写る明るい恒星は、わし座のアルタイル、すなわち彦星です。画面の中央で白い服が一部見えているのが私共です。

 この時間帯は、機材の撤収後であり、東の空は、すでに薄明が始まっています。周囲も明るくなってきている状況です。一番眠い時間です。これまでにも、何度か撮影に同行しているメンバーがほとんどですが、いつも暗い場所でしか会わないことと、ご覧のように防寒着に身を包んでいるため、いまだに、どのような顔をしているのかが、お互いによくわかりません。町ですれ違ったとしても気が付かないでしょう。

 5月もいよいよ終わりです。これから、梅雨に入りますので、天体写真撮影に出かける機会も少なくなるでしょう。湿気から機材を守るために、注意が必要ですね。

 ここしばらくは、プラネタリウムの投影用のコンテンツ制作や、手書きイラストの制作に精を出すつもりです。
天体写真(夏の大三角 美ヶ原高原 5月22日)
5月28日(月)
 下の5月22日(火)のところでレポートした、美ヶ原高原における天体写真の画像処理が終わりましたので、2枚アップします。この時に撮影したのは、この2枚だけです。それぞれ35ミリ、24ミリの広角レンズで撮影したものです。35ミリレンズは問題を抱えていましたが、画像処理の過程で、強引に解決しました。すでに原因が特定できているので、次回の撮影では大丈夫でしょう。

 今回は、フィルターワークを駆使して撮影を行うつもりでいたのですが、うかつにも、そのフィルターを忘れてしまいましたので、これまでと同じような手法での撮影となりました。
35ミリレンズは、赤外カットフィルター除去機ですが、24ミリレンズのほうは、ノーマルカメラでの撮影です。24ミリクラスの広角レンズになると、赤い星雲も小さく写るので、わざわざカメラを改造して、赤外カットフィルターを除去する必要もないように思います。カラーバランスが良く、レンズの周辺減光の補正、光害による低空のカブリ補正を除けば、色調整はさほど負担にはならないようです。ただし、あくまでも空の暗いとこで撮影した場合という条件が付きます。光害の影響の大きい場所では、フィルターを使用するほうが有利ではないでしょうか。

 肉眼では気が付きませんでしたが、薄雲が頻繁に通過していたようです。また、24ミリの写真では、画面右下にわずかですが、モヤの影響がでていました。いずれも、画像処理のプロセスにおいて補正をしてあります。何度撮影しても、満足のいくレベルに到達するまでには至りません。また、機会があれば、この領域の撮影に挑戦することになるでしょう。

 今回の撮影にも使用した、ポータブル赤道儀と、カメラ2台、そしてタイマーリモートコントローラーの組み合わせは、機材の重量も軽めで、一度セットしてしまうと、あとは全自動です。寒く感じるときには、車の中に入ってしまえばよいので、大変便利だと思いました。私共の年齢を考えると、今後、この組み合わせでの撮影が多くなることでしょう。


写真のデータ
夏の大三角 2018年5月22日0h37mから2h55m EOS5D MarkⅡ(改造機) EF35m/m f1.4L USM ISO1600 F4 180sec×40frame 総露出時間2時間00分 美ヶ原高原



夏の大三角付近の天の川 
2018年5月22日0h24mから2h55m EOS1Ds MarkⅢ(ノーマル機) EF24m/m f1/4LⅡUSM F4 ISO1600 180sec×44frame 総露出時間 2時間12分 美ヶ原高原
 

富士登山体験記(2001年7月4日から5日)
5月26日(土)
 断捨離の作業の一環で書類を整理していたところ、2001年7月上旬に登った、富士山の登山体験記のプリントアウトが出てきました。保管していたのは覚えていたのですが、書類を片付けている間に場所を移動してしまったため、行方不明になってしまいました。このプリントアウトも破棄するつもりですが、せっかくの体験記なので、このホームページの「星雑記」のコーナーに、番外編として残しておくことにしました。この体験記は、富士登山の情報を集約する、あるホームページに、当時、寄稿したものです。

