投影日誌

最新のプラネタリウム雑記はこちら

天体写真撮影(伊豆 5月12日から13日)
5月14日(土)
 5月12日(木)の夕方から13日(金)の明け方にかけて、伊豆のいつもの撮影ポイントに天体写真の撮影に行ってきました。先日の5月7日(土)から5月8日(日)にかけて、美ヶ原高原で撮影した写真の出来栄えがいまひとつだったことと、天気が良かったためです。高気圧に覆われて、朝から気持ちの良い天気でした。月齢が6近くとだいぶ太ってきており、月没も23時30分過ぎであるため、撮影に利用できる時間は、薄明が始まるまで、約3時間半ほどでした。ただし、この日を逃すと、今月は撮影に行くチャンスを失います。

 現地に到着したのは、20時頃でしたが、良く晴れていました。月が沈むまでの間に、撮影機材のセッティングを済ませ、月が沈む頃から撮影を開始しました。今回は、ポータブル赤道儀ではなく、常用しているピラー式赤道儀と、長焦点望遠鏡の組み合わせです。夏の大三角が天頂付近に達した頃から、広角レンズで撮影する予定でいました。

 数年に1度くらいしか見ることができない、とても良い空でした。夜半を過ぎる頃になると、北のカシオペヤ座から南のいて座付近まで、天を2分する天の川が見事でした。特に、南の低空は、光害の影響もなく、さそり座のしっぽ付近の星までよく見えていました。透明度もコントラストも高い見事な星空でした。
ただ、この条件ですら、私共が高校生時代に、実家で見ていた星空には及びません。もっと、バックグラウンドの色が黒に近いものです。最近では、私共の生まれ故郷の海岸で撮影した写真が、天文情報誌に作品として掲載されるくらいですから、今でも、ある程度の星空が見えているものと思われます。

 今回は単独行動でしたが、月が沈む頃になってから、慶應義塾大学天文部のメンバーが合流しました。条件の良い空に、急きょ撮影に行くことになったようでした。月が沈んでから、明け方の薄明が始まるまで、短い時間でしたが、満天の見事な星空を楽しむことができました。天文部のメンバーは、それぞれが翌日の予定があるため、薄明が始まる頃になると、機材の撤収を始め、早々に引き揚げていきました。

 私共は、あたりが明るくなってから機材の撤収を始め、山を後にしました。しばらく走ると、彼らから何度も電話がありました。その都度路肩の駐車場に停車し、電話を受けましたが、山の中なので電波の通りが悪く、うまくつながりませんでした。なんとなく嫌な予感がしていました。そのうちに、カーナビが「数キロ先で車両火災のため車線規制があります。」というとんでもないアナウスをしていました。「・・・うそだろう!」と思いながらも、・・・まだ夜が明けたばかりの伊豆スカイラインで車両火災とは・・・と、ますます嫌な予感がしてきました。

 しばらく走ると、1時間近く前に出発したはずの彼らが、路肩の駐車場で手を振っていました。「・・・まさか彼らの車が!」と思いましたが、そうではなく、火災を起こした車の少しあとを走行していたようでした。ガードレールにぶつけた後の、ドライバーの救助にあたっていたようでしたが、詳しいことは、良くわかりません。救急車・消防車・警察などが到着しており、車は全焼でした。消火活動が終わったらしく、ドライバーが、救急車で運ばれていくところでした。道路は通行できませんでした。私共も、しばらくは、後続の車の交通整理にあたりました。現場が混乱しており、交通整理ができるスタッフが確保できる状況になかったためです。同時に、自分たちのスケジュールを犠牲にして、機敏な行動をとれる彼らを、とても頼もしく思った次第です。それにしても、救急車で運ばれたドライバーのその後が心配です。

 通行止が解除されるまで、時間がかかりそうだったので、来た道を引き返し、伊東方面に向かって山を下り、熱海ビーチライン、真鶴道路を経由して、西湘バイパス、新湘南パイパスを通過して横浜に戻りました。伊豆スカイラインでだいぶ足止めになりましたが、横浜に戻ったのは、いつもと同じくらいの時間でした。距離的には、伊豆スカイライン経由も、海岸線を走るのも同じくらいですが、山道のほうが時間がかかるのかも知れません。熱海付近の海岸線は、以前は頻繁に利用していましたが、最近は山道のルートを行くことがほとんどだったので、懐かしく思いました。

 画像処理が終わり次第、画像をアップしたいと思います。写真は、天文部のS君が、天の川をバックに撮影した記念写真です。フィルム時代のカメラでは、このような写真を撮影することは不可能でしたので、デジタルならではの記念写真です。ただし、20秒ほど微動だにしないようにしていなくてはいけません。目撃した野生動物は、道路を横切っていく狸が1匹、鹿が4頭でした。
上るカシオペヤ座再処理
5月11日(水)

 画像を再処理してみました。地上の景色と星空を一緒に写し込む場合、固定撮影で、地上の景色を固定して、日周運動とともに移動する星を流し撮りするか、あるいは星を追尾して、星空を固定し、地上の景色を流し撮りするかのどちらかです。下の5月9日(月)のところでアップした「上るカシオペヤ座」の写真は、後者の方法です。北の空を撮影すると、画面中央部にある北極星を中心として、地上の景色が、露出をかけた時間の分だけ回転しているのがわかると思います。

 最近になって、地上の景色と星空の両方を固定して写し止めるプロセスが考え出され、「新星景写真」として注目されるようになってきました。ただし、赤外カットフィルターを除去したカメラを使用すると、Hα線で明るく写る、赤い星雲まで強調されてしまうので、目で見た感じとは違和感があるとする人もいて、賛否両論が存在します。

 賛否はともかくとして、ノウハウは知っておいたほうがよいだろうと考え、先日の美ヶ原高原での天体写真撮影の時に、取り組んでみました。画像処理を行っている最中に、気が付いたことがあります。東西と南は、処理が比較的楽なのですが、北の空となると、処理がきわめて困難になることがわかりました。

 どのような処理の仕方が適切なのか、あれこれと考えながら、ひとつの方法にたどりつきました。photoshop CS6のマスク処理や、レベル調整のノウハウなどを駆使して仕上げたのが、上の画像です。素材に使用したのは、下の画像と同じものですので、撮影データは、下と一緒です。地上の景色の一部がぼけていたり、地平線付近のグラデーションが、眼視で見ていた時に比べて、やや明るめですが、もう少し試行錯誤することにより、より完成度を高められると思います。

 同じ素材から処理しています。処理のプロセスが変わると、色味などもやや変わってきますが、これらも、何度も経験することにより、追い込んでいけるのではないでしょうか。今回はここまでとします。上の画像のほうが、当日、目で見ていた印象に近いと思います。
天体写真撮影(美ヶ原高原 長野県 5月7日から8日)
5月9日(月)
 5月7日(土)から8日(日)にかけて、美ヶ原高原に天体写真撮影に行きました。長野県松本市、上田市、小県郡(ちいさがたぐん)長和町にまたがる標高2000メートルの高原です。日本百名山のひとつでもあります。昨年の5月16日(土)から17日(日)に撮影に行って以来、約1年ぶりです。

 メンバーは、昨年と同じメンバーの他に4名が加わり、合計10名の賑やかな撮影会となりました。慶應義塾大学天文部のメンバー、並びにそのOB・OGです。

 天気のほうは、この地域は晴れの予報でした。夜半前は星空は見えていたものの、雲が多く、広角レンズで撮影できる状態ではありませんでした。夜半過ぎの午前1時30分頃から雲が消えて、満天に近い星空となりましたので、その時点から撮影を開始しました。ただし、午前3時30分頃には、東の空が白み始めるために、撮影に使用できる時間は、わずかに2時間ほどでした。

 標高2000メートルの山の上は、夜の気温が氷点下でした。温度計を見たときに、マイナス3度を表示していました。「・・・うそだろう!」と思っていましたが、帰りに標高1300メートル地点の電光掲示板の温度計が3度を示していました。この時、すでに太陽が昇っていましたので、マイナス3度は間違いないでしょう。防寒をしっかりしていったので、寒さは問題ありませんでした。

 上の写真は、写真撮影終了後の記念写真です。去年と同じ場所で撮影しました。ふだんは、単独行動で天体写真を撮影に行くことがほとんどですが、最近は、彼らと一緒に撮影に行く機会が増えました。撮影が始まると、皆それぞれが、黙々と撮影を続けるため、会話をする時間はほとんどありません。

 今回は、下の3月25日(金)のところでレポートした、ポータブル赤道儀のデビュー戦です。赤道儀の両サイドに広角カメラ2台を搭載して、それぞれの方向に向けて撮影を行いました。使い勝手は、まずまずです。特に改善しなくてはいけない箇所はありませんでした。ガイド鏡を使用すれば、300ミリクラスの望遠レンズまで使用可能でしょう。

 美ヶ原高原は、北の空が、伊豆に比べると暗いので、北の空を中心に撮影しました。星景写真に取り組みました。地上の景色と、星空の両方を止めて表現できないものかどうか、画像処理でいろいろ試してみましたが、北の空では、困難なようです。

 長焦点の望遠鏡を使用しない写真撮影の場合は、今後、この赤道儀を持っていくことになるでしょう。組み立てやセッティングもスピーディーに行えるので、完成度の高いものになったと思っています。

