投影日誌

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訃報(箕輪敏行氏)
3月1日(土)
以下は、川崎天文同好会のホームページからの引用です。

川崎天文同好会創設者の箕輪敏行氏(96歳)におかれましては、かねて病気療養中のところ、さる1月18日薬石効なく永眠されましたので、ここに謹んでお知らせ申し上げます。本会を立ち上げ、またその活動の基礎を作られ、その後の60年にわたるご活動を顧みるに、感慨語り尽くせないものがあります。
また、箕輪先生アマチュア天文界の牽引役として、数多くの天文家を育てて来られました。
ここに永きにわたる、箕輪先生のご指導を感謝いたしますとともに、心よりご冥福をお祈り申し上げます。

 日食観測ツアーの打ち合わせの席上などで、よく顔を合せました。1986年にハレー彗星が回帰したときに、その頃、私共が勤務していた科学館で観望会ができないものかどうか、相談にうかがったこともありました。お忙しい中を、いつも気さくに相談に応じてくださいました。川崎天文同好会の主要メンバーをつれて、私共が勤務していた科学館のプラネタリウムを見学に来てくれたこともありました。川崎天文同好会には、昔からの知人も何人かいて、箕輪先生を中心に何かとお世話になりました。
 先日、大船で太陽観測に関して打ち合わせをしたときに知り、驚きました。天文界の重鎮がまた一人逝ってしまいました。とても残念です。謹んで哀悼の意を表します。

 花粉症が始まってしまいました。くしゃみと鼻水の連続で、集中力がほとんどありません。桜の咲く時期までの約1ヵ月間、つらい日々が続きます。
打ち合わせ(2月24日から26日)
2月27日(木)
 2月24日(月)から26日(水)まで、連続3日間、それぞれ別の場所で打ち合わせなどが入っていたため、連日のように電車に乗り、横浜市内や銀座まで出向きました。ラッシュの時間帯ではないので、比較的楽ですが、それでも、最近は電車に乗る機会がめっきり減ったため、少し疲れました。
 1日目は久しぶりに、以前に勤務していた職場のスタッフと会いしました。外見上はまったく変わりありませんでしたが、会わない間にも、いろいろとあったようでした。それはこちらも同じです。しかし、その方のお話をうかがっていると、一瞬先は本当に何が起こるか、全く分からないものだなと、つくづく思いました。横浜中華街で食事をしながら話をしました。
 2日目は銀座です。午後からの打ち合わせでしたので、午前中に太陽を見て撮影を終えてから、あわただしく出発しました。ただ、残念だったことがあります。この日の午前9時30分頃、太陽の東側のリムで、X4.9の大規模フレアが発生しました。ちょうどHα太陽像の撮影を終えて、白色太陽像の撮影のために、望遠鏡を乗せ換えていた時間帯でした。もう少し遅めに観測していれば、Hα太陽望遠鏡でこのフレアをとらえることができたかもしれません。この大規模フレアは2012年3月7日以来、約2年ぶりだそうです。SDO衛星の画像などを見ても、すごい現象だったようです。
 銀座での打ち合わせは、今後、お互いのビジネスパートナーとしてどのような取り組みができるかという、すり合わせでした。これまでに、一度一緒に仕事をさせていただいており、私共の仕事ぶりを評価していただけたようでしたので、ありがたく思った次第です。その会社を訪れるのに、先日購入したばかりのタブレットの、マップ機能が早速役に立ちました。大した威力だと思いましたが、使いやすさの点からみると、メニュー画面等の使い勝手がいまひとつのように思いました。
 3日目の打ち合わせは、桜木町駅から少し離れたところにある、野毛山動物園の近くのレストランでした。私共にとっては異業種の方々との打ち合わせになりますが、共通点が多く、とても刺激されると同時に、お話を伺いとても参考になりました。それぞれがイベント関連での仕事が多いため、共通する話題も多く、若い頃の経験談などをうかがうと、皆同じような苦労をくぐりぬけてきて、現在があることがよくわかります。
 鎌倉野菜をふんだんに使った美味しいサラダをいただきながらの打ち合わせは、時間がたつのを忘れてしまうくらい楽しいものでした。サラリーマン時代の最後に、担当していた施設の近くであったため、帰りがけに、久しぶりに顔を出し、差し入れをして帰ってきました。その施設からの帰り道、あれだけ通い詰めた施設であったのに、その頃通った駅までの道がわからなくなってしまいました。7年ほど前のことですが、記憶が飛んでしまっているようです。ここでもタブレットのマップ機能が役に立ちましたが、このようなことが、しばしば起こるようだと、気をつけないといけませんね。少しばかりショックでした。
タブレット(2月20日)
2月23日(日)
 ここで言うタブレットとは、パソコンの入力用のポインティングデバイスではなく、スマートフォンの延長線上にラインナップされているタブレットです。大船で打ち合わせが終わってから、家電量販店で購入しました。
 現在、連絡用に使用している携帯電話は、通称ガラケーと呼ばれるものです。なぜガラケーと呼ばれるのか、以前から気になっていたので調べてみましたら「ガラパゴス携帯」の略称だそうですね。すなわち、スマートフォンが登場する前の、一般的な携帯電話の総称のようです。日本で独自の進化を遂げた携帯電話は、世界的にみると必要ない機能が多く、孤立化してしまったための呼び方でしょう。
 デジタルムーバが初めて登場したときから携帯電話を使用してきましたが、機種の変化の速さには、ついていけません。現在の携帯電話は、私共にとっては3台目ですが、気がつかないうちに、電源が落ちていることがあり、困ります。それを除けば、不自由はありません。しかしながら、現在の携帯電話の普及の状況をみると、スマートフォンに主流が移っているようですね。今まで、あまり興味がありませんでしたが、つい最近、その必要性を感じるようになりました。
 きっかけは、先日の大雪です。その間、竜ヶ崎市でイベントを行いました。横浜からは日帰り圏内ですので、車での行き来を予定していましたが、さすがに現地に宿泊せざるを得ない状況でした。それでも4日間のイベントの途中と、最後の日に横浜に戻ることになっていました。現地に宿泊すべきか、また、どのルートで戻ればよいか、高速道路の入り口が閉鎖されていたり、一部の区間が通行止めになっていたりで、混乱しました。このときに威力を発揮したのが、パートナーが使用していたスマートフォンの情報でした。おかげで、適切な判断ができたと思います。
 そろそろスマートフォンをと考えていましたので、導入には、ちょうどよい機会かと思いました。しかしながら、通話料金の高さや、通話品質など、調べていくうちに、スマートフォンは、私共の使用目的にそぐわないと判断しました。そこで、通話はこれまでの携帯電話を使用し、その他の情報は、タブレットを利用することとして、購入することにしました。いわゆる、携帯2台持ちです。これにより、タブレットの通信料を安くできました。
 契約の恐ろしく複雑なことには、閉口しました。理解するのに相当な時間がかかりました。また、必要ないものも契約の項目に入っており、無料のお試し期間を経て、不要であれば、その期間内に解約というシステムも納得しがたいものでした。そのほうが、契約時の代金が安くなるからだそうです・・・。ユーザーの利便性を全く考えていないように思います。
 購入してから数日間ほどいじりまわして、ほぼ使用できるようになりましたが、それでも地図のアプリケーションが途中でハングアップしたりしています。パソコンと異なり、ハングアップすると、手の出しようがありませんね。いろいろといじって元の状態に戻しました。所詮はOSが軽めのパソコンということでしょうか。持っていれば、便利ではあるので、これから、いろいろな形で利用していきたいと思いますが、仕事で出張や外出をしない限りは、パソコンで用が足りてしまうことも事実です。これでよかったのでしょうか・・・。脳の老化の防止には役立つようですが、外出時のバックがさらに重たくなりました。携帯電話、コンパクトデジタルカメラ2台、関数電卓、タブレットなど電子機器満載のバックです。