 富士山には、これまで4回登っています。いずれも高山病に苦しめられました。私共は、標高が3500メートルを超えたあたりで、高山病を発症するようです。原因はおそらく、夜行日帰りで富士山を登るためでしょう。もっと時間をかけて、体を山に慣らしていけば、そのようなことはなくなるのかもしれません。4回とも睡眠不足のまま登ってしまいました。これがいけないのではないでしょうか。

 1回目は富士宮口から、2回目から4回目までは、須走口からの登山です。須走口からの登山は、かなり過酷なものです。特に下りは、足腰に著しい負担がかかります。須走の名は、下りルートの急傾斜の砂地を走り下りること(砂走り)に由来しています。これが示す通りです。砂地は最初は面白く、楽に感じられるので、走って下りますが、想像を絶するくらい延々と続きます。おそらく、走らないで下っていくほうが楽なのではないでしょうか。急傾斜なので、走ると加速して、速度を制御できなくなるので危険も伴います。登山はいつも妻が一緒ですが、単独で富士山を登ったこともありました。

 須走ルートの下山時に、実に不思議な体験をしました。今でも鮮明に覚えています。以来、富士山を登ることをやめてしまいましたし、登山そのものもやめてしまいました。時々登りたいと思うこともありますが、あの時の体験がそれを躊躇させる原因となっています。北アルプスの表銀座である、燕岳に登った時にも、似たような体験をしました。具体的に記述すると、誤解を招く可能性もありますので、記述は控えます。

 いずれにしても、大変な山である、富士山の登山体験記です。時間のある方は、ぜひご覧ください。こちらから、ご覧いただけます。
白川郷(岐阜県大野郡白川村 5月24日から25日)
5月25日(金)
 2017年5月18日(木)に訪れて以来、約1年ぶり12回目の白川郷です。田植えが始まる直前に訪れるつもりで、チャンスをうかがっていましたが、1週間ほど遅かったようです。私共がいつもの撮影ポイントとしている場所では、すでに田植えが終わっていました。せっかく片道約7時間もかけて行ったのに残念です。そして、天気が良すぎました。雲がまったくないため、平凡な写真になってしまいました。

 水を張った田んぼに映りこむ、合掌造りの家と、真っ赤に染まる朝焼けをテーマにした画像をイメージしているのですが、まだ成功していません。すでに数年間取り組んでいます。

 昨夜は、午後の日課である卓球練習を終えると、自宅に戻りシャワーを浴び、そのまま白川郷まで車を走らせました。圏央道、中央道、野麦街道を経由し、安房トンネルを抜けて、高山市に達し、そこから再び高速道路に乗り、白川郷まで行きます。到着すると、いつも利用している駐車場に車を入れて、仮眠をします。夜明け前に目覚ましをセットし、東の空が白み始める頃に、撮影ポイントに向かいました。

 訪れる時期が、少し遅いかも知れないと思っていました。結果は前述のとおりでした。せっかく来たので、写真を何枚か撮影したのち、白川郷を後にしました。白川郷のほかの撮影ポイントもチェックしましたが、カメラを向けることはありませんでした。観光客も皆無に近い状態です。早朝に散歩をされている地元の方と、挨拶を交わしただけでした。おそらく、また来年挑戦することになるでしょう。午後3時前には、自宅にもどりました。


写真のデータ
白川郷の夜明け 2018年5月25日 EOS1Ds MarkⅢ EF16-35mm f2.8LⅡUSM 17mm F5.6 5sec ISO100 photoshop CS6で画像処理

天体写真撮影(美ヶ原高原高原 長野県 5月21日から22日)
5月22日(火)
 美ヶ原高原で天体写真撮影を行うのは、2016年5月7日(土)から8日(日)にかけて以来、2年ぶり3回目です。昨年も行こうと思っていたのですが、行く機会を失ってしまいました。今回は5月21日(月)の夜から22日(火)の明け方までです。