 画像処理を終えた写真の出来栄えが、いまひとつつだったので、できれば、今シーズンに同じ領域を、再度撮影したいと思っています。

写真のデータ  
上るカシオペヤ座 2016年5月8日3時10分から3時27分 EOS5D MarkU Ef24mm F1.4LUUSM F2.8 8フレームコンポジット 12分露出 ISO800


写真のデータ
夏の大三角 2016年5月8日2時22分から2時53分 EOS5D MarkU(赤外カットフィルター除去) EF35mm F1.4L F2.2 9フレームコンポジット 18分露出 ISO800
火星(5月6日)
5月6日(金)
 撮影する条件としては、薄雲が多く、火星もうるんでいるような状態だっため、厳しいものでした。撮影できなくはなさそうだったため、撮影してみました。

 2年2か月ごとに、火星は地球に接近します。最接近は5月31日です。この時の地球と火星の距離は約7530万キロメートルです。視直径で18.6秒です。満月の大きさが、角度にして約30分ですから、それの約100分の1ほどの大きさです。小さいですね。現時点での視直径は約17秒ですから、今月末までに、あとほんの少し大きくなります。

 この大きさの中で、20センチの望遠鏡で模様を抽出するのは大変です。30センチ以上の望遠鏡で撮影された、素晴らしい画像がすでに公開されています。

 今回の火星は高度が低く、気流の影響も受けやすくなるので、好条件で撮影できる日は、そんなに多くはないでしょう。

 惑星面の撮影に関しては、20センチ反射望遠鏡は、口径が少し小さいように思います。できれば25センチは欲しいところです。しかし、私共の年齢を考えると、いまさら新しい機材を導入するのもどうかと思っています。手持ちの機材の能力を最大限に発揮させる方向で、しばらく取り組みたいと思っています。
仮設プラネタリウム(関市まなびセンター 岐阜県関市 5月4日から5日)
5月6日(金)
 5月4日(水、祝)から、5日(木、祝)の2日間、岐阜県関市のまなびセンターにおいて、直径12メートルドームにメガスターゼロ投影機を仮設して、投影を行いました。3月20日(日)に投影して以来、1か月以上あいだがあいてしまいました。移動式プラネタリウムの仕事も、3月26日(土)以来なかったため、解説自体も久しぶりでした。

 5月2日(月)の夜遅くに横浜を出発しました。ゴールデンウィーク期間中の渋滞を避けるためです。高速道路は、トラックは少なく、ほとんどが乗用車でした。いつもとはまったく異なるパターンでしたので、運転にはふだんよりも神経を使いました。トラックの場合は、挙動がある程度予測できますが、乗用車はよくわかりません。

 いつもとほぼ同じ時間に、美濃加茂サービスエリアに車を入れ、明け方まで仮眠しました。午前中にドームに入り、前回の投影終了時にセッティングしておいた、投影機の位置を再現して、投影準備完了です。ホテルに入るには、あまりにも時間が早すぎたために、市内のシネマコンプレックに行って時間をつぶしました。映画は「追憶の森」です。アメリカ映画ですが、青木ヶ原樹海が舞台です。映画は、ストーリー自体にやや不自然さを感じました。中で迷ったら出るのがとても困難な、青木ヶ原樹海のすごさだけが際立った映画だったように思います。

 プラネタリウムのほうは、前半の星空解説のあと、「火星が地球に接近するよ」と題して、解説を行いました。これまでに制作した、CG動画、静止画、火星を撮影した動画、解説図などを使用した、オリジナリティーの高い内容としました。

 5月5日は、センター全体で「こどもの日スペシャル」というイベントがあったので、プラネタリウムのほうも、たくさんの観客でにぎわいました。午前11時10分以降の回は、全て満席になりました。久しぶりの投影でしたが、観客の皆さまの反応も良く、充分に手ごたえがありました。

 帰りも渋滞を覚悟しましたが、予想していたほどではありませんでした。運転のほうも、さほど疲れもしませんでしたので、戻ってから、さっそく望遠鏡を持ち出して、火星に向けました。日付が変わってからは、薄雲が多くなり、空はどんよりとうるんでいました。しかし、火星が撮影できないわけではなかったので、そのまま撮影を強行しました。

上の写真は、11時10分の回の入場時の状況と、火星について解説している場面のひとコマです。
木星(4月30日)
4月30日(土)
 今日の横浜は、風が少しあったものの良い天気でした。朝のうち、太陽面をチェックしましたが、穏やかだったので、撮影は見合わせました。

 今年の夏に使用する、プラネタリウムの解説用コンテンツを作りながら、夕方には、望遠鏡を外気になじませるために、早目に準備しました。

 暗くなるのを待って、木星を撮影したのが、右の写真です。画像は南が上です。気流の状態は、まあまあでしたが、先日の26日(火)ほどの好条件ではありませんでした。画像のフォーマットの設定を誤ってしまったことを、今になっても、とても残念に思っています。

 上の階のベランダの庇に、木星がさえぎられる時間がだいぶ早くなってきましたので、撮影できるのは、あと2週間程度でしょうか。気流の良い日を見つけて、できるだけ撮影しておきたいと思っています。

 今夜は晴れているので、望遠鏡は、木星を撮影したまま、その状態にしてあります。夜半過ぎに、晴れていれば、土星と火星を撮影する予定です。
平安神宮東神苑の桜(手書きイラスト7作目 4月29日)
4月29日(金)

 昨年の4月3日(金)に、京都に桜を見に行ったときの印象をイラストに描いてみました。場所は平安神宮です。神苑に入った瞬間に、一斉に咲き誇る、多様な品種の桜に圧倒されます。息をのむような美しさでした。苑内をしばらく散策して、桜を充分に楽しんだのち、最後に見るのが、このイラストの桜になります。

 東神苑の栖鳳池に映る尚美館と桜は、ライトアップされた写真が、JR東海の「そうだ京都、行こう。」の、昨年のキャンペーンポスターとなっています。このイラストよりも、やや左側よりからのアングルで撮影されています。私共が訪れた日は、曇り空で、影のコントラストがあまりなく、それも配慮してややフラットにイラストを描いてみました。

 池に映りこむ尚美館や庭園の表現には、苦労しました。ディテールまで描きこんでしまうと、池に見えなくなってしまうからです。適当にぼかしながら、鏡のような池を再現してみました。桜を描くのは、これが3回目です。だいぶ慣れてきたように思います。ただし、池の映り込みの表現まだまだです。全体的な出来栄えは、自己評価で90点です。まあまあ納得できるレベルです。

 次の作品も、すでに描く準備が整っています。下絵処理までが終わっていますので、ゴールデンウィークが終わったあたりから、描き始めようかと考えています。前回の作品の完成が、2月23日でしたから、今回の作品は、完成まで約2か月です。取り組んでいる時間が長かったため、比較的早く完成しました。
サイエンスリテラシーU(横浜市立横浜サイエンスフロンティア高等学校 4月27日)
4月28日(木)
 4月27日(水)は、横浜サイエンスフロンティア高校でサイエンスリテラシーUの授業講座でした。空は曇り空でしたが、今回は、座学でしたので、天気は関係ありません。先週の水曜日にスケッチした、太陽黒点のデータを使用して、各黒点の経緯度を測定する手順を生徒たちに説明して、実際にやってもらいました。今年、私共が担当する授業講座はこれでおしまいです。あとは、折にふれて、天文部の指導などにあたることになるでしょう。
 
 広島から戻ってきて体が疲れていたせいか、学校から戻ると、夕方から爆睡してしまいました。夜9時頃に目が覚めました。悪い夢を見ていたようでした。夢の内容は、起きた瞬間に忘れてしまいましたが、金縛りにあったような感じでした。夢の中で、起きなくては・・・と、何度も自分に言い聞かせていたようでした。しかし、体が動きません。最後に「あ・・・・・・っ!」という大声を出して、体を起こしたようです。ときどき、このようなことがありますね。

 起きると、イラストボードを取り出して、イラストを描き始めました。京都の春を題材にしたイラストですが、間もなく完成しますので、近日中にご覧いただけるのではないでしょうか。
横浜・広島間往復(4月25日、26日)
4月28日(木)
 プライベートな用事で4月25日(月)と26日(火)の2日間、横浜・広島間を往復しました。仕事であれば、迷わず車を使うところですが、今回は新幹線を利用しました。新幹線でも、何度もこの区間を往復しています。用事を済ませて、広島に一泊しました。ただし、観光などは全くしません。翌日午前中の新幹線に飛び乗り、26日の午後には、横浜に戻りました。

 横浜・広島間は新幹線で約4時間です。往路・復路とも、お昼をまたぐような時間で往復するために、いつもお弁当を買って乗り込みます。往路は、横浜名物のシュウマイ弁当です。こちらは、文句なしにおいしいものです。何も言うことはありません。冷めてもとてもおいしく、よく考えられています。

 問題は、広島で購入するお弁当です。これまで何種類か食べてみましたが、値段の割には・・・?といったところでしょうか。新幹線乗り場に、お弁当のお店が少なく、選択肢があまりないことにも、原因があるのかも知れません。コンビニかどこかで、あらかじめ購入しておけばよいのですが、私共が利用する最寄駅の近くと、その駅から新幹線乗り場までの間に、コンビニがありません。次は、少し考えなくてはいけないと思っています。・・・どうでもよい話ですが、4時間近く乗っている間の楽しみは、これしかありません。車で行くと、片道9時間以上たっぷりかかりますが、それでも、自分で運転しているほうが、体力的には疲れません。不思議ですね。