 電子デバイスの購入というのは、大体こんなものですね・・・。世の中に完璧なものなどないと思いますが、パソコンなどの電子機器の中身は、矛盾がいっぱいです。ストレスの要因を一つ増やしてしまったかもしれません。
打ち合わせ(大船 2月20日)
2月23日(日)
 大船で2月20日(木)に打ち合わせを行いました。昔からお付き合いのある太陽観測者2名と私共の合計3名です。観測に関する情報交換と、今後、共同で行う取り組みなどに関しての打ち合わせです。3人ともリタイア組ですが、私共はリタイアした後に、今の事業を立ち上げましたので、そのような意味ではまだ現役です。
 皆、それぞれの立場で、毎日太陽と向き合っています。観測環境が異なるので、それぞれの観測方法は、話を聞いているととても興味深いものでした。それぞれが、それぞれの環境の中で工夫をしながら観測を行っています。
 3人とも、昔から日食観測にも取り組んできました。私共は計算が中心ですが、お二人は海外での日食観測の経験が豊富で、ベテラン中のベテランです。その方面に興味のある方でしたら、名前をあげれば、どなたでもご存知でしょう。2時間程度の打ち合わせでしたが、とても楽しい時間を過ごすことができました。今後の取り組みに向けて、折に触れてお会いすることになりそうです。
 おひとりは、私共よりも年上です。その方のリタイア後の生き方は、私共の今後の道しるべとなっています。また、もうおひとりは、私共と同年代であり、お会いすれば、今のお互いの状況などを情報交換することができて、とても参考になっています。
ブラックホールのCG
2月16日(日)
 このところ時間があるときに取り組んでいた、ブラックホールに関するCG動画がやっと完成しました。2態のブラックホールを、それぞれ異なるアブローチで制作しました。使用したソフトウエアはLightWave Ver 11.6です。
 フルハイビジョンフォーマットの動画にしましたが、完成したものを見るとまだまだです。ただ、せっかく作ったものなので、静止画にもしました。静止画のほうは、Photoshop CS6で、少し手を加えました。静止画は6000ピクセル以上あります。A3判の出力でも十分に対応できます。リサイズしたものをCGギャラリーにアップしましたので、興味のある方は、こちらをご覧ください。ギャラリーには、最近は、太陽面の画像以外はほとんどアップしていませんが、CG制作をしていないわけではなく、アップしていないだけです。アップしないと、そのうちに忘れてしまうので、完成したら、その都度アップしておいたほうが良いようですね。自らがCGを整理するときにも役に立ちます。
 次のステップとして本来であれば、プラネタリウムのスクリーンでも投影できるように、ドームマスターフォーマットにすべきですが、こちらはしばらく様子を見ることにして、次の作品に取り掛かる予定です。
雪かき
2月15日(土)
 写真は、ベランダに降り積もった雪の様子です。ベランダに吹き込んできた雪だけでも、これだけの積雪でした。昨夜見たときには、望遠鏡のピラーの部分は雪に埋もれていました。ピラーと架台部は、常時ベランダに置きっぱなしです。降り続いた雪は今朝未明に雨に変わったらしく、その雨は午前中まで降っていました。
 正午前から晴れてきたので、スコップを取り出し、マンションの敷地内の雪かきを始めました。水分を含んだ雪は重く、また積雪の量が多かったため大変でした。体力をだいぶ消費したので、日課である朝夕の散歩は中止です。かなり疲れたので、午後からは昼寝をしました。
 良くも悪くも雪の影響で、この2日間は、本当にのんびりできました。起業してから7年目に入りますが、これだけのんびりできたのは久しぶりです。思えばこれまで、ほとんど休みを取らずにきてしまいましたので、とても良い休日となりました。
 車のほうは、先週のうちに雪道をだいぶ走行したので、週明けにオイル交換やワイパーのゴムの交換、そしてウインド・ウォッシャー液の補充などを行いました。雪道の走行、特に高速道路上では、ワイパーとウォッシャー液は、頻繁に使用します。雪のかたまりや汚れがフロントガラスにこびりつくためです。ワイパーのゴムが劣化していたり、ウィンドウォッシャー液がなくなってしまうと、命取りになります。車のほうは、これで次の雪が降っても心配ないでしょう。最近、ほとんど太陽の観測を行っていません。
延期
2月14日(金)
 今日の横浜は、朝から雪です。午後に入るにつれて、だんだん降り方が激しくなってきたようです。朝のうちに散歩をしてきました。その時は大した降りではありませんでしたが、今は、車道の路面も白くなってきました。
 雪の予報が出ていたため、昨日のうちにはやばやと、今日も含めて週末のイベントが延期になりました。中止ではなく、延期ということなので助かります。おかげで今日は、のんびりと過ごしています。途中まで作りかけておいたブラックホールのCG動画のテストをしつつ、細かい部分の質感を追いこんでいるところです。すでにパーティクルのみで作ったブラックホールは、ほぼ完成しています。なかなか迫力があって良い感じですが、一か所だけ気に入らない部分があるので、これから修正を加えます。
 いま取り組んでいるのは、パーティクルを使用しないで作るブラックホールです。レンダリングの時間が、こちらのほうが早いためですが、パーティクルを使用したほうが、それらしくできるため、それに近づくよう試行錯誤しています。明日も作業が続くでしょう。まずはフルハイビジョンフォーマットの動画にします。
 午前中の散歩のときに、久しぶりにカフェに立ち寄りました。雪を見ながらのんびりとコーヒーを飲んでいると、BGMで聞き覚えのある洋楽が流れてきました。ポール・サイモンの「僕のコダクローム」という曲です。ポール・サイモンが、サイモンとガーファンクル解散後の1973年に発表したシングルであり、同年のソロアルバム「ひとりごと」にも収録されています。当時、直輸入版のソロアルバムを入手して、毎日聞いていました。曲のタイトルは、カラーリバーサル・フィルムであるコダクロームですが、歌詞の中にはニコン・カメラも登場します。日本製品が歌詞の中に組み込まれることは、当時としては大変珍しいことでした。それもスーパースターの曲の中です。
 なぜ今、この曲がカフェの店内のBGMに流れているのか、不思議に思いましたが、20代の当時を懐かしく思い出しながら聞いていました。このアルバムの中には、南米のロスインカスと共演の「ダンカン」という曲が入っています。「コンドルは飛んでいく」を彷彿とさせるライブバージョンです。「ジーザス・イズ・アンサー」というゴスペル風の曲も入っており、女性シンガーと男性シンガーが共に歌いあげる圧巻の曲でした。レコード盤なので、自宅をリフォームするときに、ビートルズの大量のアルバムとともに、音響装置も含めて処分してしまいました。
移動式プラネタリウム(ショッピングセンターサプラ 茨城県竜ケ崎市 2月8日から11日)
2月11日(火)
 雪に翻弄された4日間でした。2月8日(土)から11日(火)までの4日間、竜ヶ崎市にあるショッピングセンターサプラで、移動式プラネタリウムの投影を行いました。ショッピングセンターサプラは1999年にオープンした大型の商業施設です。核となるテナントはイトーヨーカドーであり、同施設は今年で15周年です。
 竜ケ崎ニュータウンの中にあり、高速道路を使用すれば、イベントに対応したとしても、横浜からは日帰り圏内です。2月8日は、開店前にハードウエアの設営を済ませるため、横浜をかなり早めに出発しました。早く出たもう一つの理由は、早朝から雪の予報が出ていたためです。出発して間もなく、小雪混じりの雪となりました。しかし、本降りになる前には施設のほうに到着してしまいました。
