投影日誌


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仮設プラネタリウム(関市まなびセンター 岐阜県関市 10月26日から27日)
10月29日(火)
 
フレームの上に仮設した投影機 まなびセンター外観 国際宇宙ステーションの通過 小川で目撃したカピバラ?

 関市まなびセンターにおいて10月26日(土)と27日(日)の2日間、メガスターゼロ投影機を、施設の12メートルドームに仮設して投影を行いました。前半で当日夜9時の星空解説、後半がテーマ解説です。
 今回は「星はどのくらい遠くにあるの」というテーマです。大きな天文現象がないときには、このような基本的なテーマも取り扱うようにしています。ただし、解説者としては、幼児・小学校低学年のこどもたちを相手に、解説するのは困難を極めます。なぜなら、投影の中でこどもたちに「宇宙で地球に一番近い天体はどれですか」と質問して、1番 月、2番 太陽、3番 土星 と答えを選んでもらうと、3番と答えるこどもたちが意外と多いからです。大人から見ると驚きます。しかし、これは移動式プラネタリムにおいて、全国で投影している経験からみても、同様の傾向なのです。
 解説者はプラネタリウムを見に来るこどもたちの、宇宙に関しての知識のレベルを把握したうえでの解説を求められます。学術的な話をしたとしても、このレベルにあるこどもたちが理解できなければ、何の意味もありません。
 テーマ解説の部分では、距離の概念、時間の概念、そして、月から始まり、観測できる宇宙の果てまでを解説します。天体がどれだけ遠くにあるのかということについて、こどもたちが理解できるように、オリジナルの静止画や動画を活用して話を進めていきます。途中で、こどもたちとのやり取りできる場面をいくつか用意しておきます。知ってほしいことは、宇宙がどれだけスケールが大きく、私たちの住んでいる太陽系という場所が、いかにまばらな空間であるかということ。そして、リアルタイムで過去を見ることができるのは、昼と夜の空だけであることです。このような投影を繰り返しながら、少しずつですがリピーターが増えてきているようです。
 台風の影響がありましたが、26日は午後から天気が回復してきました。上空はそれまで強風が吹いていたために、透明度が高く、観望会の開催時には、カシオペヤ座からはくちょう座にかけての、天の川がうっすらと見えていました。地方都市の街中で天の川を見たのは、これが初めてです。とても条件の良い空でした。
 毎回来てくださる天文ボランティアのスタッフのお一人が、当日見える人工衛星のデータを準備してくださるので、とても助かります。観望会の準備をしている間に、国際宇宙ステーションの通過と、イリジウム衛星のフレアを見ることができました。イリジウム衛星は、アメリカのモトローラー社が打ち上げた、衛星携帯電話を利用するための人工衛星です。全部で66個が打ち上げられました。衛星本体には鏡のように光を反射する金属板が3枚とりつけられており、その角度によって、太陽の光を反射して、地上の数十キロの帯状のエリアにおいて、マイナス8等級程度に十数秒間輝くことがあります。これをイリジウムフレアと呼んでいます。
 空を眺めていると、時々目撃することがありますが、このフレアがいつ、どこで見えるかは事前に予報することができます。雲が多めの方向でしたが、金星よりも明るいフレアを見ることができました。観望会は「アンドロメダ銀河を見よう」というテーマでしたが、空の条件が良かったため、参加者の皆さまは楽しまれたようでした。
 26日昼の部の投影を終了してから、観望会開催までは、だいぶ時間があります。一度施設の外に出て、散歩をしましたが、近くの小川で意外なものを目撃しました。体長40センチ程度のカビバラと思われる動物2匹。小川に入って行くところでした。デジタル一眼レフカメラを手に持っていましたので、そのままパチリ。ペットとして飼われていたものでしょうか。外来種ですので、このような小川に存在するはずがありません。聞けば、アライグマもいるとのことでした。私共の家の近所でもアライグマは時々目撃します。巨大なネズミかと思いましたので、びっくりしました。(※ネットで調べてみましたが、カピバラには長い尻尾がないようです。野ネズミかもしれません。どなたか教えてください)いろいろな体験をした2日間でした。
 28日(月)の夕方、たまった仕事を片付けて、散歩に出ると、途中でマイナス8等級程度の火球が、夕焼けの空を、北西の空45度付近から、金星の方向に貫きました。17時15分前です。星が見えていない状況の中での、これだけの火球を見たのは初めてでした。
情報交換(10月22日)
10月24日(木)
 いろいろと仕事をしているうちに、日付が変わってしまいました。今は24日の午前0時を過ぎたところです。22日(火)は、1週間ぶりに外出しました。このところ部屋にこもって仕事をすることが多かったため、気分転換になりました。外出の目的は、太陽面の写真撮影に関して、私共にとっては、この世界の先輩である方とお会いして、いろいろと情報交換をするためです。
 ふだんはメールでやり取りをさせていただいていますが、直接お会いするのは久しぶりでした。その方とは、すでに35年以上のお付き合いになります。天文の世界では高名な方で、特に天体写真に関しては、群を抜いています。思えば、私共は、昔からその方のあとを追いかけているような気がしています。白色太陽像、Hα太陽像、そして月面など、どのようにすれば、さらに高解像度の写真が撮影できるか、情報交換をさせていただきました。
 とても刺激になりました。と同時に、これから先、仕事を引退してからどのように生きればよいのかについても、いろいろと話をうかがいながら、自身のこれからについて、考える参考にさせていただきました。カフェでランチを食べながら、4時間近く話したでしょうか。あっという間でした。久しぶりに血が騒ぐような楽しい時間でした。
 これから待ち構えている、アイソン彗星の写真撮影などが一段落した年明け後に、またお会いする約束をして戻ってきました。プラネタリウムの仕事から、ほんの少しずつですが、毎日のように、太陽や月、そして星を見るという、天文の世界の扉を初めて開いた頃の自分に戻りつつあるように思います。人生の最終ステージは、そのようにして暮らしていくのだと思っています。
太陽面写真の画像処理の見直し
10月20日(日)
    
 このところ、移動式プラネタリウムの投影で出張する機会が減ったため、時間に余裕ができるようになってきました。来月から年末までは、再び忙しくなることがわかっているので、このタイミングで、今までできなかったことに取り組んでいます。
 その一つが、太陽面の画像処理の方法の見直しです。私共のホームページの「太陽面写真集」に今後アップしていく画像のデザインも含めて、見直しを行っています。Hα太陽像や、白色太陽像の過去に撮影した画像を再処理しました。その結果をアップします。今年の5月6日に撮影した写真です。そのときには、白黒でアップしています。Hα太陽像は、最近では疑似カラー処理してアップすることにしています。