 横浜に戻ると、良い天気でした。日が暮れると、木星に望遠鏡を向けました。気流の状態も安定しており、模様のディテールも良く見えていました。撮影している間は、雲もなく、良い画像が得られるだろうと思っていました。しかし、画像処理を始めて、愕然としました。ファイルのフォーマットが、いつもと異なっており、読み込むことすらできませんでした。撮影の間に、フォーマットを設定するメニューを誤っていじってしまったようでした。今年のベストショットを逃してしまったようで、とても悔しい思いをしました。
電波時計(CASIO 5161*JA 5110*JA 4月16日 大船の家電量販店)
4月28日(木)
 下の4月13日のところで書いた電波時計ですが、オーバーホールをかねて修理に出しました。大船の家電量販店を経由して、メーカー送りとなりましたが、修理不能との連絡がありました。9年近くが経過して、修理できるパーツを保有していないというのが、その理由です。時計本体の両サイドに付いている、ボタンが押しにくくなり、ライトも点灯しなくなったためです。日常的に使用する時計としては、比較的高価なものでしたので、修理をお願いしたのですが、残念です。新品交換となりました。

 その新品の時計は、これまでの時計の価格に比べると、半額以下です。機能的には、ほぼ同じでした。電波時計も安くなったということなのでしょうか。見た目には、質感もさほど変わりがありません。修理に出している間、時計がないと困るので、予備の時計を1本購入しました。こちらは、新品交換したものよりも高めです。2本の腕時計の合計金額は、修理に出した時計とほぼ同じです。

 新品交換との連絡を受けて、なんだか、納得がいきませんでした。メーカー側からすると、長いこと使用されるよりは、短いサイクルで、どんどん新しいものを買ってもらったほうがよいということなのでしょう。パーツさえあれば、修理できるはずですので、資源の無駄遣いにはならないのでしょうか。古い時計は、メーカーで処分してもらいましたので、パーツ類などは、リサイクルされるのかも知れません。

 新しい2本の電波時計は、デザイン的にも、そこそこです。日常的に使用するのには、これで充分でしょう。デュアルタイムの表示もできますので、海外に出たときにも便利そうです。照明用のライトは、あまり意味がないように思いました。液晶のバックライトでもないし、針は、蓄光塗料が塗ってあるので、夜でも照明なしに時刻を見ることができます。価格の差は、いったい何なのだろうかと不思議に思っていましたが、どうやら、電波の受信の感度が異なるようです。新品交換の物は、窓際に置いておかないと、電波を拾うことができませんが、新たに購入したほうは、室内のどこでも、だいたい受信できるようです。

 使い勝手が微妙に異なるので、取扱説明書なしでは、使いこなせません。どうせなら、2本とも同じ時計に統一しておけばよかったと、今になって思っています。まあ、どちらにしても、傷を気にすることなく、壊れるまで使いこなすことになるでしょう。これから先、10年使用すると考えると、私共の年齢を配慮すれば、次に時計を買う機会があるのかどうかはわかりません。

 写真は、左が新品交換された時計、右が新しく購入した時計です。
サイエンスリテラシーU(横浜市立横浜サイエンスフロンティア高等学校 4月20日)
4月21日(木)
 横浜市立横浜サイエンスフロンティア高等学校では、カリキュラムにサイエンスリテラシーという授業講座を設けています。同校の科学技術顧問、研究機関、大学、企業などで先端科学分野の研究に携わっている人たちが講師として参加し、生徒を直接指導しています。これは、そのような体験を通して、生徒の科学的リテラシーを培うことを目的としているものです。

 4月20日(水)に、同校の科学技術顧問の立場で、サイエンスリテラシーII「天体の観測」と題した講座を担当させていただきました。テーマは太陽です。同校には30センチカセグレン望遠鏡を備えた天体観測ドームがあり、そこに9センチの屈折望遠鏡も同架されています。それを使用して、太陽黒点を、これから生徒が実際に観測を行い、レポートをまとめます。この授業講座を担当させていただくのは、今年で7年目です。この授業講座での私共の担当は、4月末にも、もう一度予定されています。

 同校の部活動において、天天文部は最も規模が大きく、天体真を撮影したいという生徒はたくさんいます。しかし、SLUだけを切り取ってみると、科学の分野において、天文を含む地学の分野に取り組む生徒が、年々減少傾向にあるような気がしています。少し心配です。
不二桜の撮影についての考察
4月19日(火)
 4月5日(火)に撮影した京都の東寺の不二桜の写真は、下の4月6日(水)のレポートのとおりです。昨年に引き続き、2年連続で撮影していますが、2回とも逆光気味の写真でした。不二桜と五重塔の色が良く出ていないのは、そのためです。もちろん、画像処理の段階で、不自然にならないように、ある程度補正をかけています。

 以前から気になっていたので、順光(太陽の光が撮影者に対して背後から差している状態)で撮影できないものかどうか、考察してみました。結果は、以下の通りです。グーグルマップの上に図化しました。

 右はグーグルマップで上空から見た東寺です。上が北、右が東、左が西、下が南です。文字が見やすいように、マップの透明度を変えています。

 不二桜と五重塔は、文字と矢印で示しました。撮影ポイントは丸のエリアです。不二桜を手前に配して五重塔をバックにフレーミングするためには、撮影ポイントがこのエリアに限られます。

 画面中央の白い弧は、4月5日・6日頃の、太陽の通り道を示しています。厳密なものではありませんが、上空から見ると、太陽は時間とともに、このような経路で進んでいきます。朝、太陽は東からやや北寄りから上ってきます。南中時刻は11時59分頃で太陽高度は約61度です。沈むときにも、西からやや北寄りに沈んでいきます。

 この図から言えることは、不二桜が満開を迎える頃、どの時間帯で撮影したとしても、逆光気味の写真しか得られないということです。

 ネット上には、もっと良い色で撮影されている写真もたくさんありますので、これらの状況を踏まえて、来年以降に、再度挑戦してみたいと考えています。

 こんなことに時間を費やしているのは、好奇心以外のなにものでもありません。(・・・もっと本来のことに時間を費やせばいいのにね・・・。)
木星2態
4月17日(日)
 春になって気流が良くなってきたので、惑星面の撮影ができるようになってきました。

 4月14日(木)と4月15日(金)は天気が良かったため、木星の撮影を行いました。望遠鏡を設置しているベランダからは、夜9時を過ぎると、上の階の庇に、木星がさえぎられてしまうので、撮影の条件が限られます。

 木星がある程度の高さに見えていて、気流の影響を受けにくいこと。気流の条件が良いこと。庇にさえぎられない時間までに、撮影を終了すること。などが撮影の条件です。条件を満たす日は、意外と少ないものです。

 14日の気流の状態は、まあまあでしたが途中で雲がわいてきたため、そこで撮影は終わりにしました。15日は、気流の条件も良く、雲の襲来もなかったので、落ち着いて撮影ができました。

 画像処理が終了した画像を2枚アップします。撮影データーは、画像の中に表示した通りです。画像は南が上です。

 14日の画像では、画面上の左側にオレンジ色をした大赤斑が。そして画面下の北半球では衛星ガニメデが木星本体に影を落としているところです。黒い丸がそれです。もし私たちが、この影の中にいるとすれば、そこでは日食が見えていることでしょう。

 木星の自転は速いので、撮影をしている間にも、模様が移動していきます。この2枚の画像は、それをキャンセルするように画像処理を行っているものです。


 このたびの熊本地震で、被災された方々には、心からお見舞いを申し上げます。

 14日の撮影を終えて、望遠鏡を撤収し、一息ついてテレビを見ると、大変なことになっていました。急いで宮崎の親戚に連絡を取りましたが、その地域は、地震の規模はさほどではないとのことでした。緊急地震速報が携帯に入って、急いで外に出たら、揺れが始まったとのことでした。しかし、被害のあまりの大きさには、複雑な心境です。5年前の東日本大震災を思い出してしまいました。1日も早くもとの生活に戻れることを願っています。
電波時計(CASIO タフソーラ 4709)
4月13日(水)
 家電量販店で2007年3月に購入した電波時計です。今では当たり前になっている電波時計ですが、仕事用に身に着ける時計として、当時としては比較的高価なものでした。正確な時刻が表示できること、太陽電池で充電するソーラパワーであること、デュアルタイムが表示できることなどが、この時計の特徴でした。

 正確な時刻が表示できることは、私共の仕事においては絶対条件です。また、当時も海外に出かけることが何度かあったため、デュアルタイムで日本と現地時刻が表示できた方が便利です。そのような理由でこの時計をセレクトしました。以来、さほどトラブルを起こすこともなく、約9年間使用してきたことになります。

 最近になって、内蔵のライトが点灯しなくなったり、ボタンが押しにくくなってきたりしたため、そろそろ寿命かなと思っていました。つい先日、デジタルで表示される時間と、針で表示される時間が一致しないというトラブルが発生しました。夜寝ている間に、どこかにぶつけたか(夜も腕時計は外しません。災害等に備えるためです)、あるいは無意識にどこかのボタンを押したかして、設定が変わってしまったようです。2日間ほどその状態で使用していましたが、あまりにも不便であるため、マニュアルを取り出して調べてみました。マニュアルは、他の時計の箱とともに、同じ場所に保存してありました。保存していたことすら、忘れていました。

