投影日誌

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SPACE BATTLESHIP ヤマト
12月1日(水)
 11月22日のところで書いたとおり、公開初日の今日の夕方、仕事を早めに終わらせて近所の映画館で見てきました。最初の数分間で映画の世界に引き込まれてしまいました。事前にお話を伺っていましたが、それでも結局どこまでがセットで、どこまでがCGかよくわかりませんでした。宇宙空間でのシーンの多くは、CGだと思いますが、クオリティーが高くてそれを感じさせませんでした。
 随所に出てくる戦闘シーンは圧巻でした。スピーディーで、メリハリがきいており、このようなカメラワークで表現するのかと思う場面がたくさんありました。そしてなおかつ美しかったです。ハリウッドのそれと比較しても、全く遜色ありませんでした。日本映画のCGもついにここまで来たのかと思うと、感慨無量でした。(・・・て、私は映画評論家か!)
 CGクリエイターのひとりとして、とても刺激されて帰ってきました。いつになったら、あのレベルに到達できるのでしょうね。私の年齢だと、その前に終わってしまそうです。
 私は「ヤマト」の世代ではありません(鉄人28号やエイトマン、鉄腕アトムなら良く知っています)。断片的にしかテレビなどではみていませんでした。「ヤマト」とは、あのようなストーリーだったのですね。
クリスマスラウンド
12月1日(水)
 とうとう12月に入ってしまいました。手帳に記したスケジュールを見ていると、気が引き締まる思いです。クリスマス関連のイベントが多いからです。中には再び長距離を走らなくてはならない地域もあります。車のカーナビがオイル交換の時期を知らせています。つい先日オイル交換を行った気でいましたが、それからすでに5000キロ以上を走ってしまいました。昨日オイル交換を済ませました。エンジンのファンベルトのキュルキュルという音も気になっていたので、ヒビなどがないかどうかも確認してもらいましたが、こちらは大丈夫でした。
 最近では、沖縄や北海道からもお問い合わせをいただきます。「沖縄でも来ていただけるのですか?」、「北海道の病院からですが、こちらまで来てもらうことはできますか?」・・・「はい、どこまでも行きます。ただ、投影料金より交通費のほうが高くなりそうですよ。」・・・「では検討させていただきます。」・・・まだ実現していませんが、交通費をできるだけおえて、何とか実現できればと思っています。
 同時進行で、新春のイベントに関しても詳細を打ち合わせ合わせ中ですが、ほかにも公共機関から依頼されている委員の仕事などもあり、あっという間に正月になりそうです。時間を有効に使っていかなくてはいけませんね。散歩中にカワセミの良い撮影ポイントを見つけてしまいました。・・・カワセミの撮影に行っている場合か!
ワークショップ
11月29日(月)
 今日はFMおだわらの「小田原星空ミュージアム」12月放送分の収録を行いました。1か月分をまとめて収録するので少し疲れました。先のNHK−FMの収録時の反省にもかかわらず、また同じような癖が出てしまいました。なかなか修正できませんね。・・・ま、いいか。次回また頑張ります。ふたご座流星群、皆既月食、はやぶさの微粒子、そして年が明けてすぐのしぶんぎ座流星群などの話をしました。
 12月に入ると、かなり忙しくなります。そんな中で、横浜市内の某所で予定しているイベントは、四角い部屋にメガスターゼロの星空を投影することに加えて、プラネタリウム関連の手作りワークショップも行います。事前申込制ですが、果たしてどのくらいの応募者があるのか不安でした。しかし今日、その施設のホームページを見て驚きました。たくさんの応募があり、すでに締め切ったとのことでした。ありがたいことです。最近では、このようなワークショップに関する問い合わせも増えてきているので、移動式プラネタリウムとともに、ワークショップも一緒に提案させていただくことが多くなってきました。
 11月24日と25日のところで書いた女性からメールがきました。彼女がこどもの頃、私は横浜こども科学館に勤務していました。当時、私のプラネタリウムの解説をよく聞いてくれていたそうです。その彼女が、今では現役バリバリのプラネタリウム解説者に成長しました。嬉しい話ですね。すでに業界の中心メンバーとして、いろいろなところで活躍しています。今後も応援していきたいと思っています。
 山崎監督、最近テレビによく出ていますね。「SPACE BATTLESHIP ヤマト」まもなく公開です。私の頭の中では、すでに先日の収録時に聞かせていただいた音楽が流れています。
スカイプラネタリウム内覧会
11月25日(木)
 私どもが移動式プラネタリウムで使用している投影機「メガスターゼロ」のご本家である、大平技研の大平貴之氏が総合プロデュースをした「スカイプラネタリウム」が11月26日(金)から来年の2月13日(日)まで、六本木ヒルズ、森タワー52階の森アーツセンターギャラリーで開催されます。今日はその内覧会があったため見てきました。
 ネタばらしになってしまいそうなので、詳しいことは書きませんが、カップルで行ったらさぞかしロマンチックだろうなと思いました。もちろん、ひとりで行っても(ロマンチックな気持ちにはならないでしょうが)楽しめると思います。メガスター投影機も稼働していました。さすがに私どもの上位機種だけあって、星空のクオリティーはさすがです。思わず、欲しいと思ってしまいました。ただし、私どものエアドームに使用すると、星空を分割している部分のマスクが目立ってしまうかどうかの、ぎりぎりの投影距離になりそうなので、適しているとは言えません。メガスターゼロでも、今のエアドームにはオーバースペックなのに、その上の機種を見て欲しくなってしまうのは、解説者としての血が騒ぐからでしょうね。
 ついでにスカイデッキまで上がって、東京の夜景を見てきました。ここから見た東京の夜景は圧巻です。なぜか、昨年上海で見た夜景を思い出しましたが、それに負けずとも劣らずといったところでしょうか。デッキで夜景に見入っていると、少し遠くから私に「こんにちは」と声をかけてくる女性がいました。下の11月24日のところで書いた女性でした。思わず「何でまた、あなたがここにいるの・・・???」。 
 森タワー内のイタリアンレストランで夕食をとりました。外国の方などもたくさんいらっしゃってワイワイと楽しそうな雰囲気そうだったので、それにつられて入ってしまいました。少し奮発してしまいましたが「たまにはこんなぜいたくがあってもいいか…」と考えたからです。おいしかったです。周りのテーブルは外国の方が多く、食後の会計もテーブルで行います。まるでアメリカのレストランで食事をしているようでした。明日からは、また質素に粗食を続けたいと思います。贅沢するのは時々のほうが、ありがたいという思いが強くて良いと思います。
予知能力?