 Hα線で見る太陽の色は、フィルターを通してみた色であり、本来の色ではありません。本来の色とは、皆既日食のときにおいて、第2接触(皆既の始まり)・第3接触(皆既の終わり)の直前直後に数秒間だけ見られるピンク色の彩層の色が、それだと思われます。
 海外で撮影された、写真を見ても、着色の方法は、観測者それぞれです。見栄えがして、シャープに見える色とはどのような色かを、試行錯誤してきました。また、撮影した画像の情報を最大限に引きしながらも、画像が荒れるギリギリのところで、処理を止めるにはどのようなプロセスをすればよいか、ここ数日間試行錯誤を繰り返して、やっと方向性が見えてきました。撮影方法についても見直しを行い、次回の撮影から、このような処理をして、デザイン面も含めて、「太陽面写真集」のページのクオリティーをさらに高めていくつもりです。

 この写真の撮影データはこちらです。白黒の写真と比べてみてください。
移動式プラネタリウム(栃木市栃木文化会館 栃木市教育委員会主催 栃木県栃木市 10月14日)
10月17日(木)
 栃木市栃木文化会館において10月14日(月、祝)に移動式プラネタリウムの投影を行いました。「宇宙科学のスペシャルサイエンススクール」と題したイベントです。栃木県初の人工衛星に取り組む久保田弘敏先生の講演、太陽観望会などのプログラムに加えて、移動式プラネタリウムの投影をさせていただきました。
 1日に5回ほどの投影でしたが、応募状況は良かったということです。5回のうち3回が満席となりました。秋の星座とアイソン彗星について解説しました。北関東での投影ですので、観客の皆さまには、私共のジョークがあまり受けないのは承知していました。この地域の特徴のようです。案の定その通りでした。しかし、皆さんはクスクスと静かに笑っていました。中には、笑いのつぼにはまって、大きな声で笑い出す方もいました。お笑いではありませんので、本来はジョークは必要ありませんが、笑わないことがわかっていると、ジョークをはさみたくなってしまう衝動にかられます。アイソン彗星の説明のほうは、もう少し工夫しても良かったかも知れません。
 昼間の太陽観測は、すばる天文同好会の協力によるものです。白色太陽像やHα太陽像を参加者に見てもらうものです。どのような望遠鏡が持ち寄られるのか、興味津々でした。同会のメンバーには、知人がいましたので、お昼休み時間に少し話を伺いました。コンパクトな望遠鏡がほとんどでしたが、このような太陽の見せ方も面白いものだと思いました。
 栃木県初の人工衛星には粘菌という単細胞生物が乗せられます。来年1月にJAXAのH-Uロケットで打ち上げが予定されており、講演会ではその取り組みが紹介されました。投影終了後、すばる天文同好会のメンバーから、飲み会のお誘いを受けましたが、スケジュールの都合で参加することができなかったのが、とても残念です。

写真は左から栃木市栃木文化会館、大ホールのステージ上に設営したドーム、太陽観望会のスナップです。
月面拡大写真(月齢6.4 10月11日)
10月13日(日)
 この連休中、横浜は良い天気が続いています。この2日間は、移動式プラネタリウムの投影の予定がないため、久しぶりにのんびりとした時間を過ごしています。
 月が大きくなってきたため、星空の撮影には行くことができませんが、昼は太陽を、そして夜は月を見て楽しんでいます。
 昨日までは、太平洋高気圧が居座っていため、気温が高かったのですが、気流のほうは比較的安定しており、太陽黒点のほうは、ベストではありませんが、粒状斑が判別できるレベルでの写真が得られています。こちらです。
 昨日の夕方は上限の月であったため、太陽の撮影を終えた望遠鏡を、夜までそのままの状態にしておきました。月面の写真を撮影するためです。
 しかし、空が暗くなって、撮影を開始しようと望遠鏡で月を覗くと、気流の状態が一変していました。像が激しく乱れており、とても撮影に入れるレベルではありませんでした。空の透明度が高いだけに残念です。あきらめて機材の撤収を始めました。この状態で撮影をしたとしても、時間と労力の無駄です。
 天気予報では、太平洋高気圧に代わって日本海高気圧が張り出してくると言っていました。そういえば、夕方あたりから気温がだいぶ下がって、平年並みになってきたように思います。すごしやすくて良いのですが、この気圧配置は、月や太陽の撮影には適しません。
 今日になっても状況は変わらず、良い天気なのですが、太陽をチェックしても像が乱れており、撮影を断念しました。興味深い黒点が出ていたので楽しみにしていましたが、少し残念です。
 その前日の11日に撮影した月の写真の画像処理を行いました。すべての写真の処理を終えてから、モザイク合成したのが、この写真です。RGBの各チャンネルに分けて撮影を行い、カラー合成をしたのちにモザイクしたものです。画像はリサイズしましたので、本来の解像度ではありませんし、また撮影した時の気流の状態もベストとは言えません。本来であれば、もっと解像度の高い写真が得られるでしょう。それでも、いま取り組んでいる月面写真のクオリティーの高さは、理解していただけるのではないでしょうか。
 これからの季節は、天気が良くても、気流の乱れている日が多く、太陽、月、惑星の撮影には適しませんが、それでも時間が確保できれば、気流の良くなる瞬間を見つけて、撮影を続けていきたいと思います。

写真のデータ
月面(月齢6.4)2013年10月11日 18時10分から27分
ミューロン21センチ反射直接焦点
DMK41AU02AS RGBフィルター使用 1/15sec×20fps×12シーン
Avistack2、photoshop CS6でRGB合成、モザイク合成 
フィラメント噴出(10月8日から9日)
10月10日(木)
 10月8日から9日にかけて、太陽面の北東部において大規模なフィラメントの噴出がありました。8日(火)は、横浜は雲が多いものの、太陽面の撮影ができる状態であったため、撮影を行っていました。4種類の望遠鏡をマークX架台(五藤光学製)に載せ換えながらの撮影です。いつもなら、白色光の撮影から入るのですが、大きな黒点が出ていないことはわかっていたので、この日はHα太陽像の撮影からスタートしました。
 望遠鏡に太陽を導入して、接眼鏡を覗いてみてびっくりしました。太陽面の東側のリムには、巨大なプロミネンス(フィラメント)が見えていました。さっそく撮影に入りました。そのあとに噴出するであろうことは、その形状からある程度予測がつきました。問題はその時間でした。下のレポートで述べたように、撮影を終えてから出かける予定があったためです。