 時計が多機能であることと、電波時計であるため、設定が恐ろしく複雑です。ふだんは大丈夫ですが、トラブルが起きると専門家でもない限り、マニュアルなしでは、リカバリーは困難でしょう。30分ほど試行錯誤して、正常な状態に戻しました。これでもうしばらく延命できますが、内蔵されている二次電池も充放電を繰り返してきたため、そろそろ寿命ではないでしょうか。また、各ボタンも押しにくくなっています。オーバーホールに出すことにしました。

 腕時計はもう一本あります。こちらは、海外ブランド製です。結構なお値段でしたので、ふだんはほとんど使用しません(・・・だったら買わなきゃいいのにね・・・)。この時計のムーブメントは、意外と正確に時を刻みますが、おそらく日本製でしょう。高級ホテルで懇親会などがあるときなどには、こちらを着けていきます。先日のクルーズ客船ぱしふぃっくびいなすの、船旅の時に着けて行こうかとも思いましたが、グアム島から戻るときに、手続きが面倒になりそうなことと、皆既日食の観測のためには、正確な時刻が必要となるので、やめました。

 さて、時計をオーバーホールに出すとなると、その間に身に着けておく時計が必要となりますので、新しく1本、購入しようと考えています。ただそうすると、時計がオーバーホールから戻ってきて箱にしまってしまうと、二次電池の消費が大きくなってしまうことが問題となります。悩ましいところですね。
日暈(ひがさ 4月9日)
4月9日(土)

 太陽の手前を薄い雲が通過した際、そのまわりに光の輪が現れることがあります。日暈(ひがさ)、あるいはハローと呼ばれる大気光学現象です。月のまわりにも、同様の現象がみられることがあります。こちらは月暈(つきがさ、げつうん)と呼ばれます。

 今日の午前中は、雲が多かったのですが、太陽は見えていたので、いつものようにHα太陽望遠鏡で太陽面をチェックしていました。薄雲が通過していたため、太陽面のディテールがよくわかりませんでした。雲の通過をしばらく待っていましたが、あまり改善されなかったため、あきらめて望遠鏡の撤収の準備にかかりました。念のため太陽の方向を見上げると、太陽のまわりに虹色のリングができていました。急いでカメラを準備して撮影したのが、上の写真です。珍しい現象を見ることができて良かったと思います。

 日常生活において、太陽の方向を見ている人は、ほとんどいないと思います。太陽面を観測している人でもなければ、なかなか気がつかないのではないでしょうか。

写真のデータ 
日暈 2016年4月9日10時23分 EOS40D EF-S 10-22mm F3.5-4.5 USM 10mm F16 1/4000sec ISO200
醍醐寺三宝院の庭園パノラマ
4月7日(木)

 京都のお寺の様々な庭園を見て回りましたが、その中でも、この三宝院の庭園は、スケールが大きなものであるように感じました。ここには、桜が咲いていませんが、それでも、この庭園を造った昔の人々の、美意識と技術のレベルの高さに感心しました。建物も仏像も、全てにおいて、京都を訪れると、毎回、創作意欲をとても刺激されます。このパノラマ写真ですら、実際に見た庭園のスケール感が表現できていないほど、立派なものでした。さすがに世界文化遺産です。醍醐寺のスケールの大きさには、驚かされました。マップを見る限り、それでも見ることができた場所は、全体の半分ほどでした。
京都の桜
4月6日(水)
 京都で撮影した写真の一部を紹介します。その他の写真は、近日中にギャラリーのほうにアップします。

東寺不二桜 2016年4月5日 EOS1Ds MarkV 24-70mm F2.8LUUSM 50mm 絞りF7.1 1/250sec ISO100

平等院鳳凰堂 2016年4月5日 EOS1Ds MarkV 24-70mm F2.8LUUSM 28mm 絞りF9 1/40sec ISO100

醍醐寺五重塔と桜 2016年4月5日 EOS1Ds MarkV 24-70mm F2.8LUUSM 35mm 絞りF5.6 1/80sec ISO100

祇園枝垂れ桜 2016年4月5日 EOS1Ds MarkV 24-70mm F2.8LUUSM 38mm 絞りF10 1/60sec ISO100
桜満開(東寺・醍醐寺・平等院・円山公園・祇園白川 京都市・宇治市 4月5日)
4月6日(水)
 桜満開の京都は、すさまじいほどのにぎわいでした。私共も、その花見客のひとりです。そしてそのうちの半分近くが外国人YOUたちです。飛び交う言葉は、ほぼ中国語。外国人観光客の急増には、本当に驚かされます。平日でしたが、円山公園を中心とする祇園周辺、そして醍醐寺は、まるで花火大会かと勘違いするほどの人の多さで、平日であることを忘れてしまいそうでした。バス停も、人の列であふれかえっていました。和服姿で花見見物をする人々もたくさんいて、これが春爛漫の京都かと思うほど、華やいでいました。

 横浜は、今も桜が見頃です。まだ散り始めていません。数日前の雨風にも持ちこたえたようです。充分に美しいのですが、桜の名所といわれる各地の桜を見てしまうと、今年もまた、見てみたいという思いが日増しに大きくなってしまいました。3月9日にグアム島沖で、あの荘厳な皆既日食を見たばかりです。桜を見ても何も感じないのではないかという不安もありましたが、その心配は無用でした。

 4月4日(月)の夕方、横浜を出発しました。車中泊とし、翌日の4月5日(火)に京都の桜を見て、その日の夕方に、再び横浜に向けて車を走らせることとしました。前述のとおり、海外からの観光客の急増により、地方都市のホテルですら、宿泊の予約がとりにくくなっています。ましてや桜の時期の京都に、宿を確保できるはずがありません。この程度のスケジュールであれば、車中泊で十分です。横浜から京都まで片道約500キロ。2日で約1000キロを走りました。

 京都のひとつ手前の大津サービスエリアに車を入れます。時刻は午前0時を過ぎていました。大津SAは2013年4月にリニューアルオープンした最新式のSAです。2階のフードコートを兼ねた展望室で、パソコンをタブレット経由でネットにつないで、メールをチェックし、車に戻り明け方まで仮眠をしました。朝食は、ハンバーガーショップです。サービスエリアの中に、このようなお店があるので、とても便利です。

 朝食を済ませると、その足で東寺に向かいました。駐車場に車を入れて撮影開始です。昨年は、ここで拝観料を支払うときに、カメラを1メートル近くの高さから、コンクリートの床に落下させてしまいました。今回はそのようなことがないように注意しました。三重県鈴鹿市の鶏飼農園から移植された八重紅枝垂れ桜(不二桜)は、満開のやや手前といったところでしょうか。昨年撮影した写真と比較すると、花の量がわずかに少ないようでした。今日、明日あたりが最盛期なのではないでしょうか。ちなみに、昨年は4月6日に訪れています。

 醍醐寺は花見客であふれていました。とても平日の人出とは思えません。残念なことに、今回いちばん見たいと思っていた、霊宝館の枝垂れ桜は、見頃を過ぎていました。毎年、3月末に見頃をむかえるそうです。豊臣秀吉が贅の限りを尽くした「醍醐の花見」を行った場所であり、ソメイヨシノ、八重桜、山桜、枝垂れ桜などが咲き乱れる様は見事です。ただ、昨年見た、平安神宮東神苑の桜は、入り口を入った瞬間から、息をのむような美しさでした。醍醐寺の桜は、それとは異なる趣でした。

  その後、平等院に向かい、桜を撮影したのち、再び京都市内に戻りました。円山公園の駐車場に車を入れようとしましたが、人も車も大変な混雑でした。もちろん駐車場は満車でした。仕方がないので、あきらめて横浜に戻ろうとしました。一方通行の道路を回って、再び、円山公園の駐車場の前まで来ると、運の良いことに、空車の表示になっていたため、そのまま車を進めました。祇園枝垂れ桜を撮影し、その足で、祇園白川に向かい、撮影して車に戻ってきました。

 円山公園の祇園枝垂れ桜の、木のてっぺんにはカラスが3羽ほど。カメラのファインダーを見ていて気が付きました。しばらく動きそうもありません。興ざめの写真となってしまいますので、あきらめて、その場をあとにしました。各地で写真を撮影するとき、観光客がフレームに入らないようにすることが、とても大変です。今回は、カラスのおまけまでついてしまいました。桜ごときで、人間さまは大騒ぎするな・・・とあざ笑われているような感じでした。祇園白川で撮影を終えて、戻ってくると、カラスはいなくなっていました。カラスを見ながら、「自分は何をやっているのだ・・・」と思いました。しかし、これらの写真は、後日イラストの素材としても使用するものです。カラスにどう思われようとも、これで良い・・・と言い聞かせて、そのまま帰路につきました。・・・京都、これで何回訪れたのでしょう。数えきれなくなってしまいました。

 写真は、上が醍醐寺の仁王門前の人のにぎわい。右が円山公園の花見客です。撮影した写真は、画像処理をして、後日掲載する予定です。撮影した枚数は1日で約500枚になってしまいました。これがフィルムなら、フィルム代、現像代が大変です。デジタルのメリットのひとつです。
車検
3月3日(日)
 横浜は桜が満開です。見頃をむかえていますが、今日はあいにくの雨です。その雨もやんで、午後からは薄日が差してきました。桜を撮影しに行くために、準備をしているのですが、この状態では動きがとれません。天気の良い日を見はからって、桜が散り始める前に、撮影に行くつもりでいます。