11月24日(水)
 昨日、相模原市立博物館でプラネタリウムの解説を終えての帰り道の出来事です。「そういえば最近、こういう場面に遭遇しないのは、自分がそれを利用する頻度が減ったからなのかな・・・?」などと考えていた矢先、ものの5分もたたないうちに、その場面に遭遇してしましました。やれやれ、これで大幅に時間をロスしそうだな、などと思いながら関係者の対応ぶりを見ていました。
 以前に比べると対応がずいぶん改善されたと思いますが、利用者からみると、なぜ?と思う部分もたくさんありました。しかし、対応している側からすれば、イレギュラーなことをやっているのだから、全てを満足させることなどできないのだろうな・・・などと勝手に想像をめぐらせていました。イライラていましたが、少し冷静になって、自分が逆の立場に立たされたらどう対応するかを考えた時、イライラした気持ちは吹き飛んでしまいました。
 時々、頭の中で考えていたことが数分後、数時間後に現実になるのはどなたも時々経験することでしょう。瞬間的に、これは?と思った時、それが後になってあのタイミングで、こう判断しておけばよかったとか、逆に、あの時の判断は正しかったなど、さまざまです。そういえば11月20日のところで紹介した「コロボックル物語」のシリーズの中にも、予知能力を持ったじいさまの話が出てきます。
 昨日は、前からお会いしたいと思っていた方と偶然にも名刺の交換をさせていただきました。その時、傍らにいた女性から「こんにちは」と声をかけられ、そちらをふりかえってびっくりです。思わず「何であなたが、ここにいるの・・・??」。いろいろなことがあった一日でした。
トーキング ウィズ 松尾
11月22日(月)
 昨日の日曜日に上記の番組がNHK-FMから全国放送されました。司会は松尾貴史さん、佐藤寛子さん、ゲストは山崎貴さん、そして私です。NHKのスタジオに移動式プラネタリウムを持ち込み、ふだん行っている解説の冒頭の部分を放送で流していただきました。また、山崎監督の12月に公開される「SPACE BATTLESHIP ヤマト」の撮影中の話や、私がプラネタリウムの仕事をするきっかけとなった話など1時間45分の番組です。
 放送終了後、たくさんの方々から電話やメールをいただきました。ふだん通りの私が出ており、良かったとのコメントでほっと一安心です。ラジオから流れる自分の声には、FMおだわらの「小田原星空ミュージアム」の毎週の放送でだいぶ抵抗がなくなりました。しかし、今回の放送をよく聞いてみると、不要な言葉を何度も繰り返していたりして、まだまだだなと感じました。
 山崎監督には「SPACE BATTLESHIP ヤマト」必ず見ます。と約束をしました。昨日、近所の映画館でチラシをもらってきましたが、どこまでが実写でどこまでがCGかが判別できないほどの質感のチラシでした。今からとても楽しみです。
 放送終了後の裏話、エピソードがNHKのホームページに掲載されています。こちらからご覧ください。
だれも知らない小さな国
11月20日(土)
 身長が3センチ程度しかない小さな人々「コロボックル」と、主人公である電気技師がその小国の味方となり、さまざまな出会いを重ね、それぞれが成長していく心あたたまる物語です。横須賀市出身の作家、佐藤さとる氏の作品で全5巻と別巻からなる「コロボックル物語」シリーズです。「だれも知らない小さな国」はその最初の作品です。20代の頃これらの作品と出合い夢中で読みました。
 NHK−FMの番組「トーキング ウィズ 松尾堂」に出演する際、お勧めの本を2冊紹介してください。と言われました。いろいろ考えたすえに、1冊はこの本を紹介させていただくことにしました。今でも私の心の片隅に大切な物語として残っています。あれから30年近くが経過して、この出来事がきっかけとなり、久しぶりに本を手に取ってみました。数ページも進まないうちに、その物語の世界へと引きづり込まれてしまいました。
 主人公とコロボックル達との出会いの場面、そして女の子との出会いの場面、さらには主人公とその女の子が大きくなって再開する場面など、読み進めるうちに、涙がこぼれてきました。まるで自分が主人公となり、彼らと出会っているかのようでした。数日間のうちに4巻を読んでしまいました。あとの2巻も近日中に読んでみようと思っています。
 このような独特な世界観を展開できる作者の感性には、目をみはります。また、随所に挿入されている村上勉氏のイラストも個性あふれる素晴らしいもので、物語をさらに引き立てています。30年が経過した今、これらの作品を読んでも、まったく色あせていませんでした。とても心あたたまる気持ちになると同時に、自らも残された時間を精一杯、創作活動に専念しなくてはいけないな、と思いました。
 「トーキング ウィズ 松尾堂」は、明日全国放送されます。
電子メールの威力
11月19日(金)
 今日は朝から打ち合わせが2件入っていました。12月から1月にかけての移動式プラネタリウムの打ち合わせが立て込んでいて、そのうちどれがどの話か、わけがわからなくなりそうなので、手帳とファイルに整理しています。これが意外と時間がかかります。