 Hα線、カルシウムK線、そして白色光での撮影を終えて、最後にHα線で太陽像を確認したときには、まださほど変化していないようでした。急いで機材を撤収し、そのまま出かけてしまいました。しかし、その後、太陽関連の情報を見ると、予想通り噴出してました。しかも、かなり大規模に。その動画は、今日の「宇宙天気ニュース」に紹介されています。こちらをご覧ください。明日以降にこのページをご覧いただく場合は、10月10日のレポートをクリックしてください。SDO衛星(Solar Dynamics Observatory,NASAが打ち上げた太陽観測衛星)がとらえた画像を動画にした、見事な映像が紹介されています。こうして改めて見ると、太陽の活動は本当にダイナミックですね。
 いずれは、このような動画を撮影できるようにしたいと思っています。すでにそれを実現するための環境は整っていますが、観測と画像処理に時間がかかりすぎるために、今は静止画が中心です。現在取り組んでいる、移動式プラネタリウムを中心とした仕事は、そう遠くない将来には、引退しなくてはいけないと思っていますので、その時期が来たら、このような動画に取り組んでみたいと思っています。
 今回は、そのプロセスの一端を垣間見ることができただけでも、幸運だったと思います。何人かの観測者たちが撮影をされたようですが、どこも雲が多めで、観測は大変だったようでした。太陽観測者のメーリングリストにも情報が流れていました。私共がとらえた画像はこちらにあります。
飲み会(10月8日)
10月10日(木)
 10月8日(火)の日に、都内で立て続けにプラネタリウム関係者とお会いしました。昔からお付き合いのある方々です。その方々と久しぶりにプラネタリウムに関する情報交換をしました。夜の部は、食事とお酒を飲みながらです。
 私共は、関市まなびセンターでの仮設プラネタリウムを使用しての投影を除いては、すでに常設館における解説から退いていますので、常設館の現在の動向には、さほど興味があるわけではありません。しかし、自らの事業の今後を考えると、ある程度把握しておいたほうが良いだろうという判断です。自らの年齢と、今の仕事に、常設プラネタリウム館に関する情報がどのくらい必要なのかを考えたとき、業界関連の動きは、ある程度の把握で良いので、業界の全国組織である日本プラネタリウム協議会からは、昨年度末で脱退しました。
 本来であれば、後進の指導に当たる立場ですが、業界を取り巻く厳しい現状の中では、それは困難であり、また解説者たるもの、最終的には自らで成長していかなくてはなりませんので、私共が出る幕ではありません。今後は、今の事業において、どこまでできるか、一人旅をする覚悟でいます。
 何人かの関係者にお会いして、現状をうかがいましたが、他の業種と同様、大変厳しいものでした。想像していたとおりです。ただ、お話をうかがう中で、自らが、今後どのようにふるまうのが適切なのかも、判断できます。今の取り組み方は、間違いではないと思いました。指定管理制度の導入、自治体予算の削減、機器の老朽化の問題など、さまざまな問題がプラネタリウムの運営につきまとっていますので、現場のスタッフの皆さんは大変なのではないでしょうか。
 気になったのは、デジタル化された現在のハードウエアの使い方です。本来は、従来のスライドでは表現できないような、立体的な映像をふんだんに使用することにより、天文・宇宙に関する情報をわかりやすく解説するために、使用することが目的の一つだったはずです。一方で、ドーム全体に映像を映し出すことができるので、それに特化したデジタルコンテンツも投影ができるようになりました。各館の最近の動きをみていると、後者が投影の主流になっており、それに生解説をプラスするというスタイルのようです。これも投影のスタイルですが、ダイナミックな3D映像を生解説の中で、ふんだんに使用したような投影なら、ぜひ見てみたいと思っています。
 ただし、システムには最初から、そのような機能が組み込まれているわけではありません。ショートクリップと呼ばれるコンテンツを組み合わせていくものだと思いますが、それらは使用してみると、帯に短し襷に長しという素材が多いことも事実です。3Dソフトを駆使して、それらを現場で作り上げる体制があればよいのですが、ハードルが高いと思います。自分が現役であったなら、どこまでやれるのかなと、思いを巡らせながら、話をうかがっていました。
 この新月の時期に天体写真を撮りに行く予定でしたが、天気が悪く断念しました。次の時期に持ち越しです。今日は、映像素材制作用ソフトウエアの数々のバージョンアップの作業をしています。
移動式プラネタリウム(フレンドリークラブ 千葉県八千代市 10月6日)
10月6日(日)
 グリーンハイツ八千代(千葉県八千代市)の入居者で構成されるフレンドリークラブが、マンション内の体育館を会場に、移動式プラネタリウム投影会のイベントを実施しました。今回が4年連続で4度目となります。今年もぜひと声をかけていただきました。嬉しい限りです。マンネリ化を防ぐために、毎年内容を変えています。
 今回は、秋の星座を投影したのち、投影の後半部でアイソン彗星の見え方などを中心に、彗星について解説しました。このコンテンツは9月4日に実施した、横浜市立大学のエクステンション講座で使用したコンテンツをベースに、移動式プラネタリウム用にリメイクした短縮バージョンです。彗星という天体について、移動式プラネタリウムの中で、小学校低学年のこどもたちに解説した場合、はたしてどのような反応を示すのか、とても楽しみにしていました。難しい題材であることは承知していましたが、それをどこまでやさしくかみくだいて解説できるのかが、腕の見せどころとなります。しかし、その心配は無用でした。こどもたちは食い入るようにスクリーンを眺め、私共の解説に耳をかたむけてくれました。短時間の解説の中に、動画をたくさん挿入したのが良かったのかも知れませんし、最後の部分で、彗星や小惑星の、地球への衝突にも触れた点に、興味をもってもらったのかも知れません。
 いずれにしても、これでまたひとつ、移動式プラネタリウムの投影の、レパートリーを広げることができたように思いました。このコンテンツは、アイソン彗星の今後の見え方に応じて、使用していく予定です。こどもたちと一緒に見ていた、主催者側の年配のスタッフの方が、「勉強になった。宇宙ってすごいものだなと思いました。」とコメントをくださいました。私共の移動式プラネタリウムの投影を見ていただいた、大人の観客の皆さまからのコメントとして、これは、最大のほめ言葉の一つと受け止めています。使用した素材の多くは、オリジナルの写真、静止画、そして動画です。今後もこのやり方で、さまざまな内容の投影を行っていきたいと思っています。常設館の投影に見られるような、テレビアニメの人気キャラクターなどは、一切使用せず、正面から、宇宙・天文に関する内容を、幼児・小学校低学年を中心とした観客の皆さまに、わかりやすく解説し、オリジナルの動画・静止画をふんだんに使用する投影が、私共の一貫した投影のスタイルです。
 運動会などと重なって、参加者がいつもより少なめだったことが、少し残念でした。
移動式プラネタリウム(日高市総合福祉センター 社会福祉法人日高市社会福祉協議会主催 埼玉県日高市 10月5日)
10月5日(土)