 大雪の予報が出ていたため、到着した時点で日帰りするのをやめて、佐貫駅近くのホテルに予約の電話を入れ、宿を確保しました。これは正解でした。徐々にひどくなる雪のため、店内は客足もまばらでした。前日は大変な混雑だったようでした。大雪の予報が出ていたため、買いだめするお客様が多かったようでした。8日は、それでも5回ほど投影をして、毎回定員の半分ほどの入りでした。この天気では仕方がないだろうと思っていましたが、お店の方では、この状況でこんなに入ったのですか・・・!と驚かれていた様子でした。
 施設からホテルまでは3キロ弱です。私共の車は、冬の新潟県や青森県でも投影をさせていただくことがあるため、12月上旬にはスタッドレスタイヤに履き替えていますので、問題ありませんが、その距離の中でも、車が立ち往生していたり、ホテルの駐車場に駐車してある車もノーマルタイヤの方が多かったようでした。
 2日目の投影終了後に、横浜に戻りました。戻らなくてはいけない理由があったからです。しかし、高速道路は入口閉鎖のインターチェンジや通行止の区間が多く、しかたなく国道6号を走り、スカイツリーのわきを通り、浅草の雷門の近くを通過して、上野の手前の本町インターチェンジから高速に入りました。桜木町まで来ると、強制的に一般道に下ろされ、そこから自宅まで走りました。たかだか130キロの道のりを4時間もかかってしまいました。
 3日目の10日(月)も、早朝に横浜を出ました。平日であり車が多く、高速道路がまだ通行止になっている可能性があったためです。予想は的中しました。磯子ランプから高速に入ろうとしましたが、閉鎖されていました。急いでルートを変更し、横浜公園から高速に入ります。ここまででもかなりの時間のロスでした。常磐道に入ると、圏央道が通行止になっているため、谷田部インターチェンジで強制的に下されます。料金所から一般道は大渋滞でした。これでは、いつになったら到着できるかわからないので、逆方向に向かうコースを選び、わき道にそれながら、施設を目指しました。約束した時間ぎりぎりの到着でした。所要時間は、またしても4時間でした。
 その日(10日)の夕方になっても、高速道路は、通行止や入り口閉鎖の状況が続いたため、一般道のほうが激しい渋滞のようでした。横浜に戻るのはあきらめ、再びホテルを確保しました。
 4日目になって、やっとお客さまも戻ってくるだろうと思いましたが、考えが甘かったようでした。確かに、それまでよりはお客様の数が増えたようでした。しかし、施設の駐車場のいくつかが雪で使用できないため、本来のお客様の数ではなかったようでした。結局4日間で20回ほど投影をさせていただいて、満席になったのは、わずかに1回のみでした。最終日は、何回か満席に近い状況にはなりましたが、私共では、完全に満席にならない限り、満席というとらえ方はしません。
 冬の星座を中心に、オリオン座の神話を交えて解説しました。イベントをコーディネートしてくださったイベント制作会社の関係者も、雪に翻弄されていたようです。大変な4日間でしたが、何事もなく、無事にイベントが終了して良かったと思います。できれば、また同じ施設でリベンジさせていただければと思っています。はなはだ不本意な成績でしたが、雪に弱い首都圏においてのイベントでは、仕方がないでしょう。
リハーサル(横浜サイエンスフロンティア高等学校 2月3日)
2月5日(水)
 私共の元の職場である、はまぎんこども宇宙科学館(私共が勤務していた頃は横浜こども科学館)で、3月15日(土)に「青春☆プラネタリウム」というイベントがあります。神奈川県内の高校の天文部、地球科学部等の天文活動を行っている生徒たちが、自分たちでシナリオを作り、投影機を操作しながら解説を行うというものです。一般の観覧者の皆さまにその投影をご覧いただくものです。
 横浜市立桜丘高校天文部、横浜市立みなと総合高校地球科学部などが参加しますが、その中に横浜サイエンスフロンティア高校天文部も入っています。本番に向けて、科学館において、リハーサルが行われます。その科学館でのリハーサルの直前に、学校で行われるリハーサルを見てほしいという依頼があり、2月3日(月)に、学校に出向きました。
 生徒が書いたシナリオをもとに、数人で解説を行うスタイルです。1年生が中心です。「宇宙(ソラ)からのお便り」というタイトルのストーリ形式になっています。とてもユニークなシナリオでした。数名の解説は、声の通りもよく、話のスピード、間の取り方なども、高校生レベルで合格点でした。しかし、構成全体に少し問題を感じたため、その部分を指摘しました。シナリオの良さを損なわずに、それをクリアーするには、どうすればよいか、1年生の部員と私共で、リハーサルの後、フリートーキングです。
 今後どのように修正するかは、彼らに任せました。私共が細かく指示を出すのは簡単ですが、彼らの自主性を尊重したためです。観客の皆さまの前で投影を披露するのは、サイエンスフロンティア高校で重視している、プレゼンテーションのスキルアップの、またとない機会になるのではないでしょうか。当日応援に行きたいのは山々ですが、指定管理制度の2期目の今、科学館の運営母体は、私共が退職前まで属していた組織とは異なります。知っているスタッフの方もほとんどいません。敷居が高く感じられるので、遠くから応援することにしています。結果を楽しみにしています。
閉院
2月2日(日)
 すでに30年近くお世話になっている、地元のかかりつけの病院の前を、散歩がてら通りました。以前から休院していたので気になっていました。体調がすぐれなかったようです。時々、病院の前を通ると、休院の貼り紙がしてありました。しかし今日見ると、閉院の貼り紙でした。残念です。
 毎年花粉症の時期になるとお世話になります。花粉が体に入り、敏感になるせいか、毎年この時期に風邪をひいてしまいます。仕事柄、寝込むことは許されないので、少しでも微熱があると、すぐに飛んで行きました。私共の体調は、先生が良くご存じでした。
 先生は、年齢的にはすでに70歳を超えているのだろうと思っていました。それでも地域の方々のために、毎日出勤して医療活動を行う、その姿勢をとても尊敬していました。
 その後の消息は聞いていませんが、閉院したということは、症状が改善しないか、あるいは、改善したとしても、もう医療活動ができなくなったのかのどちらかでしょう。病院のホームページは、まだネット上に残っていますが、閉院の情報がありませんでした。おそらくホームページのメンテナンスをされる方もいないのでしょう。お医者さんを志して、ここまで地域の方々のために医療活動を続けてこられた先生に、深く敬意を表します。大変お世話になりました。
 一方、私共はプラネタリウムの世界で40年以上仕事をしてきましたが、いまだに試行錯誤が続き、何のためにこの仕事を続けているのだろうかと、自問自答することがしばしばです。もう、終わりにしてもよいのではないのだろうかとも・・・。しかし、先生の生きざまを見ていると、自分はまだまだ甘いなと思っています。ここ数年、母を含めて身内の2名ほどが、向こうの世界に行ってしまいました。生きるということは、どういうことなのか、そして自らは、今何をすべきなのか、考えることがだんだん、哲学的になりつつあるように思います。
 花粉症の時期がもうすぐやってきます。これから先、どこの病院に行けばよいのでしょうか・・・。
ブラックホールのCG
1月30日(木)
 ここ2週間ほど、さまざまな仕事をこなしながら、時間を見つけては、ブラックホールのCG制作に取り組んできました。このCGは、以前から取り組んでいるプラネタリウム番組の単独制作の素材であり、同時に、関市まなびセンターでの投影などに使用するものです。LightWave11.6の最新バージョンで作成しています。