 美ヶ原高原は、長野県松本市、上田市、小県郡(ちいさがたぐん)長和町にまたがる標高2000メートルの高原です。日本百名山のひとつでもあります。今回は月齢が半月に近く、月没が日付が変わる頃であったため、撮影に適しているとは言えませんでした。薄明が始まるのも2時50分と早く、撮影に使える時間は、わずかに3時間足らずでした。先週行きたかったのですが、天気の良いときに、別のスケジュールが入っていて、行くことができませんでした。たとえ短い時間でも星空を撮影できれば、と思っていました。教え子たちも同じ気持ちでいたようです。現地で合流しました。総勢6名です。

 午後の日課である卓球の練習が終わると、すぐに自宅に戻り、急いで準備をして出発しました。途中のコンビニの、イートインコーナーで夕食を食べます。お茶や夜食などを調達すると、一路、美ヶ原高原を目指します。中央高速の岡谷インターチェンジで一般道におり、山道に入り、ビーナスライン経由で美ヶ原高原に達します。あたりは既に真っ暗です。すれ違う車も1台程度でした。ビーナスラインに入る手前で、鹿の群れが道路に出ていました。合計8頭。どちらに動くか挙動が読めないので、最徐行でそばを通過します。

 横浜は、すでに夏のような気温ですが、さすがに標高が高いだけのことはあります。現地に到着した時の気温は10度でした。その後、さらに下がり、明け方近くには7度になっていました。今回は、比較的軽装で行ってしまったため、かなり寒く感じました。

 天体写真のほうは、今回も広角レンズで天の川を狙いました。4月の伊豆最南端での撮影時に、35ミリレンズを使用したカメラにトラブルがありました。今回も同じレンズを使用しました。トラブルは改善されているようでしたが、一部に同じ傾向が生じていますので、現在、原因を調べているところです。レンズのマウント側に、指紋のような汚れが見つかりました。これが原因かも知れませんので、とりあえず、クリーニングして、次回に備えるつもりです。多分、これで解決するのではないかと思っています。

 天気予報では、午前0時前までは薄曇りで、その後晴れてくる気配でしたが、現地に到着するとよく晴れていました(肉眼では、雲ひとつないように思っていましたが、後で、撮影した画像をチェックしてみると、きわめて薄い雲が頻繁に流れていたようでした)。急いで機材をセッティングして撮影開始です。ほどなくして、教え子たちのグループも到着しました。今回は時間が短いので、2台のカメラで同じ方向を狙い、それを明け方まで続けました。タイマーリモートコントローラーを使用し、全自動撮影としました。構図を決めて、撮影を開始します。しばらく星空を見たのち、車の中に入り眠りにつきました。

 途中、撮影が予定通りに行われているかどうかをチェックしつつ、教え子たちが持ってきた30センチドブソニアン反射望遠鏡で、天体を見ます。球状星団や銀河は、まるで天体写真を見ているようです。見事でした。

 午前3時頃には、東の空が白み始めたので、機材の撤収にかかります。岡谷インターチェンジ近くまで彼らの車の後ろを走り、そこで別れました。彼らのうちの何人かは、朝から仕事に入るそうです。タフですね。撮影をしている間は、話をすることもありません。各自が黙々と、自分のテーマをこなします。

 若者の天文離れが著しく、天文業界は現在、マーケットが縮小傾向にあります。そのような意味で、彼らの存在は貴重でしょう。今後もできる限り、バックアップしたいと思っている次第です(私共が、すでにバックアップされつつある年齢に達しているよう思うようになりました)。いつものように、諏訪湖サービスエリアに車を入れて、仮眠したのち、名物のおやきを買って自宅に戻りました。短い時間でしたが、行って良かったと思っています。
断捨離作業その後
5月17日(木)
 断捨離の作業ですが、現在4割程度の進み具合です。日課である朝の散歩を終えると、時間が許す限り、すぐに作業に取り掛かります。断捨離の作業を開始したのは、今年の2月中旬です。これだけ時間がかかる原因は、ゴミの分別をしなくてはいけないからです。また、書類関係を廃棄するときには、個人情報が含まれていたりするので、それぞれの書類に目を通し、含まれていればシュレッターで処理し、含まれていなければ、古紙回収にまわします。シュレッターで処理して細かくなった紙も、ビニール袋に入れて、古紙回収にまわします。昔であれば、そのままゴミに出すか、大きなものは粗大ゴミとして出していたことでしょう。