 埼玉県日高市の日高市総合福祉センターにおいて、10月5日(土)に移動式プラネタリウムの投影を行いました。「第9回 あいあいまつり」というイベントです。模擬店、フリーマーケット、乗馬体験など様々なプログラムが準備されましたが、移動式プラネタリウムもそのプログラムの一つとなりました。
 あいにく、1日中本降りの雨となりました。プラネタリウムのほうは5回ほどの投影でしたが、雨にもかかわらず、たくさんの方々にご覧いただきました。夏の星座、秋の星座を投影し、ペガスス座の星座神話を交えて解説しました。朝から断続的に強い雨が降っていたため、首都高速を越えるときに、いくつかの場所で事故渋滞が発生していました。そのままでは、設営の時間に遅れそうだったため、首都高速の本来のルートではなく、迂回して渋滞のないルートに回り、何とか時間通りに到着することができました。朝から、何となくちぐはぐな日でしたが、その状態は1日中続いてしまいました。
 投影のほうは、スムーズにいきましたが、撤収のときには、ほかのプログラムのスタッフとともに、一斉に撤収を行うので、少し混乱しました。帰りの時間帯も渋滞が予測されたため、圏央道から八王子・相模原経由で戻ってきましたが、これは誤算でした。町田の手前で大渋滞でした。首都高を通過したほうが、遠回りですが、早く横浜に着くことができたのではないかと思いました。ちぐはぐなときは、このようなものですね。
 後味の悪い1日でした。ただ、200回以上も各地で投影をさせていただいていれば、このようなケースもあるだろうと思います。気を取り直して、明日からの投影に頑張りたいと思います。
戦闘機からの砲撃
10月2日(水)
 生前の母が、晩年になって私に話してくれた母の体験です。聞いて驚きました。ただし、母も記憶が定かではない部分があり、いつ頃の話だったのか、当時の母は何歳だったのかもよくわかりません。多少の想像を交えて紹介します。
 当時の母は日立市か水戸市に住んでいたと思われます。太平洋戦争の真っただ中でした。この地域には、日立製作所の軍需工場などがあったため、日立市、現ひたちなか市等へ、アメリカ海軍が海から艦砲射撃を行っていました。中でも、戦争末期の2回にわたる日立空襲では、爆撃機B29や、アメリカ海軍第3艦隊による、海からの艦砲射撃により、大きな被害が出たようです。
 この話がいつ頃かは不明ですが、母が用事を済ませて家に戻る途中の出来事です。日本軍の戦闘機と一戦を交えた、米軍の追撃機が帰還する途中、1機の追撃機が上空から、その母の姿を発見しました。母をめがけて急降下を行い、残り玉を使って砲撃をかけてきたのでした。あわてた母は、急いで桑畑に飛び込み、一命をとりとめたということです。もし、この時、母が追撃機の餌食になっていたら、私たち兄弟は、この世に存在しませんでした。結婚した母は、戦後の混乱を生きぬきました。早くして父が他界したために、その後は、女手ひとつで、私たち兄弟を育ててくれました。
 私がこどもの頃、近くの防空壕の中でよく遊びました。空襲に備えるための、防空壕がしばらくの間、残っていました。今の「ひたちなか海浜公園」のある場所は、戦時中は旧陸軍の水戸飛行場であり、終戦後は「水戸射爆場」といって、立ち入りが禁止されていた区域です。アメリカ軍による航空機からの爆撃、射撃の訓練のために使用されていました。近隣の学校の校舎は、防音のため、窓ガラスは二重窓となっていました。私の家からは、海面の少し上を、戦闘機のパイロットの顔が判別できるくらいの至近距離で飛行する姿を、よく目撃しました。音速で飛行するため、戦闘機が行ってからしばらくたって、耳をつんざくような轟音がついていきます。ときどき、アメリカ軍の兵隊さんが、私の家の近くで、訓練のために野営するため、自宅に水などを貰いに来ていました。兵隊さんからチョコレートやガムなどを貰った記憶があります。
 このところ、母に育ててもらった、こどもの頃の記憶がしきりによみがえってきます。
移動式プラネタリウム(練馬区立大泉第2小学校 東京都練馬区 10月1日)
10月1日(火)
 東京都練馬区の大泉第2小学校で10月1日(火)に移動式プラネタリウムの投影を行いました。同校は今年で創立70周年を迎えるそうです。その周年記念フェスティバルが1日(火)にあり、そのプログラムの一つとして、移動式プラネタリウムの投影をさせていただきました。投影は午前中で終わり、午後からは別のプログラムに引き継ぐために、急いで撤収を行い、体育館を明け渡しました。1日4回の投影です。うち、3回が満席でした。
 今日は都民の日です。学校はお休みでしたが、たくさんの児童が見に来てくれたようでした。ほとんどの児童は、近隣のプラネタリウムを1度は見ているようです。多摩六都科学館、サンシャインプラネタリウムなどです。夏と秋の星座を中心に、西に傾いた、わし座の伝説を挿入しながら解説を行いました。
 準備はとてもあわただしいものでした。ハードウエアを搬入して、ドームを膨らませ、投影機をセッティングしたのち、制御用パソコンの電源を入れるとOS が立ち上がってきませんでした。何度か行ってみましたが、結果は同じです。原因を探っている時間がなかったため、急きょ、ビデオプロジェクターに映像を送っているパソコンのほうから、制御用ソフトを立ち上げ、投影機の電源を入れて星空を投影しました。このようなことも想定して、予備のパソコンからでも起動できるようにしておいたことが、今頃になって役に立ちました。
 横浜に戻ってから、原因を調べると、どうやら、パソコンに電源を送るコネクターが接触不良を起こしているのが原因のようでした。バッテリーも底を突いてしまったため、起動できなかったようです。パソコンを新しく調達しなくてはいけないと思いましたが、その必要はなさそうです。
 帰りは渋滞を覚悟しましたが、撤収までの時間が早かったため、渋滞に巻き込まれることもなく、スムーズに横浜に戻ることができました。午前中だけでしたが、あわただしい日でした。
仮設プラネタリウム(関市まなびセンター 岐阜県関市 9月28日から29日)
9月29日(日)
 この数日間はとても忙しい思いをしました。26日(木)に葬儀を終えて、その足で、実家から一度、横浜に戻りました。急いで、プラネタリウムのハードウエアを車に積んで、そのまま関市に向けて出発しました。横浜にいたのは、わずかに2時間でした。普通であれば夜明け前には、直前のサービスエリアに入り、明け方まで仮眠をとるのですが、今回はさすがに体が疲れていました。途中途中のサービスエリア、パーキングエリアに入りながら、仮眠を繰り返し、関市に到着したのは、午前8時過ぎでした。簡単な朝食をとり、27日の午後までに、12メートルドーム内にハードウエアを仮設し、そのままホテルに入りました。そこから先は、爆睡でした。
 日が暮れて、あたりが暗くなった頃、目が覚めました。ちょうどホテルの目の前の長良川では、小瀬(おぜ)鵜飼が始まっていました。部屋の窓からその様子がよく見えます。特等席でした。次の機会には、望遠レンズを持って行って、写真を撮りたいと思います。鵜匠がともす、かがり火を見ている間に、悲しくなって、涙がとめどなく流れてきました。