 このようなエッジのはっきりしないものを作るケースにおいて、LightWaveは、それほど得意ではありません。もちろん、グラデーションをつけるのは、さほど困難ではないのですが、作成したオブジェクトを、パーティクルで表現するオブジェクトと合成する場合に問題が生じます。せっかくエッジの部分を滑らかに透明にしていっても、合成時に、透明のグラデーションを付けたエッジが、黒い色で浮き上がってしまうためです。
 以前からこの問題に悩まされていますが、いまだに解決策が見つかっていません。
 このような現象になるのはソフトの仕様らしく、バージョンが上がっても同じ傾向です。今回もこの問題に直面しました。回避するために、さまざまな方法を試行錯誤しました。そしてたどりついたのは、パーティクルのみで、すべてを表現することです。以前にも同じ方法でクリアーしたことがあります。しかしこの方法でも制約があり、完璧とはいえません。3D系のソフトウエアは、どこかに問題を抱えたまま、それを回避できるように考えながら、制作をしていかないと、どうもうまくいかないようです。
 今回のものは、試行錯誤した結果、当初に頭の中でイメージしたとおりに、ほぼ完成しました。伴星からブラックホールに流れ込む、ガスのストリーム、降着円盤、そしてブラックホールの中心から、降着円盤に垂直方向に噴き出すジェットなど。ほぼイメージ通りの形状です。また動画にした時の振る舞いも、イメージに近いものとなりました。
 今後は、これをプラネタリウムのドーム全体に投影できるように、ドーム・マスターというフォーマットに仕上げます。単独制作の番組で使用する素材がほぼ出そろいましたが、以前作っておいたものを今見ると、気に入らない部分があるので、これから時間をかけて修正作業を行う予定でいます。番組が完成するのは、まだまだ先になりそうです。
スパムおにぎり
1月27日(月)
 関市まなびセンターから、距離にして約2キロほど行ったところに、関東地方では見かけないコンビニがあります。名前は忘れました。まなびセンターで投影をするときには、必ずこのコンビニを利用します。設営時の昼食をここで調達するためです。
 スパムおにぎりです。なぜここでスパムおにぎりが販売されているのかは、よくわかりません。店内でお弁当を製造しており、最近では、口コミで広がったのか、食事の時間帯は、いつも車でいっぱいです。手作り感あふれるお弁当が人気なのでしょうね。スパムおにぎりは、スパムと卵が、ご飯でサンドイッチされ、それが海苔で巻かれています。それが3個と鳥の唐揚、ウインナ、半分にカットされたコロッケが入っています。値段は確か360円だったと思います。お昼はいつもこれです。ご飯は業務用のお米が使われているようで、ブランド米ほどのおいしさではありませんが、全体としてはとてもおいしいものです。作っていない時もあり、少しがっかりします。
このお弁当をお昼に食べると、関市に来たなという実感がわいてきます。関市まなびセンターでの、2月の投影はありません。次は3月です。
犬山城(愛知県犬山市 1月24日)
1月27日(月)
 何度もしつこいようですが、私共はお城マニアではありません。しかしながら、行った先々の近隣にお城がある場合は、時間が許す限り見に行くようにしています。犬山市は、関市のすぐ近くです。お城は各務原市をはさんで、木曽川に面した小高い山の上に建っています。関市からは、距離にして約20キロ、40分ほど車を走らせれば到着します。1月24日(金)に、関市まなびセンターで、投影機などのハードウエアをセッティングして、午後からお城に向かいました。
 織田信長の叔父である織田信康によって、室町時代の1537年に築城されました。天守は、日本最古の様式とされています。その後、城主はめまぐるしく入れ替わります。明治24年の濃尾震災以降、成瀬氏が天守の所有者となり、平成16年まで、個人所有のお城として知られてきました。
 今から40年以上前、私共は、東京神田の薬問屋でアルバイトをしていたことがありました。その問屋さんの社員旅行に参加して、この地を訪れたことがあります。明治村を見学したのち、日本ライン下りを体験しました(現在は休止中です)。明治村の昼食で、赤だし味噌汁を初めて知りました。日本ライン下りは、美濃太田から犬山橋下までの流れの中を下ります。木曽川の雄大な美しさが、ドイツのライン川にたとえられ、岸辺には多くの奇岩、怪岩が存在します。その終点の犬山橋の南西方向に、犬山城を望むことができます。そのときは、川面からしか見ることができませんでしたので、いつか訪れてみたいと思っていた場所の一つでした。
 お城の入り口を中に入ったところから、とても急な階段を上っていきます。展示物を見ながら天守に上ると、遠くには雪をいただいた御岳山、岐阜城のある金華山、伊吹山などを望むことができます。その景色は、岐阜城に負けず劣らず圧巻でした。しかし、このお城が一番美しく見える場所は、おそらく対岸からでしょうか。40年前を思い出しながら、お城の中を見学しました。
 お城の中には、全国のお城の写真が、展示してあります。いつくかのお城で同じような写真を見ました。これまでに、かなりのお城を見たと思っていましが、まだまだでした。こうなったら、日本全国のお城を全部見てやる・・・。次の目標は大垣城。
仮設プラネタリウム(関市まなびセンター 岐阜県関市 1月25日から26日)
1月27日(月)
 関市まなびセンターの12メートルドームに、メガスターゼロ投影機を仮設して、1月25日(土)と26日(日)の2日間、投影を行いました。今年に入ってから、まなびセンターでの最初の投影です。
 驚きました。2日間ともたくさんの観客の皆さまで賑わいました。。その2日間の観客動員数は、首都圏近郊の大規模プラネタリウム館にも匹敵する人数でした。25日(土)夜の市民天体観望会は、天気が下り坂でした。天気予報から判断しても、星が見える状況ではありませんでした。にもかかわらず、いつもの観望会の1.5倍くらいの参加者の皆さまでした。
 施設スタッフの皆さまの、工夫を凝らしたPRが功を奏したものだと思われます。毎回、これだけたくさんのお客様に投影をご覧いただければ、施設も大いに活気づきます。全てが良い方向に動き出すのではないでしょうか。ただ、一過性の可能性もありますので、今後のさらなる努力が必要かと思います。私共の役目は、せっかく来ていただいた観客の皆さまに、次回も来ていただけるよう、質の高い投影を提供することです。とても充実した数日間でした。
 今回の投影では、冬の星座の解説と、「太陽系はどのようにしてできたの」というテーマです。投影の後半部で、太陽系の誕生について、動画や静止画をたくさん使用して解説をしました。想定していたよりも、年齢層が低いこどもたちも多かったので、その子たちにとっては少し難しかったのかも知れませんが、皆さん、おとなしく見てくれていました。
 保護者の方の中には、眠ってしまう方も・・・。暖房がよく効いていて、しかも暗くなるので、心地よい眠りに誘われるようです。投影の最初にひとことお願いしました。「プラネタリウムの中は、眠たくなる条件が全てそろっています。遠慮せずに眠っていただいてかまいませんが、くれぐれも、いびきだけはかかないように・・・」。保護者の皆さまは、クスクスと苦笑いです。
 移動式プラネタリウムの投影では、眠る方はほとんどいません。投影の時間が短く、眠くなる頃には投影が終わってしまうためです。極力眠くならないような解説を心がけていますが、全員に最後まで起きていていただくのは、至難の業です。しかし今後も、ひとりも眠らせることがないように、心がけていくつもりです。