 私共の年齢になると、作業を2時間も行えば、疲れてきてしまいます。集中力がなくなるので、作業はそこでおしまいです。午後からは近くの公共施設で、卓球の練習をし、帰ると夕食を食べてから、イラスト制作に取り組みます。すなわち1日中、体を動かしている感じです。人に会ったりしない限り、このような毎日が続いています。新月期になると、教え子たちを誘って、天体写真撮影に出かけますが、この新月期は、天候があまりよくないので、いつ撮影に行くか、天気とにらめっこの状態が続いています。

 過去に撮影した、大量のフィルムを処分しました。それでもまだ半分は残っています。撮影に費やした膨大な時間、カメラやレンズ、フィルムの購入、そして現像代などの費用は、いったい何だったのだろうと思っています。おそらく多くの部分が無駄になっているのでしょう。その一方で、時間と労力、資金を費やさなければ、望遠鏡やカメラの特性を理解すること、撮影のテクニックなどを身につけることはできなかったのではないかと思っています。

 プラネタリウム解説者として、引退の一歩手前の日々が続きます。移動式プラネタリウムの仕事に取り組んでいた時は、全国を走り回り、様々な地域で投影をさせていただきました。大変神経を使う刺激的な日々でしたが、その一方で、現在の穏やかな日々の過ごし方も悪くないなと思っています。断捨離は、まだまだ続くでしょう。それと並行して、新作の手書きイラストの準備を進めているところです。
スペースイラスト・天体写真展(上郷地区センター 横浜市栄区 5月1日から5月31日)
5月9日(水)
 上郷地区センターは、横浜市栄区にある市民利用施設です。私共は、日頃の運動のために、この施設を利用させていただいています。

 この施設の1階から2階に通じる階段の壁面は、ギャラリーとして利用することができます。絵画や写真などが折に触れて展示されます。施設を利用する個人および団体であれば、ギャラリーとして利用可能です。

 日頃、施設を利用させていただいている感謝の意味を込めて、昔描いていたスペースイラストと、ここ数年の間に撮影した天体写真の両方を、5月1日(火)から5月31日(日)の期間で、展示させていただくことにしました。4月30日(月)の午後に展示設営の作業を行い、それ以来、展示中です。お近くにお住まいで、興味がおありでしたら、ぜひお起こしください。

 イラスト3点と、天体写真10点の合計13点を展示しています。大きさは、イラストがB3サイズ、天体写真はA3ノビのサイズです。いずれも額装していますので、実際には、さらに大きく感じます。

 現在取り組んでいる、風景画の手書きイラストの原画は、まだ展示する時期ではないと思っていますので、しばらく後になってからではないでしょうか。スペースイラストは、現在、取り組んでいません。押し入れに保管したままです。そのままだと、今後人目に触れることもないので、機会があれば、また、どこかで展示してみたいと考えています。

 写真は、階段のギャラリーに展示中のイラストと天体写真です。
仮設プラネタリウム(関市まなびセンター 岐阜県関市 5月5日から6日))
5月7日(月)
 岐阜県関市にある、まなびセンターの直径12メートルドームにメガスターゼロ投影機を仮設して、5月5日(土・祝)と6日(日)にプラネタリウムの投影を行いました。当日夜9時の星空解説と、テーマ解説です。今回のテーマは「15年ぶりの火星大接近が7月末に」です。7月31日(火)に最接近する火星の話題を、一足先に取り上げました。

 5月5日(土・祝)は、施設全体でイベントが開催されていたため、プラネタリウムのほうも、かなりの入場者でした。これは毎年のことです。昼間のうちは、とても良い天気でした。当日の夜は、市民天体観望会の日でした。夜まで良い天気が続くだろうと思っていましたが、夕方から雲が出てきてしまいました。しかし、かろうじて星空を見ることができたので良かったと思います。

 人事異動に伴い、施設のスタッフの皆さんもだいぶ変わりました。新しいスタッフの皆さまは、初めてのプラネタリウムと天体観望会の対応に、だいぶ疲れたのではないでしょうか。関市まなびセンターでの投影は、私共にとって7年目に入りました。