 この「プラネタリウム雑記」で時々紹介している、フィリピンのセブ島に在住中の阿久津富夫氏は、世界的な惑星観測者としても知られています。いつもメールで素晴らしい写真を送ってくれます。その阿久津氏に用事がありメールを送りました。彼はメールのレスポンスがとても早いので、時差を配慮しても今夜のうちには返事が来るだろうと思っていました。その間に、何件かの見積書を作成して郵送の準備ができたころ、再度メールを開いてみると返事が来ていました。その間わずかに2時間です。メールの威力ですね。
 最近はCG制作の時間があまり確保できていません。これから月末にかけて制作途中のCGに取り組むことにしています。CGも途中で中断すると、中断した部分がどこなのか、そして何を作ろうとしていたのかまでわからなくなってしまいます。パラメーター設定などがきわめて複雑なためですが、忘れ物が激しくなっている脳の活性化には役に立っているのではないかと思います。CG制作の活動は絶対やめません。(←自分に言い聞かせています)。
移動式プラネタリウム(帝京大学宇都宮キャンパス 11月14日)
11月15日(月)
 帝京大学宇都宮キャンパスの学園祭で、移動式プラネタリウムの投影をさせていただきました。天文部からの依頼によるものです。5メートルドームを使用して4回ほど投影をさせていただきました。投影時間や料金の設定などがもう少し工夫されれば、全回満席になったのではないかと感じました。少し残念です。
 会場の都合で、搬入が朝早かったため、夜のうちに横浜を出ました。APECの関係で、横浜・羽田空港間の警備が厳重でした。別に悪いことをしているわけでもないのに、なぜか緊張します。私共の車は、プラネタリウム投影機をはじめ、警備をする側にとっては、怪しそうな荷物でいっぱいです。検問で聞かれたら何と答えようかと考えていましたが、何もありませんでした。
 久しぶりに東北自動車道を走りましたが、久喜・加須IC間が事故渋滞のため通行止めとなり、手前のサービスエリアで待機していましたが、いつまでたっても開通しないため、一般道に降りて、加須ICから再び東北自動車道に乗りました。車での移動はリスクを伴うので、常に早目に判断をすることにしています。大谷PAで仮眠をとり、そのまま帝京大学宇都宮キャンバスに入りました。今回は車中泊となりました。
 宇都宮まで行ったので、夕食には餃子を食べてきました。宇都宮名物の餃子、おいしかったです。・・・が、餃子だけは、自分で作ったほうがおいしいように思いました。
 帰りも、途中でかなりの渋滞に巻き込まれました。首都高速の向島線から見る東京スカイツリーは、だいぶ高くなって、運転しながらでは先端が見えません。APECの影響か、東京タワー、レインボーブリッジ、お台場周辺、ベイブリッジから見る横浜の夜景など、いつもより照明がとてもきれいでした。
12月21日の皆既月食撮影計画
11月12日(金)
 12月21日に皆既月食があります。その説明をUPしましたので、トップページから入ってご覧ください。
 12月上旬にある場所で、月の話をさせていただくことになっています。ここ数日間で話をする内容をまとめ、それに必要な解説図などを作成しました。それらの図や写真などは、常設プラネタリウム館でもそのまま使用できるように、解像度やクオリティーにこだわりました。本来は、説明には動画を多用したいのですが、説明用に使用しているパソコンの再生能力に限界があるため、静止画中心としました。内容の中には、12月21日の皆既月食も含まれています。
 今回の月食は東京などでは、月が東の地平線に上った直後に皆既月食となります。月が赤銅色に染まるかどうかも興味深いところですが、その状態で地平線上に見えるとすれば、カメラの被写体としては、極めて珍しく価値のあるものとなるでしょう。ただし、これを撮影する場所としては、東の地平線付近がよく見えるところでなくてはいけません。近所を歩いてロケハンをしていますが、なかなか良い場所がありません。また、皆既中の月を撮影するためには、露出時間もそれなりにかかります。理想を言えば、赤道儀式の架台に載せた望遠鏡の極軸をきちんとセットして、なおかつ月の動きに合わせて追尾できる装置が必要です。
 皆既月食のある日の翌日から2日間、都内で移動式プラネタリウムの投影の予定があるため、本格的に撮影するかどうか悩んでいます。ふるさとの海は、東に面しており、水平線から月が昇ってくるのが見えます。また、車を駐車するスペースなども確保できるので、そこまで車を走らせようかなど、いろいろなことを考えています。那珂湊の漁港に立ち寄って、新鮮な魚を調達したり、おいしいお寿司を食べたりというのもありですね。
地球照
11月9日(火)
 太陽光線を地球が反射し、それが月まで到達して月の欠けている暗い部分をうっすらと照らしだす現象を地球照と言います。月齢が27から3のあたりで月が細い時に見ることができます。
 朝から風の強い一日でしたが、夕方になっておさまりました。真っ赤な夕焼けの空に箱根から富士山、そして丹沢の山々が美しいシルエットを見せていました。風が強かったせいか、空の透明度が高く、箱根の山々の上のほうには三日月が地球照とともに輝いていました。久しぶりに10センチの屈折望遠鏡を取り出し、三脚やカメラを準備して撮影を行いました。