 帰りの高速道路は、星空がとてもきれいでした。フロントガラス越しに、北斗七星が覆いかぶさるように、垂直にそびえたっていました。「ああ、もう北斗七星が見える時期になったか・・・」。南の空には、おおいぬ座もよく見えていました。新東名の、駿河湾沼津サービスエリアに差し掛かる頃、おおいぬ座のはるか下のほうを見ると、りゅうこつ座の1等星カノープスが、駿河湾越しに、伊豆半島の上空すれすれに姿を見せていました。久しぶりに見るカノープスでした。海外では何度も目にしている星ですが、国内で見たのは、本当に久しぶりでした。今度機会があったら、下り線のサービスエリアで、写真を撮影してみたいと思っています。
 写真は、まなびセンターの12メートルドームに、メガスターゼロで投影した冬の星空です。月と惑星が投影できませんので、いつも口頭で、どのあたりにどのように見えるかを説明しています。この投影機に、12メートルドームは、少し荷が重いのですが、フルパワーで投影すると、ご覧のとおりです。投影した星空は、私共が納得できる、ぎりぎりのクオリティーです。投影機を赤いペンライトの照明で、浮かび上がらせました。
移動式プラネタリウム(あづまの幼稚園 横浜市瀬谷区 1月22日)
1月22日(水)
 あづまの幼稚園(横浜市瀬谷区)で1月22日(水)に移動式プラネタリウムの投影を行いました。毎年この時期に投影をさせていただいているもので、5年連続で5回目です。
 あづまの幼稚園で投影をさせていただく時期になると、必ず雪が降ります。昨年は投影の2日前に雪でした。搬入時に雪の影響が少し残っていました。今年は、昨夜が雨でしたが、気温が低いため、雪に変わるかもしれないと注意していました。雪で怖いのは、道路が大渋滞になることです。予定している時間に到着できない可能性があるためです。しかし、明け方には、天気が回復して、今日は良い天気でした。気温もこの時期としては、比較的高めだったように思います。
 幼稚園には時間通り到着して、いつものように投影を行いました。少し時期が早めですが、おおぐま座の、幼児向けの神話の話などをしました。園長先生は、用事があって不在のため、お会いすることはできませんでした。いつもお昼をごちそうになりますが、今年も、私共のために、園長先生が前日からゆず大根を作っておいてくださいました。頭が下がる思いです。
 帰りに園のほうから、来年の日程を確保しておくよう、依頼がありました。継続して実施することは、園のほうも私共もお互いに大変ですが、ありがたいことだと思っています。園児たちが、宇宙や星空に興味を持つきっかけとなるよう、そしてこどもの頃から、経験値をたくさん持っておけるよう、美しい星空を来年もお届けしたいと思います。
カルシウムK線太陽望遠鏡
1月20日(月)
 横浜は、今日もとても良い天気でした。ただし気流の状態が良くないのと、太陽面には大きな黒点やプロミネンスもなく、穏やかでしたので、撮影を見合わせました。Hα太陽望遠鏡で、眼視で太陽をチェックしただけで、さっさと撤収してしまいました。このところ、ほかの望遠鏡の出番がありません。すぐに、仕事に入りました。1日中ひたすらCG制作に取り組んでいます。それと、今後に控えている投影に関する書類の準備などです。
 ここに紹介するのは、私共が太陽観測に使用しているカルシウムK線太陽望遠鏡です。望遠鏡そのものは、特殊なものではなく、BORG100EDという標準的な屈折望遠鏡です。フィルムカメラ時代に対応した望遠鏡であり、デジタル非対応です。ただし、太陽撮影の場合はカルシウムK線という特殊な波長(3933オングストローム)しか通しませんので、色収差は関係ありません。
 この望遠鏡を使用してみる太陽は、白色光で見える光球面と、Hα線で見る彩層面の間を見ていることになるそうです。プラージュ、活動領域、磁気嵐などの現象を見ることができます。しかしながら、これらの現象は、どちらかといえば地味であり、Hα線で見るほどのダイナミックさはありません。このため国内では、私共が知る限り3名程度しか観測者がいません。また、海外でもまれです。
 私共が黒点やプロミネンスを撮影するときに、同時にカルシウムK線で撮影しておくのは、希少価値があるからですが、だからといって、この素材を研究などに利用しようとも思っているわけではありません。あくまでも、プラネタリウム解説者としての、スキルアップのための取り組みのひとつです。
 カルシウムK線で見る太陽は、紫外域近くにおいて、肉眼の感知限界に近く、眼視で見ると、暗い紫色の太陽がほんのりと見えるだけです。目を傷めそうなので、一度見て以来、のぞいたことはありません。撮影時には、パソコンのモニター上で、画像をチェックします。カメラは、ドイツ製の産業用のカメラを使用していますが、速いシャッターが切れるので、肉眼ではわかりませんが、太陽の光は十分に達しているのだと思います。
 望遠鏡で太陽を撮影する場合、本来は対物レンズの口径を5センチ以下に絞るのが基本です。しかしながら、それでは、解像度が得られないため、太陽面の微細な構造が抽出できません。私共は、21センチ反射、12.5センチ屈折、そして10センチ屈折2本の合計4本を常時使用していますが、いずれの望遠鏡でも口径を絞ることはありません。
 最近は、撮影から画像処理までのプロセスをすべて見直しており、これまで以上に解像度の高い、美しい画像を得ることを目標としています。春先あたりから、気流が安定してくるので、その頃になれば、解像度の高い、良質の画像をお目にかけることができると思います。
 写真は、カルシウムK線太陽望遠鏡の外観と、接眼部を拡大したものです。心臓部であるカルシウムK線のモジュールは、接眼部の中に入っています。機材に関しても、今後紹介していく予定です。いずれ、太陽観測用の機材のページをまとめる予定でいます。
ソル・サーチャー
1月18日(土)
 久しぶりに、移動式プラネタリウムのオファーのない週末となりました。ショッピングモールのイベントや、公共施設でのイベントは、どうしても夏から秋口にかけて集中する傾向にあるようです。昨年もそうでした。これからゴールデンウィークの前までは、このようなパターンの日が多くなります。今日はのんびりと仕事をしています。この期間に、これまでに積み残しておいた仕事に取り組んでおかなくてはいけないと思っています。
 午前中は曇っていましたので、これまで中断していたCG制作を行っていました。お昼頃から晴れてきたので、制作を中断して、太陽にHα太陽望遠鏡を向けました。この時期としては、気流が安定しているようでしたが、太陽面には目立った黒点もプロミネンスもなく、穏やかでした。このため、撮影を見合わせました。
 太陽に望遠鏡を向けるためには、いくつかの方法があります。太陽を直接見ながら望遠鏡に導入することは、危険ですので行いません。一般的には、地面や壁面に投影された望遠鏡の影を利用します。影が最小になったところで太陽が望遠鏡の視野に導入されます。しかしながら、この方法は慣れていても意外と時間がかかるものです。
 海外では太陽を導入するための装置がいろいろと工夫されています。そのひとつがソル・サーチャーと呼ばれる太陽専用のファインダーです。ピンホールを通して、その後ろにあるプラスチックの小さな板に太陽を投影するものです。円の真ん中に持ってくれば、太陽が望遠鏡の視野に導入されます。慣れてしまうと、太陽を導入するのに要する時間は、わずかに10秒程度です。とても便利なので、Hα太陽望遠鏡と、カルシウムK線太陽望遠鏡の2本に取り付けています。Hα太陽望遠鏡は、アメリカのLUNT社製ですが、とても見え味の良いものだと思います。これにペンタックスのXW20ミリの接眼レンズを使用して、Hα太陽像をモニターします。晴れれば、毎日のように太陽を見ていますが、刻々と変化する太陽面はとても興味深いものです。しばらくは、現状のハードウエアで太陽面の撮影に取り組む予定です。写真は左側がソル・サーチャー、右側がHα太陽望遠鏡の接眼部です。
海外からのお問い合わせ
1月17日(金)
 これまでにも何度か、海外(主に中国)で投影をしてもらいたいとの相談がありました。機材の運搬の問題、投影を行うときに通訳を介して行うのか、また電源はどうなるのかなど、考えるといろいろな問題に直面するので、多くの場合お断りをしています。やってみたいという気持ちもないのではないですが・・・。
