卒業


 首都圏のプラネタリウムの施設を持つ科学館で働くようになってから、すでに21年が過ぎました。勤め始めた頃は、ちょうどバブル期に突入しようとしていた時期で、プラネタリウムの世界においても、各地にプラネタリウムを持つ施設が続々と開館し、またそれまでは水平ドームが当たり前でしたが、傾斜型ドームが多数導入されるなど、プラネタリウムの発展期でもありました。しかし、その後の時代変化は激しく、インターネットの普及、景気の後退、映像のデジタル化、スライド映写機の製造中止など、大きく様変わりしました。

 特に最近のデジタル化の波は深刻で、プラネタリウム投影機本体とともにもうひとつの主役であったスライド映写機の製造中止という出来事が、これからの流れを大きく変えようとしています。今はちょうどその過渡期にあると言えるでしょう。スライド映写機に取って代わって、ドーム全体をCG映像で覆い尽くそうという全天CGシステム(アメリカではオールスカイビデオシステムと呼んでいます。)が登場しました。大きなプラネタリウム館では、このシステムを導入する館が増えていくことになるでしょう。しかし、そのソフトウエアはまだ試行錯誤の状態で、実態は、ソフトウエアを海外から購入して、それを日本語に翻訳して投影するというのが、現状のようです。

 そんな中にあって、私自身を取り巻く状況も大きく変わりました。今後は、デジタル動画を中心としたプラネタリウム映像に取り組みたいと思っていますが、一方で残り少ないプラネタリウム人生を考えたとき、しばらくは客観的にプラネタリウムの世界を見つめてみたい、と思うようになりました。自分にとってプラネタリウムとは何だったのか。

 実は、現在はプラネタリウムの現場を離れています。しかし、しばらく離れてみて、わかったことは、自分がこれまで歩んできた道は、私自身にとっては間違いではなかったということです。これからは、いままでの現場とは異なるところで、CG動画コンテンツを中心とした番組制作や、後継者を育てるための仕事を中心に、残りの時間を費やしてみたいと考えています。


2006(平成18)年3月21日記述