 12月21日には皆既月食が見られます。今年3回目の月食となりますが、東京では欠けたまま月が昇ってくる月出帯食(げつしゅつたいしょく)となります。今から楽しみですね。今月中には、この皆既月食のページを作りたいと思っています。
ラッシュアワー
11月8日(月)
 東京で2件の打ち合わせがあったため、ラッシュアワーの時間帯の電車に乗って都心まで出かけました。通勤ラッシュの時間帯の電車に乗るのは久しぶりです。押しつぶされそうな、そして手に持っていたカバンが、手を離しても体と体の間に挟まれて床に落ちることがないような密度のラッシュでした。星の状態に例えれば、白色矮星の状態にまで圧迫された状態でしょうか。その状態で約1時間。降りるころには精も根も尽き果てました。このまま打ち合わせにのぞむと、集中力が切れそうだったため、近くのカフェに入っておいしいコーヒーで気分転換です。
 サラリーマン時代は、このラッシュが毎日のことだったため、あまり感じませんでしたが、たくさんのサラリーマンの方々がこれを毎日体験しているのですね。大変だなと思いました。午前と午後の打ち合わせで、あっという間に一日が終わってしまいました。
 コスモプラネタリウム渋谷が間もなくオープンですね。渋谷の駅前から見るとドームが銀色に輝き眩しい光を放っています。近くまで行ってみると、ビルの屋上に円いドームが建物のシンボルのように堂々とした姿を見せています。楽しみですね。
ふるさとの海
11月6日(土)
 先日、父のお墓参りに行った折に、こどもの頃に毎日遊んだ磯崎海岸に寄ってきました。懐かしいふるさとの海の香りがしました。
 左の写真の中央部よりやや右上に、海が岩で囲まれている部分があります。地元の人たちが「万人袋(まんにんぶくろ)」と呼ぶ天然のプールです。都合のよいことに、沖のほうに行くにしたがって深くなっており、途中が岩で仕切られているため、幼稚園生、小学校低学年、高学年と泳ぐ場所が暗黙のうちに決まっていました。年上のこどもたちが、年下のこどもたちが深みにはまっておぼれないように、様子を傍らで見守りながら遊びます。私の場合も、物心ついた時にはすでに泳いでいました。小学校高学年になると、この周辺の磯で、素潜りで魚をついたり、タコを獲ったりしました。
 ほとんどの岩が同じ方向に傾いているのが特徴で、中生代白亜紀の地層であるといわれていますが、アンモナイトなどの化石は一度も見たことはありませんでした。県の天然記念物にもなっています。
 初めて目にする方にはわかりませんが、このエリアの磯の環境の激変ぶりには驚かされます。手前を埋め尽くした砂利は、こどもの頃 にはありませんでした。海底もこれらの砂利で埋め尽くされているということです。砂利で埋め尽くされることにより、台風のときには、海岸のすぐそばを走る道路にまで波が押し寄せてくる頻度が、こどもの頃に比べて、かなり高くなったということです。
 生態系がすっかり変わってしまったようです。石を少しかきわけて手で掘ると、たくさん出てきたアサリ、海底を占領していた海藻類、ウニ、アワビ、そして魚たちも、すっかりいなくなったといわれています。近くの阿字ヶ浦海水浴場では、美しい白い砂浜が浸食され、砂浜のかなりの部分が失われています。周辺はかなり整備が進んでいるのに皮肉なことです。原因はある程度推測がつきますが、約50年の間にこれだけ環境が変わることに驚かされました。複雑な思いで帰路につきました。
46年前の父からの手紙
11月3日(水)
 11月3日は晴れの特異日だといわれています。今日も朝から穏やかな小春日和です。2、3日前に降った雪で、富士山の山頂は雪をかぶっています。そろそろ冬支度でしょうか。
 父の命日でもあるため、1日早く昨日のうちに墓参を済ませました。あれからもう40年が経過してしまいました。実家に立ち寄った際に兄が、父が昔、私宛に書いた手紙をくれました(9月28日のところで記述)。消印は昭和39年5月10日、投函された場所は山形県羽黒町となっていました。東京オリンピックの年で、私は当時小学校6年生だったと思います。白黒のテレビが家にやってきたのは、開会式の前日の10月9日でした。まるで「オールウェイズ3丁目の夕日」の映画の世界ですね。
 旅先での感想が簡潔に書かれていました。お土産に羊羹(ようかん)を買ってくるとも・・・。40年ぶりに目にした父の筆跡と文章の言い回し。目頭が少しあつくなりました。旅先からどんな気持ちで、私宛に手紙を出したのでしょうか。90を過ぎた母は、元気に過ごしています。父の分まで長生きしてもらいたいと思っています。
移動式プラネタリウム(フレンドリークラブ 千葉県八千代市 10月31日)
10月31日(日)
 台風14号が関東地方に接近したため、開催が危ぶまれました。台風の動きを見定め、昨日の遅くに予定通り開催が決定されました。主催者のこの判断は正しかったと思います。今日は風もなく、時折小雨がぱらついたものの、移動式プラネタリウムのイベント「プラネタリウム上映」は予定通りに実施されました。
 グリーンハイツ八千代(千葉県八千代市)の入居者で構成されるフレンドリークラブが、マンション内の体育館を会場にイベントを実施しました。今回のイベントの企画や私どもとの連絡の窓口となっていただいた担当者の方は、プラネタリウムにとても詳しく、近隣のプラネタリウムの状況をよくご存知でした。見に行くよりは来てもらったほうがということで、私どもにお声をかけていただきました。