 中国の場合、通訳は西安で仕事をされている、現地の方を知っており、時々メールでやり取りをすることがあります。その方とは、これまですでに、2回ほど一緒に仕事をさせていただく機会がありました。なので一番の問題は、機材の輸送でしょう。この件に詳しい方からお話をうかがった事がありますが、運搬のみならず、書類の手続きも大変そうでした。
 昨年12月中旬に北京からオファーをいただきました。現地在住の日本人スタッフからでした。今月のイベントでした。メールでやり取りを行った末に、無理がありそうだと、お互いに断念してしまいました。オファーをいただいたいてからの準備期間が、正月をはさむために、短すぎました。
 現在、来日している天文関係者から、私共の投影機を見たいという、連絡が入りました。エアドームを展開して、星空を投影するためには、大きなスペースが必要となるので、こちらもお断りせざるをえませんでした。すぐに、お断りのメールを返しました。丁重にお断りしたつもりですが、文面が丁重なのかどうかの、判断もつきません。でも、そのあとに帰ってきたメールを見る限り、こちらの意思は伝わったようでした。
 いろいろとお問い合わせをいただけることは、うれしく思います。いずれ、海外での投影が実現するかもしれません。しかし、その前に、まずは、沖縄での投影でしょうか。これまでもオファーが何度もありました。自走するには、フェリーを使用しないといけません。海が荒れた場合のリスクを考えて、日程に余裕を持たせるのですが、この説明をさせていただくと、多くの場合、先方があきらめてしまうようです。難しいですね。
科学技術顧問会議(横浜市立横浜サイエンスフロンティア高等学校 1月16日)
1月17日(金)
 朝に撮影した太陽の画像処理を行い、ホームページ上にアップする作業をしているうちに、日付が変わってしまいました。今は17日の午前0時過ぎです。太陽の方は、なかなか良い写真が撮影できずに、壁にぶつかっているところです。撮影や画像処理のプロセスを見直し、さらにクオリティーの高い画像を得るには、どのようにすべきか、試行錯誤しているところです。
 午前中に撮影を終えてから、急いでスーツに着替えて、サイエンスフロンティア高校に向かいました。年に1度の科学技術顧問会議の日です。早期で定年退職してからは、スーツを着ることはほとんどなくなってしまいましたので、少しぎこちない感じです。集まるメンバーは、大学の教授や研究機関の研究者、企業の研究所の所長クラスと、そうそうたるメンバーです。なぜ、私共がここにいるのか、少々場違いな気がしないでもありません。いつも末席で小さくなっています。
 この1年間の、同校の活動の様子などの報告を受けたあとに、同校の今後などに関して、意見交換を行います。同校は、すでに2期目の卒業生を出しており、この3月がくれば、3期目の卒業生となります。大学生となった彼等は、今でも同校にとても愛着を持っており、現役の生徒のためにいろいろと活動をしてくれているようです。いずれ、私共も担当させていただいている、サイエンスリテラシーUの授業講座などを、彼らが教えるようになる日も近いのではないでしょうか。そのようになったら、とても素晴らしいと思います。そのような日が来るまで、もう少し科学技術顧問の仕事を続けさせていただく予定でいます。・・・もう必要ないから、やめろと言われれば、話は別ですが・・・。
飲み会(東京都内 1月9日)
1月13日(月)
 先日の1月9日(木)に都内で飲み会をしました。地方から後輩のプラネタリウム解説者が上京するというので、昔からお付き合いのある、同じくプラネタリウム関係者と、3人で飲み会をすることになりました。ひとりは中堅の解説者、もうひとりは私共と同年代で、すでに還暦を過ぎています。その方も、いまでもプラネタリウムに携わっていますので、私共としても心強く思っています。
 お会いすれば、昔話に花が咲きます。中堅のプラネタリウム解説者は、私共が、その解説の力量を認めているひとりです。とても柔らかい解説で、品が良く、なおかつやさしさがあふれ出ています。その解説を聞いた観客の皆さまは、きっと癒されるのではないでしょうか。どの仕事もそうですが、長年この仕事に取り組んでいると、いつも順調とは限りません。その解説者も、現在、そのような壁にぶつかっています。私共としては、自らの若い頃を思い出します。
 解決するのは、最後は自分自身の力です。立ちふさがる大きな壁を越えることで、それは、あとになって大きな自信となっていくでしょう。微力ではありますが、私共も応援している次第です。
 おふたりに、次にお会いするのは、しばらく先になりそうですが、そのときに後ろを振り返って、笑い話として現在の状況を語り合えるようになれることを願っています。
 久しぶりに、お会いして、私共も元気をもらいました。最近では、電車で都内に出ることもめっきり減ってしまったために、少し疲れました。車で九州や青森まで行っても、疲労感はあまり感じませんので、不思議なものですね。「がんばれ・・・・!」。
SLU分野別最終発表会(横浜市立横浜サイエンスフロンティア高等学校 1月11日)
1月12日(日)
 横浜市立横浜サイエンスフロンティア高等学校では、カリキュラムにサイエンスリテラシーという授業講座を設けています。同校の科学術顧問、研究機関、大学、企業などで先端科学分野の研究に携わっている人たちが講師として参加し、生徒を直接指導しています。これは、そのような体験を通して生徒の科学的リテラシーを培うことを目的としているものです。
 私共は、同校の科学技術顧問の立場で、サイエンスリテラシーII「天体の観測」と題した講座を担当しています。テーマは太陽です。同校には30センチカセグレン望遠鏡を備えた天体観測ドームがあり、そこに9センチの屈折望遠鏡も同架されています。それを使用して、太陽黒点やプロミネンスを、生徒が実際に観測を行い、レポートをまとめます。夏休みが終わると、中間発表会が行われ、年が明けて1月には、その最終発表会が行われます。担当の先生や、指導にあたった科学技術顧問、大学の先生方などが審査を行います。優秀な研究発表を行った生徒の何名かが選抜され、その後、関東大会や全国大会、そして海外で開催される大会へと進みます。
 1月11日(土)がその最終発表会の日でした。ちょうど旭区の事業と重なっていましたが、旭区のほうは夕方からのスケジュールであったため、朝から、この最終発表会に立ち合いました。
 地球科学分野の発表会の審査を行いました。全部で30件以上の発表を聞きました。岩石、地震、太陽などが主なテーマです。そのひとつひとつを、様々な視点で審査します。聴きごたえがありました。この数年で、生徒のプレゼンテーションのレベルが格段に上がっているように思いました。プレゼンを担当される先生方の指導の賜物ではないでしょうか。
 高校生レベルの研究発表は、すでに知られていることを、自らの創意工夫で検証していくことがほとんどです。どちらかといえば、地道な作業になりますが、それらを経て、発表までこぎつけるプロセスは、まさに生きた勉強として、将来に役に立つのではないでしょうか。それらの発表の中で、聞き入ってしまうような発表も何件かありました。それは、すでに高校生のレベルを超えているのではないかと思わせるものでした。疲れましたが、生徒の皆さんの発表には、とても刺激されました。
 発表の中で、研究のために、仙台市天文台の1.3メートル大望遠鏡を、生徒の一人が使わせていただいたとのことでした。このクラスの大望遠鏡は、高校生レベルで簡単に使えるものではありません。どなたに指導を受けたのか、あとで聞いたら、昔から良く知っている方でした。お礼を申し上げます。ありがとうございました。
移動式プラネタリウム(横浜市立横浜サイエンスフロンティア高等学校 横浜市鶴見区 横浜市旭区主催事業 1月11日)