 当日夜9時の関市の星空を投影して解説します。投影の後半部はテーマ解説です。今回のテーマは「天の川の話」です。今回もオリジナルの静止画、動画、そして実写の写真を、たくさん使用しました。どのような切り口で、解説するか、コンテンツを作る際に、とても悩みましたが、結果的に良かったと思います。観客の反応は上々でした。ただ、28日(土)は市内の学校の運動会と重なったため、お客さまの数が、いつもよりも少なかったのが残念です。夜7時からの市民天体観望会には、天気が良かったため、たくさんの方々に参加していただきました。日曜日の午後の回になると、いつも通りのお客さまの数に戻りました。本当に少しずつですが、2年目にして、取り組みの効果が徐々に現れてきたように思います。
 投影が始まると、解説に集中できます。しかしながら、昼の部の投影が終わってから、夜の天体観望会までの時間がだいぶあります。考えるのは、生前の肉親のことばかりでした。
別れ(9月24日)
9月27日(金)
 またひとり、肉親を失ってしまいました。何の前触れもなく、9月24日(火)の未明に逝ってしまいました。その前日までは、普段通りの生活だったようですので、とても驚きました。連絡を受けて、すぐに実家に飛んで行きました。
 25日(水)に、ある研究機関の天文台を訪れ、研究者の方々からお話を伺えることをとても楽しみにしていたのですが、直前でキャンセルせざるをえませんでした。同行する予定であったお二人と、対応してくださる予定であった施設の皆さまには、大変なご迷惑をおかけしてしまいました。本当に申し訳ありあませんでした。移動式プラネタリウムのオファーがなかったのが、不幸中の幸いでした。こちらは、何があっても中止というわけにはいきません。事業を立ち上げた時から、その覚悟はできています。
 いつかは、このような日が来ることを覚悟していました。しかし、いざ現実に直面してみると、寂しさが拭いきれません。心の奥底にぽっかりと穴があいたようです。追い打ちをかけるような、悲しみの数々を、いつになったら忘れることができるのでしょうか。仕事をするためのモチベーションが、かなり低下してしまったようにも思っていますが、いつまでもそのような状態でいることが、許されるはずがありません。葬儀も滞りなく終わったので、気持ちを切り替えて、すぐに仕事に復帰するつもりです。私の心の中で、永久に生き続けてくれるはずですので、いつまでも悲しみの中に浸っている必要はありません。
 故人の意向を尊重して、家族葬としました。どなたにも連絡を入れませんでしたので、ご理解をいただきますよう、お願い致します。
ダイヤモンド富士(9月18日)
9月21日(土)
 国土交通省の定義によると、「富士山頂から太陽が昇る瞬間と夕日が沈む瞬間に、まるでダイヤモンドが輝くような光景が見られることがあり、この現象をタイヤモンド富士といいます。」とあります。また、この解説図も同省のホームページに掲載されています。
 毎年、春分・秋分の日の前後に、横浜から見る日没の太陽は、富士山頂に沈む瞬間があります。横浜からみると、富士山がほぼ真西の方角に位置するために、この時期に太陽は富士山の方向に沈んでいきます。
 カメラマンの被写体として、人気があります。私共は、わざわざ撮影ポイントに行かなくても、自宅からこの現象を見ることができます。しかし、仕事で撮影ができなかったり、撮影する体制をとっていたとしても、天気が悪かったり、太陽の沈む方向が富士山頂から微妙にずれていたりと、そのチャンスはなかなかやってきません。
 鳥取から戻ってきたのが17日ですが、その翌日は普通の生活のパターンに戻り、いつものように夕方の散歩に出ました。散歩を終えて戻ってくると、太陽が富士山の上のほうに見えていました。沈む角度から判断して、山頂に沈むように思いましたので、急いでカメラと望遠鏡を準備し、素早くセッティングを行いました。ほかに、カメラマンの方が2名ほど。
 太陽の光を減光する、NDフィルターを装着する暇もなく、太陽が山頂に接近しているため、カメラの感度を最低にし、シャッタースピードを最速として、撮影しました。運の悪い事にカメラのバッテリーが底を尽きかけていましたが、数枚ほど何とか撮影することができました。いつも、カルシウムK線での太陽の撮影に使用している、BORG100ED屈折望遠鏡(焦点距離640mm)とEOS5D Mark2の組み合わせです。ただし、このカメラは、天体写真撮影用に、赤外カットフィルターを除去した改造機です。そのまま撮影すると、風景は赤みがかった色合いになるため、撮影後に、PHOTOSHOP CS5で色調整などを行っています。
 ダイヤモンド富士が撮影できたのは、21012年3月25日以来2度目ですが、前回のほうが状況が良かったように思います。今回は、太陽が少し南側にシフトしていました。ちなみに、前日の太陽は、この場所では、富士山頂のやや北の斜面に沈んだとのことでした。撮影できただけでも運が良かったと思います。この写真の状態も、ダイヤモンド富士の定義を満たしているようです。このところ、毎日天気が良いので、富士山がきれいです。
 さて、写真を拡大してみると、富士山頂の剣が峰の、富士山測候所の跡地の、白いドームが撤去された建物までもが映し出されていました。画像の解像度から判断して、富士山頂において、「お鉢めぐり」をする登山者の姿をとらえることができるのではないかと思っています。来年の夏の登山シーズンに、撮影に挑戦してみるつもりです。望遠鏡の焦点距離を、もう少し伸ばしたほうが良いかも知れません。

写真のデータ 2013年9月18日 17時32分 BORG100ED f640mm EOS5D Mark2(赤外カットフィルター除去) ISO100 1/8000sec
中秋の名月(9月19日)
9月20日(金)
 中秋の名月の昨日はとても良い天気でした。外気温も快適で、気持の良い夜でした。満月の写真は、あまり撮影しませんが、このところ、太陽以外に、月の写真撮影にも取り組んでいます。
 昨日と一昨日と、朝は太陽を撮影し、夜になると月を撮影しと、大忙しでした。急ぎの仕事が入っていないため、このようなことができるようになりました。
 デジタル一眼レフカメラで撮影した月は、かなりストックがありますが、いま取り組んでいるのは、太陽の撮影と同じ方法を月でも試みています。
 動画を撮影して、スタッキング処理し、それをモザイク合成するという手順です。撮影から、画像処理までは、かなりの手間と時間がかかります。太陽は、白黒画像で、全く問題ありませんが、月には、その表面にも微妙に色が付いているので、RGBフィルターを利用して、カラー化します。上の写真は、そのようにして撮影しました。4セットの写真をモザイク合成しています。すなわち、合計で12シーンの動画が必要となります。その都度、RGBフィルターを回転させながら撮影します。途中で雲などが出ると、露出が変わってしまって、うまくモザイク合成できませんので、かなりリスクを伴います。しかしながら、完成した写真は、目を見張るような解像度となります。また、改めてみると、月面にも微妙な色彩があることがわかります。