 5回の投影を行わせていただきました。マンション内の入居者が対象でしたので、毎回満席にはなりませんでしたが、同クラブが主催するイベントとしてはかなりの参加者数であったようでした。マンションの体育館で投影させていただくのは、初めての経験でしたが、天気の良くない日曜日に敷地内の体育館で、プラネタリウムを見ることができるこどもたちは幸せだなと思いました。
 横浜から八千代市に行くためには、首都高速湾岸線経由で東関東自動車道に入ります。成田空港に行く途中のインターチェンジで降ります。走りなれた道でした。1時間30分ほどで到着します。車で行くと予想以上に距離が近いことに驚きました。
打ち合わせ
10月27日(水)
 12月中旬に予定している移動式プラネタリウムの投影のため、今日の午前中は新宿で打ち合わせを行いました。
 今年4月に韓国の世界遺産を見てきました。そのときに本場の焼肉を食べそこなったため、5月2日に、新宿駅から新大久保方面に少し歩いた場所にある、コリアタウンなどと呼ばれているエリアの一画で焼肉を食べてきました。12月中旬に移動式プラネタリウムの投影を行う予定の場所は、そのすぐ近くでした。5月に行ったときには、その目の前を通り過ぎていました。まさか、半年後にその近くで移動式プラネタリウムの投影を行うことになるとは、夢にも思いませんでした。どのようになることやら、今から期待と不安が入り混じっています。
 打ち合わせはお昼前には終わりました。焼肉のランチを食べようかとも思いましたが、最近は少し体を絞っているため、我慢しました。でも誘惑に負けて、かつ丼を食べてしまったので結局は同じことでした。カロリーを消費しようと、帰りは大船で降りて1時間ほどの道のりを歩きました。これでお昼に摂取したカロリーは、少し消化できたと思います。せっかく新宿に出たので、中古カメラ屋さんを回り、以前から欲しかったレンズを1本調達してきました。しめて1万円なり。

 昨年の5月に移動式プラネタリウムの投影を行ったときに、とてもお世話になった方から、つい最近挨拶状が届きました。その会社の代表取締役に就任されたとのことです。そのとき、現場でとてもきめ細かく対応していただいたので、強く印象に残っています。帰ってから改めて名刺をよく見てびっくりしました。そのときすでに専務取締役の肩書だったからです。とても謙虚なお人柄に、いたく感心してしまいました。見習わなくてはならないと思いました。それから折に触れて、メールのやり取りをさせていただいています。ますますのご活躍と会社のご発展を心よりお祈りしております。
移動式プラネタリウム(結婚式 外交官の家 横浜市中区山手町 10月24日)
10月24日(日)
 結婚式のパーティーでプラネタリウムの投影をしてもらいたいとのオファーがあったのは8月下旬のことでした。結婚式の披露宴などで、プラネタリウムの投影をしてもらいたいというオファーはこれまで何度もありましたが、ほとんどの場合、部屋を真っ暗にすることができなかったり、スペースの問題などで条件が合わずにお断りしていました。
 今回はいろいろなやり取りのあと現場を下見し、プラネタリウムを投影する場所としてはいくつかの問題があるものの、何とかなりそうだということで引き受けさせていただくことにしました。場所は横浜市中区山手町にある洋館で「外交官の家」です。館の一室にプラネタリウムを置いて、壁面や天井に星空を投影しました。星空の解説は私どもではなく、新郎新婦の共通の友人である方で、都内の科学館のプラネタリウム解説者です。もちろん、プラネタリウム解説者ですから、私どもとは面識のある方でした。どこでつながっているか本当にわかりませんね。
 さすがに、エアドームに投影すほどの降るような星空にはなりませんでしたが、解説者の機転を利かせた解説で、プラネタリウムの投影(ただし、結婚式バージョン)らしくなりました。ウエディングパーティーを山手の洋館で行い、そこでプラネタリウムの星空を投影する企画は本当にロマンチックですね。
 時間があったので、外交官の家のスタッフの皆様とも少しお話をさせていただきました。そのうちのお一人は、横浜港大さん橋で、私どもが移動式プラネタリウムの投影を行ったときに、家族で見に来てくださったそうです。また、館長の話によると、時々講師を招いて天文の話を聞くイベントも開催しているようでした。いろいろイベントを展開することは大変だろうなと思って聞いていましたが、あとで良くよく考えたら、記憶がよみがえってきました。前の職場に勤務していたころ、外交官の家から問い合わせがあり、天文の話をしてくれる講師を探しているとのことでした。当時、私は講師をできる立場ではなかったため、知り合いの中からふさわしい方を紹介させていただきました。それが今でも続いているということのようです。どこでつながっているか本当にわかりませんね。
 新郎新婦には、私どもで制作したオリジナルCG「はやぶさ」の静止画を額装してプレゼントさせていただきました。結婚した年にどのようなことがあったのかを、このイラストを見て思い出していただければと思います。どうぞ、末永くお幸せに。