1月12日(日)
 横浜市立横浜サイエンスフロンティア高等学校で1月11日(土)に移動式プラネタリウムの投影を行いました。横浜市旭区役所とサイエンスフロンティア高校の連携事業です。旭区青少年未来発見事業「天文教室」という事業ですが、内容は、移動式プラネタリウムの投影、同校の天体観測ドームを使用しての天体観望、そして電子顕微鏡の観察などです
 事前募集制の事業でしたが、大変な人気で、抽選となったとのことでした。私共は、プラネタリウムの投影のみで、天体観望のほうは、同校天文部の生徒の皆さんが担当しました。また、生徒の皆さんには、投影のほうのお手伝いもしていただきました。これまでに、何度も同校で投影を行っていますので、天文部の生徒の皆さんも、要領を把握しています。
 旭区内の児童とその保護者が対象で、1日3回ほど投影をさせていただきました。冬の星座を中心に、オリオン座の神話を交えて解説しました。
 同校で投影を行うときには、プラネタリウムドーム内での注意事項を、いつも天文部の生徒の何人かにお願いしています。これは、人様の前で、マイクを使用して話をすることに慣れるためのトレーニングでもあります。同校が重視しているプレゼンテーションの技術を身につける一環としても、役に立っているのではないかと思います。いつも投影10分前に、これとこれを話してくださいとお願いします。生徒は短時間のうちにメモをとり、自らの言葉で参加者に説明するわけですが、皆さん、とても説明が上手です。
 生徒の皆さんとともに、事業に対応することで、生徒の成長過程をみることができて、とても興味深いものです。数名程度でスタートした天文部ですが、今では、かなりの部員数になり、大所帯です。すでに卒業した部員たちも出入りするようになり、活性化しているように思います。
肉眼的大黒点(NOAA1944群 1月8日)
1月8日(水)
 午後から天気は下り坂でした。朝から狙っていましたが、残念ながら、得られた画像は、わずかに1枚のみでした。1枚撮影した直後に、太陽は、一面の雲に覆われてしまいました。
 冬型の気圧配置に覆われているときには、透明度は高いのですが、気流の状態が悪くて、良い画像を得ることは困難です。今日の写真も粒状斑が流れてしまっています。本来であれば、掲載を見合わせるのですが、見事な大黒点なので、あえて掲載しました。こちらをご覧ください。気流の良い所に住んでいる、海外の観測者たちを、うらやましく思います。
 本来は、今の環境の中で、気流の状態に左右されずに良い画像を得るには、どのようにすればよいか、考えなくてはいけません。ソフトウエア上では、気流の状態をある程度キャンセルできるソフトを使用しています。しかしながら、それには限界があり、本質的には、気流の良い状態のもとで撮影された動画から画像処理することが、良い画像を得るための近道です。現時点では、ハードウエア的に気流をキャンセルする方法がありません。天文台の大望遠鏡であれば、話は別です。
 NOAA1944群は、太陽面のほぼ中央部に達しました。このすぐ西側の領域で、日本時間の本日の午前3時頃、Xクラスの大規模なフレアが発生しました。太陽は、まだ昇っていませんので、日本で観測されたわけではありません。地球の方向を向いている領域での、フレアの発生です。明日の夜以降に、地球にも影響が及ぶでしょう。磁気嵐や、激しいオーロラの活動などです。
 あと1週間程度は、この群を観測するチャンスがあります。その間に、冬型の気圧配置が緩んだときが、撮影のチャンスになるかと思われます。また、太陽の西のリムに達したときには、どのようなプロミネンスが見られるのかも楽しみです。時間が許す限り、撮影に取り組みたいと思います。太陽の活動は、本当にダイナミックで、驚かされることがしばしばです。

 その後の情報で、この黒点群は、第24太陽活動周期(太陽の活動の度合を表す指標として、黒点数の増減が利用されています。約11年の周期で黒点数が増えたり減ったりしており、これを太陽の活動周期と呼んでいます。この周期には番号が付けられており、現在は第24期にあたります)の中で、最大級の黒点群になっているとのことです。(この部分のみ1月9日記述)
肉眼的大黒点(NOAA1944群 1月6日)
1月6日(月)
 年が明けた1月2日頃、太陽面の東縁から、かなりの大きさの黒点が顔を出してきました。弘前で仕事をしながらも気になっていました。横浜に戻ってから撮影する機会をねらっていましたが、気流の乱れや、空が曇っていたりしていて撮影するチャンスに恵まれませんでした。今日は、急ぎの仕事もなく、朝から良い天気だったので、じっくりと時間をかけて撮影しました。
 しかしながら、気流の状態は良くなく、時間をかけた割には解像度の高い写真は得られませんでした。冬の時期は気流の状態が悪く、大きな黒点が出ていても、ディテールを抽出するのは困難です。ミューロン21センチ反射望遠鏡や、BORG125ED屈折望遠鏡などで、拡大率を変えながら撮影し、画像処理をしてみましたが、粒状斑がどれも流れて写っていました。その中で、拡大率の一番低かった写真が辛うじて、お見せできる写真となりました。こちらに掲載しておきますので、ご覧ください。
 気流の良い所に住んでいる海外の観測者たちは、良い写真をものにしていることでしょう。この大黒点は、日食グラスを使用して肉眼で認めることができました。昨年の11月中旬に見られたNOAA1899群以来の、久々の大黒点ですが、今回のものは、スケールがかなり大きいようです。今後も目が離せません。途中で雲の襲来などがあり、撮影に4時間も費やしてしまいました。効率の悪い撮影でした。
弘前城(2013年12月31日)
1月4日(土)
 以前から見たいと思っていた弘前城です。本来であれば、桜の咲く時期に見たかったのですが、贅沢は言っていられません。移動式プラネタリウムの投影を行うために、12月31日には弘前入りしました。1月1日の午後からの投影のスケジュールでしたので、当日に弘前入りでも良かったのですが、高速道路の雪の状態がどのようになっているかわからなかったために、前日入りとしました。幸い、高速道路はスムーズに通過できましたが、その2日ほど前は、岩手県内の一部の区間で、雪のため通行止となっていました。
 大みそかの日は、ホテルに宿泊するだけです。チェックインまでには時間があっため、高速道路を下りると、そのまま弘前城に向けて車を走らせました。フロントガラスの前方には、シンボルの岩木山が、その頂を雲の中に突っ込みながら、堂々とした姿を見せていました。初めて目にする岩木山です。大みそかのこの時期に、果たして城を見ることができるのかどうか、心配でしたが大丈夫でした。
 藩政時代、津軽家の居城であった弘前城は、現在、弘前公園として多くの市民や観光客に親しまれています。園内は雪で覆われていました。雪に足を取られないように、気をつけながら進むと、やがて、前方に城が見えてきました。天守は、もともと五層でした。寛永4年(1627年)に落雷で焼失し、今の三層の天守になっただそうです。江戸時代に再建された天守としては関東以北唯一のもので、弘前のシンボルです。
 園内は桜の名所としても全国的に知られています。枝ぶりの良い木が多く、桜の咲く時期に城をバックに、咲き誇る桜を撮影したら、さぞかし良い写真になるだろうと思いました。公園の一角からは、岩木山が望めます。見事な景色でした。
 お城を見学したのち、隣接する観光館で、冷えた体を温めるために、ぜんざいを食べました。お城も観光館も、さすがに大みそかともなると、人影も少なく、ゆったりとした時間を過ごすことができました。桜の咲く時期に、もう一度お城を見てみたいという思いが強くなりました。
 写真は、左から弘前城、公園からみた岩木山です。
移動式プラネタリウム(ヒロロ 青森県弘前市 1月1日から3日)
1月4日(土)