 現在、クレーターの拡大写真の撮影にも取り組んでいますので、ストックがたまった時点で、このホームページに「月面写真集」を掲載する予定でいます。今日は現在撮影中の写真の中から、中秋の名月を紹介させていただきました。撮影データは下記のとおりです。なお、写真は無断転載を禁じます。

中秋の名月
2013年9月19日21時28分から21時39分 BORG125ED DMK41AU02AS 1/250sec 15fps×20sec×12シーン 
Avistack2で画像処理。ステライメージ7でカラー合成、photoshop CS5でモザイク合成、トーンカーブ調整等
移動式プラネタリウム(鳥取砂丘こどもの国 鳥取県鳥取市 9月14日から16日)
9月18日(水)
 
鳥取砂丘こどもの国 多目的ホール 出雲大社 鳥取砂丘

 初めて鳥取県を訪れたのは、2011年の9月でした。倉吉市にある鳥取県立倉吉未来中心という施設で投影をさせていただきました。その折に、以前から一度見たいと思っていた鳥取砂丘に立ち寄りました。そのときの様子を、このプラネタリウム雑記の2011年9月14日のところでレポートしています。こちらにアクセスしてから、9月14日の日付のところをご覧ください。
 あれからちょうど2年が経過しました。まさか、その砂丘に隣接した施設から、移動式プラネタリウムの投影のオファーをいただくことになるとは、夢にも思いませんでした。施設の名前は、以前から知っていました。なぜなら、この施設には平成11年頃までプラネタリウムがあったからです。当時の写真を見るとミノルタ製の投影機で、収容人数は120名です。
 9月14日(土)から16日(月、祝)まで、鳥取砂丘こどもの国で移動式プラネタリウムの投影をさせていただきました。こどもの国40周年記念の冠がついたイベントです。1日6回、3日間で合計18回の投影をさせていただきました。今回は、夏から秋の星座を中心に投影・解説を行いました。9月19日が中秋の名月ですので、投影の後半では月について解説しました。施設のスタッフの皆さまも、はたして、どのくらいのお客さまが来てくださるのか、心配されているようでしたが、それは、取り越し苦労に終わりました。3日間で合計18回投影をさせていただいた中で、11回が満席となりました。ほかの回も、満席に近い状況でした。
 施設の性質上、雨が降ると客足が鈍るそうです。台風18号の影響で、15日は1日中、本降りの雨、16日も午前中から徐々に天気が回復してきたものの、上空は強風が吹いていました。それでも15日は、満席の回が2回、ほかの回もそれに近い状況、16日も朝1回目が少し少なかったものの、あとは、満席の状況でした。参加率の高さには、スタッフの皆さまも驚かれた様子でした。プラネタリウムを設営させていただいた場所は、多目的ホールです。室内がある程度暗くなるうえに、ドームの半分を遮光カーテンで覆うことができたため、投影環境としては、最高でした。美しい星空を投影することができました。観客の皆さまは、比較的おとなしい方が多く、ジョークを交えても反応があまり帰ってきませんでした。地域性のように思います。どちらかといえば、北関東で投影をさせていただく場合に、その反応が近いように思いました。
 横浜を出発したのは、12日(木)の夜です。夜通し走って出雲大社まで行きました。御本殿の御修造が終わっていました。3年連続で、参拝をしましたが、御本殿を見たのは、これが初めてです。屋根のあたりが緑色をベースにした美しい色彩で、その堂々としたたたずまいに感心しました。参拝ののち、米子を経て、鳥取市に入りました。途中で、白兎海岸にも立ち寄りました。こちらも3回目です。誰もいない、今頃の海は雰囲気があってとても良い感じです。
 復路は大変でした。台風18号の被害で、通行止めの区間があったり、出口が閉鎖されていたり。また、タイミングが悪いことに、この時期に工事が重なっていたりです。鳥取自動車道を抜けて中国自動車道と合流する佐用ジャンクション付近、宝塚付近、吹田ジャンクション、草津ジャンクション、甲賀土山から四日市ジャンクションまでが大渋滞でした。鳥取市を夕方5時に出て、本来であれば、夜明け前に横浜に到着している予定でした。しかし、渋滞で疲れて、新東名の浜松サービスエリアで力尽きました。気が付いたら2時間も車の中で寝てしまっていました。急いで、出発して、横浜にたどり着いたのは、午前8時過ぎでした。しかし、各地に被害が出ている状況の中で、足止めにならなかっただけでも、助かったと思っています。
 40周年記念という冠のついた事業ですので、今後再び、投影をさせていただけるとは思っていませんが、機会があれば、また行きたいと思います。施設のスタッフの皆様には、大変お世話になりました。ありがとうございました。
うどん専門店
9月11日(水)
 今年4月に、私共の自宅の近くに、讃岐うどんの専門店がオープンしました。直営多店舗展開を行っている専門店で、セルフ式讃岐うどん専門店として、業界のトップリーダーの系列のお店です。オープン当初は混雑していたため、しばらくしてから行ってみました。ただし、その時点でもスタッフがまだ不慣れなようで、オペレーションに少し問題があるように思いました。私共は早めに行ったため、待たされることはありませんでしたが、あとから来た客の多くが並んでいました。最近では、お店の前を通過すると、並んでいる客も少なくなったようで、オペレーションにも慣れてきたのでしょう。
 移動式プラネタリウムの投影のために、日本各地に出向きます。お昼ごはんや夕食は、その都度、地域のお店に入って、できるだけ地元の名物と呼ばれるものを食べるようにしています。ただ、食事をするお店の情報まで、事前に調べていっているわけではないので、当たり外れがあります。食事といっても、ほとんどの場合が、B級グルメと呼ばれるジャンルに入るものです。フルコースのディナーなどは、最近ではめったに食べることがありません。年をとると、簡単なもので充分なように思います。
 四国、九州方面に行く場合に、必ず食べるのがうどんです。以前、「秘密のケンミンSHOW」という日本テレビ系列の番組で、武田鉄矢さんがインタビューに答えていました。それによると、福岡はラーメンが有名ですが、地元の人々が好んで食べるのが、うどんだそうです。確かに、これまで福岡に行った時に食べていたのは、ラーメンが多かったように思います。
 7月に福岡県築上郡築上町に行った折、夕食はうどんを食べました。出張に行ったときに何を食べたかは、ほとんどの場合、覚えていません。しかし、ここで食べたうどんは別格でした。北九州市や、その周辺に店舗を展開する、飲食チェーン店が経営するお店です。サイドメニューのおでんは、季節を問わず、提供されているようです。そのお店でオーダーしたのは、ごぼう天がトッピングされた、うどんでした。またほかに、とり五目のおにぎりをオーダーしました。出汁は甘めでしたが、それまで食べたことがないような出汁で、とても美味しいものでした。麺のコシはどちらかといえば、やわらかめだったように記憶しています。久しぶりにおいしいうどんに出会ったように思いました。価格も安めの設定で良いと思いました。