移動式プラネタリウム(NHK−FM 東京都渋谷区 10月22日)
10月22日(金)
 きょうは、NHK(東京都渋谷区)のスタジオで移動式プラネタリウムの投影を行いました。お客様は3人です。いつも移動式プラネタリウムの投影に比べるとイレギュラーです。これは、私どもがNHK−FMの、ある番組のゲストとして呼ばれたもので、その番組の中でプラネタリウムの投影の実演をしたものです。
 投影をご覧いただいたお客さまとは、その番組の司会者で、名前を聞けばどなたでもご存知のタレントさん二人と、近年大ヒットした映画の監督さんの合計3人です。実演の時間は短かったのですが、その投影をはさんで3時間近くにわたり、星空や宇宙への想い、その魅力などについて、ゲストである映画監督さんと私ども、そして2名の司会者で話を進め収録が行われました。
 3人とも著名な方々なので、なぜそこに私どもが呼ばれたのかはよくわかりませんが、番組スタッフの皆様にホームページをご覧いただいていたことは確かです。各放送局などからは、プラネタリウムや天文現象などのことで、お問い合わせをいただくことがあるのでありがたいことだと思っています。久しぶりに適度な緊張感の中でお話をさせていただきましたが、とても楽しく、夢のような時間を過ごさせていただきました。
 デジタルカメラももちろん持って行きましたが、残念ながらバッテリー切れを起こしてしまって撮影ができませんでした。したがって、今日は写真がありません。
 収録された内容は11月中旬に全国放送されます。NHK−FMのほうから詳細が告知されましたら、私どものホームページからも告知させていただく予定です。それまでしばらくお待ちください。
関内
10月19日(火)
 サラリーマン時代の最後の3年間、JR関内駅近くの職場に勤務していました。昨日は久しぶりにその関内駅の近くで、12月に実施予定のイベントの打ち合わせを行いました。打ち合わせまでに時間があったため、近くのカフェで時間をつぶしをしました。お昼休みによく利用したカフェです。まだそれほど時間が経過しているわけではありませんが、とても懐かしく、当時のことや、事業を立ち上げるために、忙しくこのエリアの周辺を行ったり来たりしていたことを思い出しました。
 何とか無事にここまで来ました。しかし、この先が順調である保証など全くありません。いただいた仕事に全力で取り組み、次につなげることが大切だと考えています。12月にイベントを行う場所は、以前からこのような場所でイベントができたら楽しいだろうなと思っていた場所で、今から楽しみです。
移動式プラネタリウム(第2回富士山スカイドリームス 御殿場市主催 10月16日から17日)
10月18日(月)
 御殿場市が主催する第2回富士山スカイドリームスが10月16日から17日にかけて、御殿場市馬術・スポーツセンターを会場として実施されました。私どもは、その一連のプログラムの一つとして昨年に引き続き、移動式プラネタリウムの投影をさせていただきました。
 期間中は、バルーン(熱気球)イベント、天体観望会、コンサートなど、空をテーマとした多彩なプログラムが実施され、早朝からたくさんの人でにぎわいました。
 移動式プラネタリウムのほうは、2日間で合計18回の投影を行いました。入場料は500円と高めの設定でしたがそれにもかかわらず、2日間で約700人以上の方にご覧いただきました。今回は天候にも恵まれ、夜には天体望遠鏡メーカー各社が用意したマニア垂涎の望遠鏡で、月や木星などの観望会も実施されました。プラネタリウムのほうは、室内ではあるものの、床が砂地であったためコンパネで床を作ってもらい、その上にハードウエアを設置しました。投影回数の多さも手伝って、投影する環境としては大変でしたが、これだけたくさんの方にご覧いただければ、その苦労も報われる思いです。特に夕方から夜にかけての投影では、外に出るとすぐに、プラネタリウムで解説した星空を実際に見ることができるので、投影の効果は抜群です。
 プラネタリウムの星空と、天体望遠鏡での観望、屋台での食事や、コンサートなど、標高が高いため気温は低かったものの、参加者の皆さんはとても楽しまれていた様子でした。御殿場市役所のスタッフの皆さんと仕事をさせていただくのは、これで2度目なので、すっかり顔なじみになりました。とても疲れましたが、大きなイベントは楽しいですね。
富士山
10月11日(月)
 まるで台風一過のような、さわやかな秋晴れです。10月にしてはとても気温が高く、日課の朝の散歩ではたくさんの汗をかいてしまいました。
 昨夜から横浜は空の透明度がとても高く、宵の散歩のときには、北の空のカシオペヤ座や北極星、さらには北斗七星の一部の星々まで見えていました。私の住んでいる地域で、北の空の星たちがよく見えるのは珍しいことです。普段は光害に埋もれて、見つけることが困難です。南の空の星たちは比較的よく見えます。
 昨日の疲れがまだとれていませんが、朝はいつもの時間に目が覚めました。体の節々が筋肉痛です。富士山がくっきりとした姿を見せています。丹沢をはじめ秩父の山々までが見通せるほどの透明度です。朝夕、刻々と姿を変える富士山の姿はいつまで見ていても飽きることがありません。