 ゴールデンウィークの最中です。通常の時間帯に高速道路を走ると、渋滞に巻き込まれて、いつになったら到着できるのかわかりません。5月3日(木・祝)の夜のうちに、移動してしまいました。日付が変わる頃に、東海環状自動車道の美濃加茂サービスエリアに車を入れて、明け方まで仮眠をし、4日(金・祝)の午前中のうちに、設営を行いました。今の車に変えてから、初めての車中泊です。以前の車ほど機材を積んでいないので、寝るスペースは十分に確保できるのですが、まだ慣れていないせいか、朝起きると体中が痛く感じました。

 3月25日(日)以来の投影でしたので、投影そのものが久しぶりでした。6日(日)の最終投影を行う頃には、のどに少し痛みが走る状態でしたが、まだまだ大丈夫だろうと思った次第です。ゴールデンウイークの最終日でしたが、夕方から夜にかけては、上り線の渋滞もなく、スムーズに横浜に戻ることができました。
手書きイラスト13作目(上高地の夜明け)
4月29日(日)
 北アルプス登山のため、上高地にはこれまで何度も訪れています。いつもは上高地を素通りして、その奥の唐沢を拠点として、北アルプスを登ります。この日は登山ではなく、上高地周辺のハイキングのために訪れました。昔は、マイカーで上高地まで入ることができましたが、この時は、すでに乗り入れが規制されていましたので、直前の沢渡(さわんど)の駐車場に車を止めて、バスで夜明け前に上高地に入りました。2001年5月1日(火)のことです。ゴールデンウィークに入っていましたが、この日は平日で、しかも早朝でしたので、混雑はさほどではありませんでした。

 大正池で下車して、夜明け前の風景を撮影しながら、上高地バスターミナルまで歩きました。時間に余裕があったので、そこからさらに、徳沢か横尾のどちらかまで歩いて、戻ってきました。これでも充分に楽しめるのですが、さらに上に行けば、もっと素晴らしい景色が待っていることがわかっているので、少し物足りなく感じました。

 バスターミナル周辺には、昼食を食べる場所がいくつもあるのですが、この時は、登山の恰好ではなかったので、以前から一度は行ってみたいと思っていた、上高地帝国ホテルで昼食としました。上高地帝国ホテル伝統の、ビーフカレーを食べました。カレーですが、ひとり2,700円くらいだったと思います。その値段はいまも変わっていないようです。出されたカレーを見て、「・・・値段が高いなー・・・」と思いました。しかし、食べてみるとボリウム満点でした。時間をかけて作りこんであることがよくわかりました。食べ進むと癖になる味でした。さすがに伝統というだけのことはあると、納得しました。これ以上のカレーに出会ったことは、後にも先にもありません。できれば、もう一度食べてみたいと思っています。

 大正池から見た、穂高連峰を題材にしたイラストです。苦戦しました。特に、空の表現が、筆ではうまくいきません。白からダークブルーに変化するグラデーションを表現しようとすると、どうしてもムラになってしまうためです。よほど、エアブラシの道具を再度購入しようかと思いました。しかし、今取り組んでいる風景画では、エアブラシを使用しないと決めているので、何度も塗りなおしてみました。試行錯誤を繰り返しましたが、うまくいかなかったため、あきらめてしまいました。池に反射する空のグラデーションは、うまくいったと思います。

 ムラにならない、絵の具を選択することと、筆の使い方をさらに研究しなくてはいけません。イラストとしての自己評価は、空がうまくいかなかったので、70点です。合格ラインを少し下回りました。写真に撮影すると、このムラはさらに強調されてしまうようですが、肉眼で見る限り、これほどのムラではありません。制作期間は、2か月足らずです。時間にだいぶ余裕が出てきたことと、素材自体がシンプルだったことが原因です。次のイラストに取り掛かるのは、ゴールデンウィーク終了後になるでしょう。次回からもう少し、自らの画風を表現できるようなイラストを目指すつもりです。



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