 車が車検から戻ってきました。2年の間に走行した距離は、合計で6万キロを超えてしまいました。車の走行距離は、すでに12万キロオーバーです。そろそろ気をつけなくてはいけませんね。前の車は16万キロ以上走ったところで、トランスミッションとサスペンションが同時に機能しなくなりました。10万キロを超えると、各部に劣化などが生じてきます。今回の車検も、パーツ交換やオイル漏れなどの修理を覚悟していましたが、どこも不具合がないということでした。意外でした。前車に比べると、同じ車種でも1ランク上の車ですので、丈夫に作られているようです。走ってみて実感しています。

 移動式プラネタリウムの機材を積んで、全国を走り回っていますが、走行中は常に車に負荷をかけないような走り方を心がけています。急発進や急ブレーキも極力避けるようにしています。山坂道などの走行では、アウトインアウトが基本です。交差点などを曲がるときには、ハンドルが戻るまでは、パワーをかけないようにしています。そして、バンプの多い道では、スピードをこまめに調整して、バンプの影響の少ないところを選んで走ります。これらは、精密なハードウエアに負担をかけないためでもあります。

 車検のついでに、スタッドレスタイヤと、雪国仕様のワイパーを、ノーマルに戻してもらいました。横浜で、いまどきスタッドレスタイヤを履き、ワイパーを雪国仕様で走っている車などありません。ちょうど良いタイミングでした。今年は、雪が少なかったので、スタッドレスタイヤの活躍する場面は、ほとんどありませんでしたが、それはそれで良しとしたいと思います。

 さて、いずれは今の仕事から引退をする時期が来ます。その時には、今の車から、乗用車に乗り換えるつもりです。そして、おそらくそれが最後の車になるでしょう。できれば、パワーがあり、静寂性が高く、乗り心地が良く、しかもコーナーでも踏ん張れる車をセレクトしたいと思っています。パワーがある車というのは、スピードが出せるという意味ではありません。高速道路の追い越し車線などを走行していると、ときどき、後ろから猛スピードで接近してくる車がいたりします。それらを避けるためには、どの速度域からでも、アクセルを少し踏めば、加速して走行車線に戻れるような車のほうが、より安全であるためです。以前も、そのような車に乗っていました。

 安全性の高い車で、ゆっくり走りながら、移動式プラネタリウムの仕事ですら、まだ行ったことのないような地域に行って、サービスエリアなどで仮眠しながら、四季の景色の写真撮影を楽しみたいと思っています。それまでもう少し頑張ります。
太陽コロナ画像再処理
4月1日(金)
 いよいよ新年度が始まりましたね。私共は、サラリーマンをやめてからだいぶ時間が経過したため、新年度に入ったからといって変化があるわけではありません。どちらかといえば、年度の変わり目というのは各施設にとっては、イベントの実施を控える時期でもあるので、私共にとってはこの時期は比較的ヒマになります。

 この間に、これから先に待っている仕事の準備をしたり、日頃やり残していることに取り組んでいます。イラストも再開しました。3月9日に撮影した太陽コロナの画像の再処理も行っています。

 船上というのは長焦点レンズを使用しての写真撮影は、かなりの困難を伴います。今回初めて体験してわかりましたが、船の揺れは体感では周期的に見えますが、望遠鏡のレンズを通してみた揺れは、きわめて不規則でした。ファインダーの視野の両側に外れながら、やがて視野の中心に戻ってくるのではなく、視野の上をかすめたり、下をかすめたり、毎回異なる動きをします。

 太陽が深くかけてくると、緊張感も高まるので、微動装置を利用して視野の中心に持ってくるのは、至難の業でした。皆既の直前に、雲を避けるために、船が大きく向きを変え、太陽が視野から外れました。弓なりに細くなった太陽が、雲から姿を現したのは、皆既のわずか1分前でした。視野に戻している時間がありませんでしたので、皆既の始めのダイヤモンドリングの撮影をあきらめ、肉眼で見ました。これが最後まで、影響することになります。太陽を視野の中心に戻している間に、時間がなくなり、コロナの多段階露出での撮影が予定通りできなくなってしまいました。今回の撮影で最も後悔している部分です。

 それでも、比較的ましな写真が4枚あったため、それを使用して画像処理を行いましたが、満足いくものではありませんでした。太陽面の撮影で、日頃からやり取りをさせていただいている、私共の先輩にあたる方は、今回の皆既日食を陸地から観測を行いました。薄雲の間から、コロナを見たそうです。しかし、さすがは天体写真の第一人者。転んでもただでは起きません。巧みに画像処理を行い、薄雲を通しての見事な太陽コロナのディテールを抽出しました。こちらです。敬服しました。

 これに刺激されて、私共も、自らの画像を見直し、再処理を行いました。太陽高度が70度以上もある好条件での撮影でしたが、前述のような結果ですので、満足しているわけではありません。それでも内部コロナのディテールがやっと抽出できたことで、今回の日食から次のステップに進むことができそうです。比較のために、前回の処理の写真をそのまま残しておくことにしました。こちらをご覧ください。
ポータブル赤道儀  その2
3月30日(水)
 ポータブル赤道儀が、ほぼ完成しました。手順は、次の通りです。

 左の写真の中央部にあるアルミ製のスライドプレートの両端の円盤にドリルで穴をあけます。

 右の写真が、穴あけ作業を行っているところです。ボール盤のように正確な位置に正確な寸法で穴をあけることはできませんが、多少ずれていても自ら加工すれば、工賃が必要ありませんので、外注に出すよりは、費用がおさえられます。

 この円盤に、すでに所有しているポルタU経緯台の、上下・水平微動ユニット(写真右下)を取り付けます。取り付け前に、マークXカラーで塗装しました。このユニットを前述の円盤にそれぞれ取り付ければ、赤緯微動装置として機能します。フリーストップ構造であるため、クランプはありません。空のどこへ向けても、その場で止まりますし、微動もできます。やや重量のあるものを搭載することも想定して、各部のネジ類を締めなおして、ガタを取り去りました。前述の円盤に、穴をあけるスペースを決めるのに苦労しました。どの位置に向けてもボルトの頭がパーツにあたってしまうためです。

 加工している時点では、重量のあるものはタワミを生じて搭載できないだろうと考えていました。試みに、BORG125ED屈折望遠鏡を載せてみたのが、左下の写真です。タワミはありますが、強風さえ吹かなければ、使用できそうな強度でした。意外でした。

 写真は剛性を調べるために、試しに載せてみたものです。バランスがとれているわけではありません。バランスウェイトのように見えている部分にも微動装置を取り付けてあります。すなわち、両側に鏡筒を載せて使用することが可能です。

 これが使用できるようになったことにより、撮影目的に応じて機材をセレクトする選択肢の幅が広がりました。常用している、ピラーに載せたマークXは、北と西の空での写真撮影ができません。建物に天体がさえぎられてしまうためです。

 しかし、今後は、このポータブル赤道儀(この組み合わせでは、もはやポータブルとは言えないかも知れません。)を建物の反対側の敷地にセットすることにより、三日月なども撮影できます。また海外遠征の時にも、役立てることができるでしょう。

 さて、年度末は、さまざまな方たちが職場を去ったり、新しい職場で働くための準備をする時期です。私共が日頃からお世話になっている教育関係者のひとりが、退職することになりましたので、これまでお世話になったお礼として、横浜中華街で一席設けさせていただきました。3月28日(月)の夜です。また翌日には、4月から新しい職場で働く方とお会いして、新宿でお昼を食べながら話をしました。

 中華街の入り口である、JR石川町で降りたついでに、中華街とは反対側にある電気部品を扱っているお店で、マークXのコントローラーの電源ケーブル用プラグを購入してきました。

 DC12V電源用のセンター+のDCプラグ 外径5.5mm 中心ピン径2.1mm のものです。インターネットで探したり、知人から紹介していただいたりしましたが、なかなか良いものが見つかりませんでした。たまたま、そのお店に在庫があったので助かりました。秋葉原まで探しに行っていたら、時間がかかって大変な思いをするところでした。

 常用している赤道儀は、ごくまれに、使用している途中で電源が落ちてしまうことがありました。すでに原因を特定していますので、最近ではこの現象は皆無です。電源ケーブルとコントローラーとの、接続部の接触不良でした。

 星空の写真撮影の時に、トラブルが出ると困るので、今回の工作のついでに、予備のケーブルを2本作っておきました。ポータブル赤道儀のほうは、機動性を重視し、使用目的に応じて、乾電池とバッテリーの両方から電源を供給できるようにしています。ポータブル赤道儀の改造作業は、ひとまずこれでおしまいです。あとは使い込んで、不具合があれば、その都度改善していきたいと考えています。
移動式プラネタリウム(大田文化の森 大田文化の森運営協議会主催 東京都大田区 3月26日)
3月27日(日)
 東京都大田区にある、大田文化の森で3月26日(土)に移動式プラネタリウムの投影を行いました。同施設は、文化活動の拠点として、区民が集い交流する公園・文化施設です。5階の多目的室に5メートルドームを設営して6回ほど投影を行いました。

 当初は5回の予定でしたが、参加者を応募したところ、希望者が多かっため、1回追加して6回投影となりました。当日は、プラネタリウムのほかに、私共が制作したオリジナルCG静止画による、宇宙をテーマとしたイラストも展示させていただきました。

 冬から春の星座を中心に、オリオン座の神話を交えながら解説をしました。観客は年配の方がとても多かったのが、今回の特徴です。驚きました。通常は、小学校低学年の児童や、幼児を中心に解説のレベルを合わせるのが、近年の解説の傾向でしたので、年配の方向けに解説のレベルを合わせたのは、久しぶりでした。