 記録用に使用しているコンパクトデジタルカメラの液晶画面に、横に一本筋が入ってしまいました。その筋がだんだん大きくなってきています。まだ2年間しか使用していませんが、そろそろ寿命なのでしょうか。それ以前のカメラも液晶の表示がおかしくなり、買い替えました。フィルムカメラのように、一度購入したらずっと使えるというものではないようですね。ちなみに、クローゼットには、ペンタックスSP、ESII、6×7、EOS650、620、1Nなどのカメラやレンズがたくさん眠っています。今思うとこれだけのカメラは必要なかったですね。処分に困っています。

※写真は先程、自宅近くからコンパクトデジタルカメラで撮影した富士山です。朝に比べると透明度が落ちてきました。
移動式プラネタリウム(アイダ設計相模原モデル店 10月10日)
10月10日(日)
 アイダ設計は埼玉県を本拠地とする住宅の販売会社です。首都圏や仙台などにたくさんの店舗を持っていますが、その相模原モデル店の「お客様感謝祭」で、移動式プラネタリウムの投影をさせていただきました。月2回、プラネタリウムでの解説をさせていただいている相模原市立博物館から約4キロの場所でした。
 今回は5メートルエアドームを使用しました。5メートルドームを使用するのは、7月3日の箱根ロープウェイでの投影以来です。つい先日まで、7メートルドームで投影していましたので、メガスターゼロ投影機の星空の、異なる直径のドームでの星空の違いがよくわかります。
 朝のうちは雨模様でしたが、徐々に天気が回復して午後からは直射日光の直撃を受けました。しかし、5メートルドームは、7メートルドームよりもさらに遮光性が高いため、星空がよく表現されていました。イベントをコーディネートしてくださった会社のスタッフの皆様にもお手伝いいただき、スムーズに投影ができました。
 さまざまな地域の会社の皆様にイベントをコーディネートしていただくことにより、新しいつながりがたくさん生まれることをとても嬉しく思います。
定年退職後の人生とは
10月7日(木)
 最近になって、同年代の方々とお話をする機会が何回かありました。皆さん、定年退職後の人生をどのように生きるかを視野に入れて、忙しくサラリーマン生活の最終ステージを過ごされています。口をそろえて、定年後は今の忙しさから解放されてのんびりと暮したいとおっしゃっています。
 私の場合は、60歳を待たずに早期定年退職して、今の事業を立ち上げました。果たしてそれが正しい選択だったのかどうか、まだ答えは出ていません。後悔しているかというと、全く後悔はしていませんが、ときどき、あそこの分かれ道に戻って、別の道を歩んでいたら、今頃どうなっていたのだろうかと思うことはあります。今は、定年後の人生というのは、このようなものなのかということを身をもって体験しています。
 各自が異なる状況の中で、定年をむかえるために感想は人それぞれだと思いますが、少なくとも私の場合は「これでやっと忙しいサラリーマン生活から解放された」と思ったのは、わずかに1日だけでした。翌日からは、社会から取り残されたような疎外感に陥ってしまいました。それまでの職場の仲間や、プラネタリウムの業界で親しくお付き合いをさせていただいた方々からも、やがては遠のいていきます。コミュニケーションが断ち切れることが、これだけストレスになるのかと、思い知らされます。退職した多くの方々が地域にデビューされるのは、同じような体験をするからだと想像しています。
 老後の経済的な不安、老化に対する不安、親兄弟、親戚が同じように老いていくことに対する不安など、コミュニケーションの不足の他にもたくさんのストレスをかかえます。しかし、サラリーマンのだれもが通過することであるので、それらとうまく向き合っていかなくてはなりません。
 私の場合は、事業を立ち上げたことで、新しいお付き合いが生まれ、また、CG制作に取り組むことで、これらのストレスと、ある程度はうまく向き合えるようになってきました。結局、どのような年齢になっても、ストレスと向き合いながらも、当たり前のように穏やかに暮らすことが、いかに大切なことであるかを思い知らされます。そのようなことが分かったことが、早期退職した成果なのだと自らに言い聞かせて毎日を過ごしています。体が動く限り、今の仕事を続けるつもりでいます。
移動式プラネタリウム(NTTファシリティーズ 10月1日から4日)
10月5日(火)
 第2回東京国際科学フェスティバル参加イベントとして、NTTファシリティーズが9月27日(月)から10月4日(月)の期間で「みよう!つくろう!考えよう!そら☆スタ教室はじまるよ!」を開催しました。
 特別講演会「はやぶさ最後の輝きを観る(国立天文台渡部潤一先生)」をはじめ、「自分だけの望遠鏡をつくろう!」、「太陽電池パネルで遊ぼう!」などたくさんのワークショップやパネル展など多彩なプログラムが実施されました。場所はNTTファシリティーズの本社がある「グランパーク」((東京都港区芝浦)です。