 昨年の11月末に、土佐市で投影をさせていただいた折に、金刀比羅宮に立ち寄りました。その門前町で食べた、肉うどんもまた、とてもおいしいものでした。出汁は甘めでしたが、麺のコシの強さは、さすがに讃岐うどんです。充分に満足でした。
 実は、私共の第2の故郷ともいえる、宮崎もまた、うどんの名店がたくさんあります。宮崎のうどんは、麺のコシが柔らかいのが特徴です。出汁はどちらかといえば、塩がきいていて辛めですが、色が薄いのが特徴です。このうどんを食べてしまうと、関東のうどんは食べれません。おにぎりや、おいなりさんと一緒に食べる人がほとんどです。昔から、セルフ形式です。値段が安いのもありがたいことです。
 はじめて宮崎を訪れたとき、うどんの安さに驚いたものです。天ぷらうどんが、当時の値段で300円足らず。うれしくなりましたが、肝心のエビの姿がどこにも見当たりません。関東でいうところの「さつま揚げ」のスライスが、何枚かトッピングされているだけでした。宮崎では、関東でいうところの「さつま揚げ」のことを「てんぷら」と呼び、本来の「てんぷらうどん」は、「えび天うどん」と言います。面白いですね。
 日南市飫肥(おび)地区には、名物の「飫肥天」があります。イワシ、アジ、トビウオなど、日向灘の近海で取れる大衆魚をすり身にして、豆腐を混ぜ、味付けにみそ、しょうゆ、黒砂糖を加えて、油で揚げるものです。さつま揚げに似ていますが、それに比べると食感は柔らかめで、とても美味しいものです。ちなみに、さつま揚げも、地元鹿児島で食べるものは、関東のスーパーなどで販売されているものとは、味のレベルが違います。美味しいです。もし、この地域を旅することがあれば、日南市と鹿児島市で、ぜひ食べ比べてみてください。
 さて、このようなテーマで、だらだらと述べることができるようになったのは、仕事が少し暇になっためです。今年の夏休み期間のような、とてもタイトなスケジュールで仕事をこなすよりも、現在のペースのほうが、私共の性格に合っているように思います。
 写真は昨年11月末に、金刀比羅宮の門前町で食べた、肉うどんです。フィルムカメラ時代であれば、撮影しませんが、コンパクトデジタルカメラなら、場所を選ばずですね。
移動式プラネタリウム(安曇野スイス村サンモリッツ あづみ野テレビ株式会社主催 長野県安曇野市 9月8日)
9月9日(火)
 あづみ野テレビフェスタというイベントの中で、9月8日(日)に移動式プラネタリウムの投影を行いました。あづみ野テレビの創立30周年、開局25周年記念のイベントです。ディズニープリンセス ドリームワールド、ステージイベントなど、多彩なプログラムが準備されましたが、その中で、「HAYABUSAと日本の宇宙開発展&プラネタリウム」というイベントがサンモリッツの中ホールで展開され、そこでの投影となりました。1日5回の投影でしたが、そのうちの3回が満席でした。午後まで本降りの雨となりましたので、全ての回が満席にならなかったのは、いたしかたないでしょう。雨にもかかわらず、たくさんのお客さまが来られたようでした。
 夏の終わりの星座を中心に投影して、わし座の伝説を解説の中に挿入しました。また、当日は夕方空が晴れると、土星、金星、スピカ、月が接近して西の空に見えている日でしたので、夜9時の星空で解説したのち、時間を7時30分に戻して、その見え方についても解説しました。
 栗原市での投影を終えて、午後2時過ぎに出発しました。安曇野まで約600キロです。宿泊先は、9月8日のイベントに関連するスタッフの多くが宿泊しています。途中、トイレ休憩も早々に済ませて、安曇野まで車を走らせました。天気が次第に雨模様に変わりました。それも本降りです。視界の確保が難しい状態での、走行となりました。東北自動車道の、岩舟ジャンクションから北関東道に入り、高崎から藤岡ジャンクション経由で、上信越道、更埴ジャンクション経由で、長野自動車道に入り、安曇野に向かいました。600キロを一気に走り切ったため、さすがに疲れました。
 チェックインを済ませたのち、そのまま床に入り、明け方まで爆睡でした。イベント当日は、朝6時30分から設営開始です。まるで、夏休みの再現のようなスケジュールとなってしまいましたが、すべてが順調に進んだため、ほっとしています。
 今日は、朝から太陽面の撮影をと思いましたが、雲が多く、眼視で太陽をチェックしただけで、撮影は断念しました。大きな黒点も出ていないようでした。ほかの波長での太陽は、チェックしませんでした。少し疲れが出ていますが、仕事もたまっているので、そのまま仕事に入っています。午後も、そのまま仕事を継続することになるでしょう。
移動式プラネタリウム(アスパル・わかやなぎ 社会福祉法人栗原市社会福祉協議会主催 宮城県栗原市 9月7日) 
9月9日(月)
 宮城県栗原市のアスパル・わかやなぎ(若柳総合体育館)において、9月7日(土)に移動式プラネタリウムの投影を行いました。「ボランティアとこどもの祭典」というイベントです。主催は社会福祉法人栗原市社会福祉協議会です。人形劇、若柳よさこい桜など、さまざまなプログラムが用意されました。移動式プラネタリウムもそのプログラムのひとつです。
 地域の様々な人々が交流して、絆を深め、共に支え、助け合い、共に生きる地域づくりを目指すという目的で開催されました。栗原市は、平成20年岩手宮城内陸地震、平成23年東日本大震災と2度の大地震を経験しています。内陸地震では国内最大の地滑り、東日本大震災では国内最大の震度7を経験した地域です。これらの災害から地域が復興し、こども達が元気になるようにとの思いが、このイベントの実施の背景にあるようでした。
 当日は3回ほど投影をさせていただきました。全て満席の大盛況でした。しかしながら、いくつかの理由により、私共としては、満足な投影ができていなかったように思います。投影終了後に、少し反省しました。夏の終わりの星空を投影し、わし座の伝説を解説に挿入しました。
 札幌での投影を除くと、移動式プラネタリウムの投影の北限を更新しました。本州での投影としては、今回が最北となります。往路は、前日出発として、のんびりと行きましたので、距離の遠さはあまり感じませんでした。しかし終了後に、その足で長野県安曇野市に向かったため、復路はかなり距離があるように感じました。また、機会がありましたら、投影をさせていただきたいと思っています。
エクステンション講座(「彗星とはどのような天体か」 横浜市立大学金沢八景キャンパス 9月4日)
9月4日(水)
 横浜市立大学の金沢八景キャンパスにおいて、9月4日(水)にエクステンション講座を開催しました。同大学の非常勤講師の立場での講座です。「彗星とはどのような天体か」というテーマです。11月末から12月にかけて明るくなるとみられるアイソン彗星を中心に、彗星に関して、さまざまな側面から解説を行いました。
 この時期にアイソン彗星の話題は時期が少し早いかな・・・とも思っていました。まだマスコミに取り上げられる時期ではないからです。参加者も少ないだろうと思っていましたが、定員ほぼいっぱいで、教室は満席に近い状況でした。アイソン彗星に関して、興味を持たれている方々が多いことの表れでしょう。ただ、平日の午後の講座であったため、参加された方は、年齢層が高かったように思いました。