 昨年暮れの12月30日(月)に横浜を出ました。途中1泊して、再び走り続け31日(火)の午後には弘前市に入りました。東北自動車道の福島県郡山市を過ぎたあたりから、天気のほうが変化してきました。それまでの快晴の関東地方の天気から、どんよりとした、曇り空へ、そして小雨、小雪交じりの天気になってきました。高速道路の路肩の雪は、さほどではありませんでした。路面にも雪はなく、順調に弘前市に到着しました。街の中も、さほどの雪ではありまません。ただし、昨年の今頃の時期はすごかったと聞きました。今年は、この時期としては雪が少ないようです。
 ヒロロは駅前の再開発ビルです。2010年まではジョッパルとして営業されていましたが、昨年夏に、既存の建物をリニューアルして、ヒロロとして生まれ変わりました。その4階に市民文化交流館ホールがあり、そこにプラネタリウムを設営して、1月1日(水)から3日(金)までの3日間、1日4回合計12回の投影をさせていただきました。場所は公共施設ですが、主催はヒロロです。地元の青年会議所の方が、ヒロロ側に提案をしてくださって、今回のイベントの実現の運びとなったようでした。
 事前にいただいていたスケジュール表では、投影時間が遅めの時間帯に設定されていました。スタートが午後5時からです。最終回が午後7時からの回で合計4回です。正月は、どこの商業施設でもお客さまのひきが早いのが常です。果たしてこの時間帯で、お客様が見に来てくださるのだろうかと心配していました。しかし、お店側の意図で、あえてこの時間帯で設定したとのことでした。遅い時間帯での集客を目的としているのでしょう。大役でした。連日1回目は、開始前から行列ができていました。満席です。ただし、予想していた通り2回目からは苦戦しました。しかし、2日目と3日目は、2回目以降の回も徐々に観客の数が増えました。振り返ってみれば、全体としては、まあまあの成績だったのではないかと思っています。ただ、できれば全回満席にしたかったと思っていました。正月から少し苦戦してしまいました。
 弘前市の観客の皆さまは、どちらかといえば控え目ですよ・・・。とイベント担当者の方からアドバイスを受けました。果たしてそうなのか、1回目は手探りで解説しました。ジョークを交えてみましたが、あまり反応してくれていないようでした。それでもクスクスと笑っている方が多く、「あ・・・いけるなと思いました」。それ以降の回は、ジョークの連発です。ホールの中の照明は、暗くしていただきました。また、ホールの中には、他から遮断された空間であるため、外部の音も入らず、投影の環境として申し分ありませんでした。満天の星空が姿を現すと、皆さま静かな声で、「ゎーっ!」とどよめきます。担当者の方のアドバイス通りでした。冬の星座にオリオン座の神話としぶんぎ座流星群の話を交えて解説しました。とても雰囲気が良く、投影をしている側も気持ちの良いものでした。
 ある回に、80歳は過ぎているとみられる、おじいさんとおばあさんを連れて、一緒に入ってこられた娘さんの家族がいました。解説をしながら、気をつけてみていると、そのおばあさんは、最初から寝ているような感じでした。たぶん、ここまで来るだけでも、疲れているのだろうと思いながら、解説をしました。投影が終わって、そのおばあさんが出て行かれる時に、「わかりやすくて聞きやすかった。とても良い声ですね」。とコメントしてくれました。あ・・・ちゃんと聞いてくれていたのか。とてもうれしく思った次第です。
 ヒロロのイベント担当者の皆さま、搬入・搬出を行うときの警備員の皆さま、そして交流館ホールのスタッフの皆さまの、心あたたまる対応ぶりと、親切丁寧な言葉遣いに、頭が下がる思いでした。「帰りも雪道に注意して、風邪をひかないようにしに帰ってくださいね。遠くからごくろうさまでした」。搬出を終えて、お店を出るときの警備の方の言葉に目頭が熱くなりました。
 機材の搬出を終えて、そのまま車で表に出ると、本降りの雪となっていました。その状態は、大鰐(おおわに)弘前ICから高速道路に乗り、岩手県の花巻IC付近まで続きました。すごい雪でした。高速道路の路面も雪で真っ白です。何箇所かで除雪車が出ていました。雪のため、時速50キロの速度規制が出ていました。昨年2月の新潟県村上市からの帰りを彷彿とさせるものでした。風がなかったのが幸いでした。風が吹いていれば、視界が失われ、一部の区間で通行止となっていたことでしょう。宇都宮ICを過ぎるころになると、関東地方の冬型の天気に戻り、久しぶりに太陽を見た気がしました。往路・復路ともに正月の帰省ラッシュに伴う渋滞に巻き込まれることもありませんでした。
 冬のこの時期の雪国での投影は、これまでの新潟での経験でだいぶ慣れてきました。しかし、行く前から緊張していました。何事もなく、全てが終わって、一安心です。
 今回の弘前での投影は、これまでの本州における北限を大幅に更新しました。北海道では、一度投影をさせていただいていますので、これで文字通り、沖縄を除いて、北海道から九州までの全国で投影をさせていただいたことになります。
 写真は左から、ホールに設営したプラネタリウのドーム、受付に並ぶ観客の皆さま、ヒロロの外観です。
2014年を思う
1月4日(土)
 今年も私共のホームページを、どうぞよろしくお願いいたします。
 年末・年始を青森県弘前市で過ごしました。移動式プラネタリウムの投影のオファーをいただいたからです。この期間を自宅以外で過ごすのは、生まれて初めてです。水戸で仕事をしていた時も、宮崎で仕事をしていた時も、そして横浜で仕事をするようになってからも、必ず自宅でした。年末・年始に仕事をすることは、私共のようなプラネタリウム解説者にとっては、珍しいことではありません。水戸も宮崎も、民間のプラネタリウムでしたので、年末・年始休みなく投影を行っていました。横浜は公共施設であったため、年末と1月1日は休みでしたが、2日からは開館していました。しかしそれでも、仕事が終われば、自宅での年末・年始でした。オファーをいただいて、うれしく思いました。正月から仕事をいただいて、しかも弘前市です。以前から訪れてみたいと思っていたのでちょうどよい機会でした。
 昨年は、移動式プラネタリウムの出張投影のほうが忙しく、プラネタリウム番組の単独制作という目標を積み残してしまいました。今の常設館の状況を考えると、番組を制作して販売したとしても、果たしてビジネスとして成立するものなのかどうか、昨年あたりから疑問に感じるようになり、制作を中断してしまいました。時期が来たら、再開する予定ですが、今はあまり気乗りがしていません。
 7月に入ると、移動式プラネタリウムに関するイベントがたてこんできます。7月上旬から8月末までについては、すでにかなりのオファーをいただいています。これからお問い合わせをいただくものに関しては、土日を中心に日程調整が必要になりそうです。夏休みの前までは、比較的時間が取れそうです。それまでの間にできる限り、私共のプラネタリウムの投影に必要な、CG制作や静止画の素材作りに時間を費やしたいと思ってます。
 私共の事業は、すでに折り返し地点を通過してしまいました。これまで後継者の問題を真剣に考えてきましたが、いまだに事業を託せる方が見つかっていません。それはおそらく今後も同じ状況でしょう。昨年末に、この事業はどなたにも引き継がないことを決心しました。そのかわり、体が続く限り、今後も移動式プラネタリウムの投影に取り組んでいきたいと考えています。
 プラネタリウムの仕事にかかわるようになってから、すでに40年以上が経過しました。過去を振り返ると、いろいろなことがありました。そして今後も、どのようなことが待ち構えているのかわかりません。解説者として、残り少ない時間を大切に使っていきたいと思います。芸域と呼ばれるレベルになれるまで、解説の質を高めていきたいと思います。

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