 投影終了後には、主催者の方から「大盛況でとても好評でした。」とのコメントをいただきましたので安心しました。冬の大三角をつらぬき、南の地平線に流れ落ちる天の川を見ながら、先日のクルーズ客船で見た、カノープスから南十字座を思い出していました。
ポータブル赤道儀
3月25日(金)
 望遠鏡の架台である赤道儀の心臓部、すなわち極軸体を利用して、小型・軽量化を実現した赤道儀を、ポータブル赤道儀と呼んでいます。フィルムカメラ時代に比べると、デジタルカメラを使用しての星空の撮影は、ハードルがだいぶ低くなりました。手軽に星空を撮影してみたいという方も多く、近年、このポータブル赤道儀が注目されるようになりました。各社から発売されています。

 このようなタイプの赤道儀は、昔から存在しましたが、最近はデザインやカラーリングにもこだわったものが多くなってきました。また、本格的な天体望遠鏡顔負けの、天体の追尾精度を誇るものもあります。コンパクトであるために、剛性感にやや難があったり、極軸合わせの再現性に乏しかったりするものもあり、ユーザーは、各自が工夫をされているようです。

 グアム島などで見られた3月9日の皆既日食には、その撮影のため、カメラ用の大型の三脚に経緯台を組み合わせて持っていきました。過去の皆既日食の撮影にも使用してきたもので、実績があります。通常の撮影には、これで十分なのですが、欲を言えば赤道儀が使用できると、撮影がさらに楽になります。ただ、赤道儀を使用する場合は、理想的には、前日の夜にセッティングができる環境があったほうが助かります。カリブ海で1998年に見られた皆既日食のときには、マークX赤道儀(五藤光学製)にアルミ三脚(ビクセン製)を組み合わせて持っていきました。鏡筒を2本搭載しましたが、剛性感は十分で、びくともしませんでした。ただ、この組み合わせは、重いのが難点でした。

 私共が使用する、前述の経緯台とカメラ用三脚の組み合わせでは、その上に10センチの望遠鏡を搭載すると、剛性感の面で、若干の不安が残ります。このため、撮影時には、シャッターブレを起こさないように細心の注意が必要となります。今回の日食もそうでしたが、幸いなことに、撮影した写真は、ピントのズレも、シャッターブレもない写真が得られました。

 この剛性感の問題を解決するために、新たにアルミ三脚(ビクセン製)を購入しました。三段伸縮式三脚です。カメラの三脚に似ていますが、剛性を高めつつも軽量・コンパクトを実現したものです。極軸体はマークXを使用します。このユニットは、私共が常用している望遠鏡架台の、予備機としているものです。三脚と極軸体の接続部には、所有していたビクセンの上下水平微動装置付のパーツを利用することにしました。このパーツは、同社の旧タイプのアルミ製の三脚に載せるもので、ガイドパックとして発売されていたものの一部です。マークXが搭載できるように、互換性がありました。

 ただ、今回購入した三脚には、そのままでは搭載できません。アダプターが必要です。そのアダプターを使用しても、このパーツを取り付けるには、改造が必要でした。工作を外注しようかとも思いましたが、試行錯誤の結果、ヤスリと糸鋸で改造できるだろうと考え、改造に取りかかりました。以下は、その手順を示すものです。軽量・コンパクトでありながら、剛性感も私共の使用目的においては、満足できるものになりました。今後は、このシステムを利用して、星景写真や海外遠征の時に活用したいと考えています。

写真1
 ビクセンのガイドパックのパーツにアダプター(一番下の白いパーツ)を
仮組しているところです。
写真2
 ガイドパックのパーツの底の写真です。M10P1.5のネジが切ってあります。
このままでもボルトを通せますが、アダプタに固定するには、アダプタ側も回
転させて、締める必要があります。ただし、突起物があるので、回転ができ
ません。
写真3
 ヤスリで、ネジ山をつぶします。
写真4
 アダプタ側の接続部分です。矢印の部分にもM10P1.5のネジが切ってあり
ます。手前に見える金属の突起物のため、アダプタを回転して締めることが
はできません。この突起物は、水平微動に利用されます。
写真5
 ネジ山をつぶして、仮組しているところです。
写真6
 写真5のパーツの間に挿入する極軸を傾けるためのユニットです。矢印の
部分がボルト(写真1の中央部のボルト)に干渉して回転できないので、糸
鋸でカットします。
写真7
  全体を仮組します。
写真8
 下塗りしていおいた各パーツを再塗装します。マークXカラーです。
写真9
 ビクセン製アルミ三脚に搭載したマークXベースモデルです。
極軸調整用上下水平微動付です。
写真10
 写真9を別の角度から見ています。極軸体には、今では珍しい汎用軸
を搭載しています。この両端にカメラを1台ずつ搭載します。超広角レンズ
から中望遠レンズまでが使用可能です。
写真11
カメラ1台を極軸体に搭載した写真です。本来のポータブル赤道儀の
使い方です。
写真12
極軸体にビクセンのAP赤道儀のスライド雲台プレートを載せたものです。
この両端に微動装置を取り付け、望遠鏡の鏡筒を載せることができます。
海外遠征の時などに使用します。
写真13
今回の日食観測に使用した経緯台を載せてみました。これまでより
剛性感が高まりました。
半影月食(3月23日)
3月24日(木)
 専門的になるので、なぜそうなるのかを詳しくは述べませんが、今の時期は太陽・地球・月の3つの天体が、宇宙空間において一直線上に並びやすくなっています。これを「食の季節」と呼んでいます。3月23日は満月であり、半影月食がありました。この少し前の新月の時には、日本国内では部分日食があり、インドネシアなどでは皆既日食となりました。3つの天体が一直線上に並び、月が新月なら日食が、満月なら月食が起こります。

 太陽・地球・月が一直線上に並ぶと、地球の影が月に投影されて月食となります。影には本影と半影があり、本影に入ると部分月食や皆既月食となります。半影の中に入ると半影月食です。半影月食は、月に投影された地球の影が淡く、注意深く観察しないと減光されているのかどうかがよくわかりません。肉眼で判別するのは困難でしょう。望遠鏡のファインダーなどでは、かろうじてわかります。

 昨日の横浜は、満月が上ってくる頃から、食の最大の頃までは晴れていました。月の高度が高くなるのを待って、食の最大の頃に撮影を行いました。月食が終わった時の満月と比較しようと、夜11時頃まで望遠鏡をそのままにしておきました。その時間に外に出てみると曇っていましたので、あきらめて望遠鏡などの撤収作業を開始しました。

 写真は、昨日撮影した半影月食です。比較のために、昨年の9月に撮影したスーパームーンの写真も掲載しておきます。画像は、月の北を上にしてますが、厳密ではありません。昨日の写真の画面の下の方が、ほんのりと暗くなっていることが理解できるのではないでしょうか。それにしても、スーパームーンの頃に比べると、月の大きさは相当変化するものですね。どちらも同じ光学系で撮影を行っています。

写真のデータ
半影月食(写真上) 2016年3月23日20時48分 BORG125ED F6.4 EOS5D MarkU2×powermate f=1600mm ISO100 1/60sec
満月(スーパームーン 写真下) 2015年9月28日21時39分 BORG125ED F6.4 EOS5D MarkU2×powermate f=1600mm ISO100 1/100sec



仮設プラネタリウム(関市まなびセンター 岐阜県関市 3月19日から20日)
3月21日(月)
  関市まなびセンターにおいて3月19日(土)から20日(日)の2日間、同施設の直径12メートルドームに、メガスターゼロ投影機を仮設して投影を行いました。平成27年度最後の投影ですが、次年度についても投影が継続されます。平成28年度は、まなびセンターにおいて投影をさせていただくようになってから、5年目となります。

 今回は「宇宙から地球を見る」というテーマで、地球を観測する人工衛星や、通信衛星、GPS衛星、気象衛星などについて、低学年のこどもたちにも理解できるように解説しました。しかしながら、ここでも低年齢化は、ますます加速しており、言葉が理解できない幼児も、毎回のように入ってくるので、解説をしながら、どうしたものかと思っている次第です。言葉が理解できないこどもたちを相手に、40分間の投影をするのは、投影する側としても、さすがにつらいものがあります。そのようなこどもたちを相手にした投影ができないわけではありませんが、不特定多数を対象として、事前に投影テーマを告知している投影において、内容を変更するわけにはいきません。

 新東名高速道路の、浜松いなさジャンクションから豊田東ジャンクションの区間が、2月13日につながったので、横浜から関市までのアクセスがますます便利になりました。時間的にもわずかに短縮になったように思います。何より、渋滞の名所である東名高速の岡崎付近を通過しなくても良いだけでも、メリットがあります。しかしながら、昨日の帰り、夕方この区間の上り線を利用した時、下り線では、さっそく渋滞が始まっていましたので、逆に今度は、こちらのルートの渋滞が多発する可能性があるかも知れないと思いました。昨日の帰りは、連休の中日であるため、御殿場から横浜町田インターチェンジ付近も渋滞がひどかったので、渋滞を避けるルートを選択して横浜に戻ってきました。帰りの所要時間は、あまり短縮できませんでした。

 3月19日(土)の夜に開催された市民天体観望会は、月と木星が観望の対象でしたが、人工衛星が2つ目撃できました。人工衛星の見え方の予測データについては、いつも観望会をお手伝いいただく、天文ボランティアのおひとりが持ってきてくださるので、とても助かっています。