 今日の横浜は、湿度が高くてむしむしと、とても暑い1日でした。大学まで行くのに、最寄りの駅まで徒歩で行って、それから電車を2本乗り換えますが、それだけで大汗をかきました。
 エクステンション講座は90分間の講座です。解説に使用するコンテンツは、6月末までに完成させておいたものです。夏の移動式プラネタリウムの日程がタイトで、制作している時間が取れないことが予想されたためです。昨日、そのコンテンツを見直し、最新の情報を加えて、本番に臨みました。なぜ、このような作り方をしたのだろうか・・・と思う個所もありましたので、それも修正を行いました。
 解説のほうは、ほぼ時間どおりに終了することができました。コンテンツのほうも、適切な長さになっていました。これまでの経験が生きました。エクステンション講座で解説をさせていただくのは、これが3度目です。終了後に、参加者の皆さんにアンケートに記入していただき、事務局のほうで回収します。少数ですが、手厳しいコメントもあります。他の講師の先生に伺ってもそのよな感想だそうです。学生を相手にするよりも大変なのかも知れません。そのくらい、参加者の皆さんの学習意欲が高いということなのでしょう。
 手厳しいコメントを頂戴するために、この講座を担当させていただいている部分もあります。長い目で見ると、それが自らのレベルアップにつながるためです。事務局の担当者の話では、私共の講座は評判が良いとのことでしたので、少し安心しました。それでも、今日の解説とコンテンツの出来栄えは、自己評価としては80点でしょうか。また、機会がありましたら、講座を開催したいと思います。
太陽黒点のベストショット(9月3日)
9月3日(火)
 相変わらず暑い日が続いています。9月に入って少し時間が確保できるようになったので、夏の間、中断していた太陽面の撮影を再開しました。今日も午前中に太陽面の撮影を済ませました。直視することはありませんが、それでも暑さの源である太陽面を撮影するのですから、開始してから、わずか数分で汗だくになります。
 とくに大きな黒点が出ているわけでもないので、撮影しなくても良いのですが、それでは、一日が始まりません。太陽面の状態を自らの目で確かめてからでないと、すっきりして仕事に入ることはできません。
 黒点の撮影のためのセッテイングを行っていると、突然、気流の状態がとても良くなりました。パソコンのモニターで見ても、粒状斑がびっしりです。多分良い写真が撮れているだろうと思い、すべての仕事を片づけてから画像処理に取り組みました。その時間は、すでに午後10時を回っていました。いつまで仕事をしているのでしょうね。
 得られた画像をここに紹介します。これまでのベストショットです。個々の粒状斑の個性が判別できるレベルです。これでやっと海外の観測者たちと肩を並べることができます。
 あとは、このような写真を量産するだけですが、そうはいっても気流の状態がいつも良いわけではありません。このような写真が得られるのは、年に数回もあれば良いほうでしょう。
 撮影機材で、少し気になる場所もあるので、それをさらに改善することにより、あと一歩、クオリティーの高い画像になるのではないかと期待しています。詳しいデータは、こちらをご覧ください。
日帰り温泉(箱根 9月2日)
9月2日(月)
 忙しかった夏の疲れをとるために、今日は、仕事を休みとして、箱根まで車で往復しました。1年に1度程度、箱根の観光ホテルの温泉につかります。今日は朝から休みモードに入っていました。頭も体も切れが良くありません。さすがに夏の疲れがどっと出てしまったようです。
 車に乗り込もうとした時にやってしまいました。「あっ・・・!」と思った瞬間に、腰が曲がったまま、かたまってしまいました。腰のあたりに激痛が走ったようです。夏の間、あれだけ、プラネタリウムのハードウエアを車から出し入れして、なんともなかったのに、今日は、運転席に乗り込もうとしただけで、やってしまいました。気がゆるんでしまったのでしょうね。週末までに治らないと大変なことになりますので、湿布薬を貼って寝ることにします。
 昼間から露天風呂に入り、木々の緑を眺めながら、のんびりとした時間を過ごしました。お昼は、ホテル自慢のバイキング料理です。それぞれの素材が良いものを使用しているので、とても美味しいものでした。温泉から出るときに、念のため体重計に乗りましたが、夏の間に、体重が少し増えてしまったようです。たぶん、生活が不規則になったことと、出張が多く、暑かったため、日課である散歩を省略したのが原因でしょう。これからしばらくは、弱った足腰のリハビリをしなくてはいけません。
 西湘バイパスを往復しました。仕事で頻繁に利用するバイパスですが、今日は、少しばかり景色が違って見えました。空の透明度も良く、伊豆大島まで良く見通せました。
 もうすぐ、東日本大震災から2年半が経過します。震災で壊滅的な被害を受けた、先祖代々大切に受け継いできたものの修復がやっと終了して、先日現場を見てきました。完璧に修復できたわけではありません。破壊された部分は、そのまま接着剤で固定されています。しかし、ここまで修復できていれば、ご先祖様も納得してくれるのではないでしょうか。胸のつかえが少し取れたように思いました。被災した兄弟の家も、修繕が終わったようでした。しかし、被災したことによる、心の傷は、そう簡単には癒されません。まだまだ時間がかかりそうです。
 その2年ほど前に、私共と親兄弟は、とてもつらい思いをしました。世の中にこんな残酷なことがあってよいのだろうかとも思ったくらいです。記憶の中から消し去ることなど、とてもできませんが、皆が精神的に落ち着きを取り戻した頃に、震災が追い打ちをかける形となりました。これから先も、どのようなことが待ち受けているのかわかりませんが、その日その日を大切に生きることを、これからも忘れないようにしたいと思っています。
 現場を見てきた折に、納豆をいただいてきました。工場直販のものです。さまざまな納豆がセットになって、段ボールの中に入っています。藁で包まれたものもありました。夕食時などにいただきましたが、それは、こどもの頃に食べさせられた納豆の味、そのものでした。こどもの頃は、納豆やキノコ、そして、刺身などが大嫌いでした。今は、どれも好物です。
 食べながら、こどもの頃の食卓を思い出していました。薪釜で炊いたご飯に、みそ汁、手作りの海苔に塩引き、近くで養鶏を営んでいる家から毎朝分けてもらう卵、今思えば、極めて贅沢な朝ごはんですね。朝は食欲がなく、ほとんど手をつけたことがありませんでした。豊かな生活とは、何なのか。ホテルで、おいしいバイキング料理を食べながら、今日もそんなことを考えてしまいました。
 明日から、また、少しずつ集中力を高めて、仕事全開のモードに入ります。

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