  今回は、関市周辺のホテルが混んでいて、宿が確保できませんでしたので、隣の岐阜市のホテルを確保しました。関市周辺が混んでいるときには、大垣市や羽島市、美濃加茂市などのホテルを利用します。今回、岐阜市に確保したホテルは、ビジネスの目的で利用するには、少し割高でしたが、とても快適でした。朝食もおいしく、先日のクルーズ客船の朝食を思い出しました。写真は、市民天体観望会で、事前にプラネタリウムで星空解説をする直前の様子です。
ドレスコード
3月17日(木)
 先日乗船したクルーズ客船「ぱしふぃっくびーなす」では、ドレスコードが設定されていました。ドレスコードとは服装の規定のことです。乗客全員が、船内で快適な時間を過ごせるよう、「カジュアル」、「インフォーマル」、「フォーマル」の日が設定されています。

 「カジュアル」は比較的ラフな格好で、男性の場合は、襟付のシャツにスラックスなど、女性はブラウスにスカートかスラックスなどです。Tシャツやジーンズなどはご法度です。「インフォーマル」は、男性の場合、スーツやジャケットなどにネクタイを着用、女性はワンピースやブラウス、スカートなどに、アクセサリー。そして「フォーマル」は男性がタキシード、ディナージャケット、ダークスーツなどで、女性はイブニングドレス、カクテルドレス、着物などです。

 期間が10泊程度のクルーズでは、インフォーマルが1回か2回で、それ以外はカジュアルです。しかし1か月以上のクルーズの場合は「フォーマル」が2回から5回とインフォーマルが数回あるようです。私共が乗船している間には、「インフォーマル」が1回ありました。

 当日は、船長が主催するカクテルパーティーがあり、それが終わってからの夕食は、フランス料理のフルコースです。ちょうどこの日は、私共の誕生日でもあったため、食事の会場となっているメインダイニングルームでは、食事が終わる頃を見計らって、スタッフがたくさん私共のテーブルにやってきて、演奏とともに祝ってくれました。そして、誕生日のケーキまでふるまってもらいました。心あたたまるサプライズに感謝しました。

 ドレスコードが設定されているために、船旅を敬遠される方もいらっしゃるようです。私共も「フォーマル」が設定されていたとしたら、タキシードを新調しなくてはいけませんでしたので、乗船しなかったかも知れません。

 「インフォーマル」が設定さている日は、神経を使いそうだなと思いましたが、実際には、そのようなことはありませんでした。サラリーマン時代の最後の時期に作っておいた、スリーピースを持参しました。当日は、これを着てカクテルパーティーや夕食に出席しました。心配するほどのことはなく、ホテルで開かれる親睦会などのような雰囲気でした。とても楽しいひと時でした。

 ひとつ問題なのは、皆既日食ツアーは、持っていく機材の関係でトランクの重量が重くなることです。おまけにスーツまで入れるスペースも確保しなくてはいけません。乗船したら、すぐにトランクを開けて、クローゼットのハンガーにスリーピースをかけておきました。船内にはアイロンもあるようでした。

 ジムに行くときには、ジャージでした。南下するとともに、気温が上昇するために、すぐに汗をかきます。予想以上に着替えの回数が増えてしまいました。洗濯をする予定はしていませんでしたが、数日間が経過した時点で、船内のランドリーを使用することになりました。

 船内での生活に慣れてくれば、戸惑う場面も少なくなり、快適に過ごせるのではないでしょうか。「インフォーマル」の日に、和服を着てこられた男性と女性を見かけましたが、日本の伝統の着物は、このような席にはとてもふさわしいものだと思いました。派手さはありませんが、品が良く、ひときわ際立っていました。今回は、とても良い経験ができたと思っています。
講演会(青木一真教授 横浜市立横浜サイエンスフロンティア高校 3月15日)
3月17日(木)
 毎年この時期になると、横浜サイエンスフロンティア高校の天文部の生徒、OB・OGを対象に、同校の教室のひとつをお借りして、講演会を開催しています。科学技術顧問の立場で、天文部の先生と日程などを調整の上、実施しているものです。講師となっていただく方々は、全て私共の知人です。

 今回は、富山大学大学院理工学研究部の青木一真教授(地球環境科学博士)をお招きして、3月15日(火)の午後に開催しました。教授は現在、地球の大気中に浮遊する微粒子(エアロゾル)の研究を中心に活動しています。それらの観測を行い、データを解析して、地球の気候などに、これらの微粒子がどのような影響を及ぼすかを調査しています。活動の範囲は、世界中に及んでおり、忙しい中を高校まで来ていただきました。

 私共も同席して、講演を聞かせていただきましたが、直接話を聞くことにより、研究の概要が良く理解できました。また、教授が高校生の頃から、どのような道を歩んで今日に至ったのか、その経過についても触れいただいたため、生徒・OB・OGにとっては、今後の進路を決める上での、ひとつの道しるべになったのではないかと思っています。

 このような、アットホームな雰囲気の中での講演会は、講師と生徒との距離感が近く、聞いている側も質問がしやすいようで、講演後に、たくさんの質問がありました。とても良かったと思います。OB・OGも参加してくれたために、久しぶりに会う学生もいて、帰りにはJR鶴見駅近くのファミリーレストランで食事をしながら、今回の講演の話などで盛り上がりました。

 現役の生徒、OB・OGの皆さんが、これからどのように成長していくのか、私共にとっては、とても楽しみです。高校を卒業したから、それで終わりではなく、今後もできる限り、彼らを見守っていきたいと考えています。青木教授が、生徒からの質問に対して、自らの仕事は、研究だけではなく、学生を育てることも大事な取り組みだ。と言っていたのが、とても印象に残りました。まったくその通りだと思います。

 来年は、プラネタリウム業界の中から、ある解説者の方に講演をお願いすることを計画中です。
皆既日食をふりかえる
3月15日(火)
 3月11日(金)の夜遅くに帰国してから、次第に日常の生活を取り戻しつつあります。しかしながら、何も遮るもののない、あの太平洋の大海原で見た、太陽コロナやダイヤモンドリングの強烈な美しさが目の奥に焼き付いています。次の皆既日食を見るまでの間は、忘れることはないでしょう。

 昨年の12月末に、日頃から交流のある太陽観測者のメンバーが集まって忘年会を行いました。その時、メンバーの2人が、3月の皆既日食の観測に行く話をしていました。その時は、他人事のように思いながら、話を伺っていました。同じ頃、ある旅行代理店から皆既日食ツアーの案内が届いていました。興味がなかったので、封を切らないで、しばらく放置していました。

 毎日のように届く郵便物がたまってきたので、整理するため、そのツアーの案内の入った封筒の中身を確認したところ、クルーズ客船による皆既日食ツアーの案内でした。前述の観測者メンバーのひとりは、これまでそのツアーでインストラクターを務めていましたので、船上での日食観測の状況について、メールでレクチャーを受けました。

 写真が撮影できそうなことが理解できたことと、一度くらいは客船による船旅を経験しておきたいという思いが膨らんできて、参加することにしました。年度末のこの時期は、私共にとっては仕事が比較的暇になる時期でもありましたので、好都合でした。ただ、旅費が半端な値段ではありませんでした。それも二人で参加するので倍の費用を支払うことになりました。諭吉先生が大挙して出て行ってしまいました。

 3月4日(金)の夕方、横浜港大さん橋を出港しました。私共が移動式プラネタリウムの事業を立ち上げたとき、お披露目会を行った場所であり、その後も、何度かここでプラネタリウムの投影をさせていただきました。私共にとっては事業の出発点となった場所です。船内のデッキから乗客が離岸の様子を見守ります。シャンパンなどの飲み物がふるまわれました。最初から華やかな演出です。

 グアム島南東海上の皆既帯を目指して、船はひた走ります。時速は約30キロ。思った以上のスピードです。スタピライザーを装備しているため、安定していますが、それでも波の荒い場所を通過するときには、かなりの揺れとなりました。鳥島、孀婦岩(そうふがん)を越えると、あとは何もありません。ひたすら海の上です。途中、波の荒い日が続きましたので、乗客の多くが船酔いをしていたようです。私共は、酔い止めの薬を飲んでいたので大丈夫でした。

 私共のように、ふだんはじっとしていることが苦手な性格の者にとっては、船上での生活は退屈だろうと想像していましたが、そうではありませんでした。朝はデッキを10周して、日課である散歩の代わりとしました。10周で約3.5キロです。ただ、波の荒い時は、歩くのが大変でした。そのあとラジオ体操。朝食と続きます。午前中は、日食の講演会や、船内見学、お昼を挟んで、午後からはジムで汗を流しました。夕食前にホールで演奏会などを楽しみ、そのまま夕食となります。夜は、再びデッキに出て、星空を楽しみました。りゅうこつ座の1等星カノープスや南十字を久しぶりに見ました。予想していた以上に、ゆっくりする時間がありませんでした。大忙しです。
 
 皆既日食当日は、朝からひつじ雲の多い天気でしたが、上空は青空でした。12階のサンデッキは海から吹きつける風が強く、機材が吹き飛ばされないように注意しながら準備を開始しました。やがて、部分食が始まります。ときおり太陽の前を通過する雲を心配しながらも、太陽は次第に欠けていきます。気温も下がり始めました。この頃、船は追い風で走行していたため、風の影響は最小限に抑えられました。船の速度は時速約15キロ、波の高さは約2.5メートルです。船が揺れることを配慮して、望遠鏡の焦点距離は500ミリと、少し短めの設定としました。それでも、太陽が視野から外れることがしばしばでした。雲を避けるために、船は右に左にと進路を変えました。そのたびに、太陽を視野に導入しなおします。部分食の撮影時刻が少し不規則になってしまったのは、このためです。

 太陽がかなり欠けて、あたりが少し薄暗くなってきた頃、少し大きめの雲が太陽を遮りました。通過するのに少し時間がかかりそうでした。皆既の始まりのわずかに数分前です。「第2接触(皆既食の始め)のダイヤモンドリングに間に合わないかも知れない・・・」とあきらめたその時、船が大きく進路を変更しました。あっという間の出来事でしたが、その間に、弓なりに細くなった太陽が再び姿を現しました。空には大きな晴天域が広がっていました。もう雲の心配はいりませんでした。
 
 船が進路を変更したことで、太陽が再び望遠鏡の視野から外れてしまいました。しかし、あたりはかなり暗くなっていて、第2接触が始まりそうでした。ダイヤモンドリングの撮影をあきらめて、肉眼で見ることにしました。・・・ダイヤモンドリングです。肉眼で見ました。わずかに青みがかっているように思えた、太陽の光が消えかかる頃には、内部コロナが見えていました。コロナをまとった真っ黒い太陽の右下には、水星と金星が・・・。この世のものとは思えないような神秘的で美しい光景に圧倒されました。
 
 再び落ち着きを取り戻して、太陽を視野に入れ、カメラの多段階露光を開始しました。しかし、思った以上に皆既の継続時間が短そうでした。外部コロナの撮影をあきらめて、もう一台の超広角レンズを付けたカメラで、水平線から太陽までを狙い撮影を開始しました。6枚ほど撮影して、水平線を見ると、ほんのりと赤みがさしていました。「・・・いつもの皆既日食ほど、水平線が赤く染まらないのはなぜだろう・・・」と一瞬思いましたが、考えている余裕はありませんでした。皆既の終わりが近づいていたからです。

 ほどなくして、太陽の右上から光がさしたかと思うと、みるみるうちに、まわりが明るさを取り戻し始めます。急いでシャッターを切りました。再び、太陽が弓なりに細くなった姿で地上に光を降り注ぎます。あっという間に皆既食が終わってしまいました。「4分間は、もっと長いはずだが、もしかしたら3分程度の皆既の継続時間だったかも知れないな・・・」と考えました。

 ドキドキハラハラしましたが、クリアーな空の中で、しかも太陽高度が74度もある、好条件の中で皆既日食を見ることができて良かったと思いました。安堵の気持ちでいっぱいでした。多くの観測者たちが機材の撤収の準備を始めていましたが、日食はまだ終わっていません。太陽が再び元の姿に戻るまで、撮影を続けました。

 撮影を続けながら、いろいろなことを考えていました。はたして、この皆既日食クルーズに参加した意義とは、なんだったのだろうか・・・。古代エジプトの人々は、この壮大な現象を見て、どのように感じたのだろうか・・・。天岩戸の神話は、この皆既日食のことなのだろうか・・・。太陽と月が重なるこの現象は、本当に偶然なのか、あるいは必然なのか・・・。電卓もない時代に、昔の研究者たちは、数100本もの公式を解いてはじめて1セットの答えが出てくる日食計算論を、良く確立させたものだな・・・。などなど。落ち着いている思っていましたが、実は頭が混乱していたのかも知れません。

 さて、船旅を終えてみて思うことは、船のスタッフの皆さんの極上のもてなしが徹底していたことです。とてもきめ細やかで感心しました。スタッフは約200名くらい乗船しているそうです。その中の半分は外国人でしたが、教育がとても行き届いているようでした。毎日ふるまわれる3度の食事、夜食、飲み物など、どれも最高クラスといってよいでしょう。そのくらい素材と調理にこだわったものでした。ただ、このような贅沢は、私共にとっては、分不相応でした。1週間も続くと「・・・これで良いのだろうか・・・」と、罪悪感すら感じてしまいました。しかし、このような場面に出ても、恥ずかしくないだけのマナーは身につけておきたいと思います。これからも、ふだんは質素な生活を心がけたいと考えています。

 帰国した3月11日は、東日本大震災の日でした。思えば、その2年前から、私共では悲しい出来事が続いてしまいました。この7年の間に、心の傷が癒えたわけではありませんが、皆既日食を見に行くだけの心のゆとりができたことは確かです。次の皆既日食は、来年の8月に北米を横断するものです。アメリカ合衆国などでは、大きな話題になることでしょう。行けるかどうかは、現時点で不透明ですが、それを目標に、ふだんの仕事に精を出していきたいと思っています。

 長い文章を最後まで読んでいただきまして、ありがとうございました。
3月9日の皆既日食レポート
3月14日(月)
 今日の横浜は、朝から雨が降っています。夕方になってもやみません。日課である散歩にも出かけず、1日中、日食の写真の画像処理と、ホームページにアップするための作業を行っていました。おかげで作業がだいぶ進み、夕方には日食のページにレポートをアップすることができました。まだ、不完全なところや、誤字などがあるかも知れませんが、ぜひご覧ください。こちらからです。

 明日から、仕事が立て込んでくるので、その前に形ができて一安心です。情報を整理しながら、先日見た、皆既日食の素晴らしさを思い出していました。私たちが目にする光景の中で最も荘厳で美しいのが、この皆既日食ではないでしょうか。これ以上の光景を見たことがありません。そのくらい素晴らしいものです。機会がありましたら、ぜひご覧になることをお勧めします。

アストロアーツさんのホームページにも、レポートを掲載していただきました。こちらも併せてご覧ください。
皆既日食観測ツアー(クルーズ客船ぱしふぃっくびーなす グアム島南東約500キロの海上 3月4日から11日)
3月12日(土)
 
この「プラネタリウム雑記」の更新がしばらくできませんでした。3月4日(金)から11日(金)までの8日間、クルーズ客船「ぱしふぃっくびーなす」に乗船し、グァム島の南東約500キロの海上で3月9日(水)に見られた皆既日食の撮影を行ってきました。インターネットの接続ができない環境でしたので、パソコンは持っていきませんでした。

 この皆既日食はインド洋に始まり、スマトラ島、カリマンタン島、スラウェシ島などを通過し、グアム島沖の海上を抜けていくものです。

 前述のインドネシアの島々は、天気のリスクが大きいように思えたため、そのリスクの少ない船上から観測することにしました。

 今回の日食の撮影を、以前から計画していたわけではありません。旅行代理店からツアーの案内が来たのが12月頃だったように記憶しています。それ以前は、この日食に行くことは考えていませんでした。

 船旅を以前から一度経験しておきたいと思っていたことと、正午視中心食(太陽が南中している状態で、皆既日食になる地点です。皆既日食の中では、最も条件の良いポイントです)の近くまで行くことができて、太陽高度は70度以上、皆既の継続時間が4分を越えるという、好条件であったため、参加を決めました。私共をいつもサポートしてくれるパートナーも一緒です。

 日食の詳しいレポートは、近日中にまとめて、私共のホームページの「日食」のページに掲載する予定です。太陽コロナの写真と皆既中の空の写真のみ、ここでは掲載しておきます。

写真のデータ(写真上)
太陽コロナ 2016年3月9日 10h58m06s JST BORG100ED F6.4 ×0.8レデューサー f=512mm EOS5D MarkU 1/60sec ISO100

写真のデータ(写真左)
皆既中の空 2016年3月9日 10h58m14s JST
EOS1Ds MarkV EF16-35 F2.8LUUSM
16mm F5.6 1/10sec ISO400

  過去のプラネタリウム雑記
   平成28年(2016年)1月から2月
   平成27年(2015年)10月から12月
   平成27年(2015年)9月から10月
   平成27年(2015年)7月から8月
   平成27年(2015年)5月から6月
   平成27年(2015年)3月から4月
   平成27年(2015年)1月から2月
   平成26年(2014年)11月から平成26年12月
   平成26年(2014)年9月から平成26年11月
   平成26年(2014)年7月から平成26年9月
   平成26年(2014)年5月から平成26年6月
   平成26年(2014)年3月から平成26年4月
   平成26年(2014)年1月から平成26年2月
   平成25年(2013)年11月から平成25年12月
   平成25年(2013)年9月から平成25年10月
   平成25年(2013)年6月から平成25年8月
   平成25年(2013)年4月から平成25年6月
   平成25年(2013)年2月から平成25年4月
   平成25年(2013)年1月から平成25年1月
   平成24年(2012)年10月から平成24年12月
   平成24年(2012)年9月から平成24年10月
   平成24年(2012)年7月から平成24年9月
   平成24年(2012)年6月から平成24年6月
   平成24年(2012)年4月から平成24年5月
   平成24年(2012)年1月から平成24年3月
   平成23年(2011)年11月から平成23年12月
   平成23年(2011)年8月から平成23年10月
   平成23年(2011)年7月から平成23年8月
   平成23年(2011)年5月から平成23年6月
   平成23年(2011)年2月から平成23年4月
   平成22年(2010)年12月から平成23年2月
   平成22年(2010)年8月から12月
   平成22(2010)年6月から8月
   平成22(2010)年1月から5月
   平成21(2009)年11月から平成22年1月
   平成21(2009)年8月から11月
   平成21(2009)年7月から8月
   平成21(2009)年4月から6月
   平成21(2009)年1月から3月
   平成20(2008)年10月から12月
   平成20(2008)年6月から9月