 それらのプログラムの一環として、私共の移動式プラネタリウムを1階のロビーに設置させていただき、1日4回、合計16回の投影をさせていただきました。オフィスビルの立ち並ぶビジネス街ですが、地域の人々や、お昼休み・仕事帰りのサラリーマンなど、たくさんの方々に投影を見ていただきました。特に3日の日曜日には、前庭でフリーマーケットが開催された関係もあり、ふだんはサラリーマンが行きかうロビーが、たくさんのお客様で賑わいました。今回は秋の星座と夏の終わりの星座を中心に解説をしました。
 投影と投影の間にワークショップが実施されましたが、エアドームの前で行われたため、とても雰囲気のあるワークショップになっていたと思います。世界各地で起こった皆既日食や金環日食写真パネル展は、とてもレベルの高い作品が並び、見ごたえのあるものでした。特別講演会は満席になったようでした。はやぶさの人気がいまだに衰えていないことを裏付けるものでしょう。いつもは海外の皆既日食の観測現場でしかお会いしない渡部潤一先生に、久しぶりに国内でお会いしました。「国内でお会いするのは久しぶりですね。」と、お互いに苦笑いでした。
 今回の投影は、昔からお付き合いのあるNTTファシリティーズのスタッフの方々からお声をかけていただいたものです。久しぶりに元気なお顔を拝見してとてもうれしく思った次第ですが、同時にこのような形で一緒に仕事をさせてもらったことに、人と人との縁とは不思議なものだなと、改めて実感しました。NTTファシリティーズのスタッフの皆様の生き生きとした仕事ぶりに、エネルギーをたくさんもらって帰ってきました。とても楽しい4日間でした。
移動式プラネタリウム(東京都大田区立大森第四小学校 9月29日)
9月29日(水)
 大森第四小学校から移動式プラネタリウムの投影の依頼があったのは7月下旬でした。8月9日に現場の下見を兼ねた打ち合わせのため、同校に行きました。最寄りの駅はJR大森駅とJR蒲田駅です。しかし、どちらの駅からもバスを利用しないといけない距離にありました。普通の夏ならともかく、今年の猛暑では駅から同校まで歩くことを断念せざるを得ない距離でした。
 先生にお話を伺うと、科学館や博物館まで行ってプラネタリウムを見るのは大変なため、ぜひ学校に来てもらいたいとのことでした。
 移動式プラネタリウムはこのような場面に大きな威力を発揮します。同校の体育館にハードウエアを早朝から設置して、4回の投影を行いました。4年生の学習指導要領に沿って夏の星座や月の動きなどを説明させていただきました。児童の皆さんは大興奮でした。
46年前の父からの手紙
9月28日(火)
 昨夜、実家の兄から久しぶりに電話がありました。部屋の中を整理していたときに、生前の父が、子どもの頃の私に宛てたはがきが出てきたので、郵送するということでした。父は私が高校に入る頃にはすでに入退院を繰り返しており、私が3年生の時に他界しました。その父が当時、出羽三山を旅した時に旅先から私宛に出したはがきだそうです。内容はまだ確認していませんが、だいたい想像がつきます。
 父は59歳でなくなりました。今でもその時のことを鮮明に覚えています。そして自らがその年に近づいてきた今、父の年齢を越えてその先を元気に生きていけるのかどうか、心の片隅でいつも気になっています。いつ病に倒れたとしても後悔をしないように毎日を生きていかなくてはいけないと思っています。また日課である散歩は、健康であることを維持していくためにも欠かせません。
 父は、今の私の仕事や日々の暮らしを見たら、いったいなんと言ってくれるのでしょうか。40年目の命日がまもなくやってきます。
打ち合わせ
9月26日(日)
 横浜は、今日の午前中はとてもさわやかな天気でした。10月の下旬に予定しているプラネタリウムの投影の打ち合わせで出かけました。場所は横浜市内で、時々遊びに行くエリアでしたが、その場所に行くのは初めてでした。こんな見晴らしの良い場所があったのかと思うほど、素敵な場所でした。
 そこでの投影は、今までの移動式プラネタリウムのそれとはまったく異なる環境で行うことになります。はたしてうまくいくのかどうか心配でしたが、現場を下見してこれなら何とかなりそうだ、という手ごたえがありました。以前から一度やってみたいと思っていた投影のひとつなので、全力で成功させたいと思っています。
 とてもおしゃれなものになりそうで、今から楽しみです。終了した時点でレポートをアップしたいと思います。
バックアップ
9月25日(土)
 ネットワークレンダリング用に使用しているホストコンピューターのハードディスクの容量がなくなってきたため、外付けのハードディスクにデーターを移動する作業を始めました。データーの量が多いことと、それらを作成するために費やした時間などを配慮すると、慎重に作業を進めなくてはいけません。
 昨夜その作業を開始しましたが、今日になって確認してみると途中で止まっていました。念のため、コピーしてからホスト側のデーターを削除します。しかし、今回ハングアップした原因は初めはよくわかりませんでした。外付けのUSBのハードディスクそのものが認識ができなくなってしまっていました。昨夜の作業を終了した時点で、コピーが終わっていたデーターはホスト側からすでに削除していたため、外付けのハードディスクが認識されないと、結果としてデーターを失ってしまったことと同じです。血の気が引きました。
 ハードディスクは昨日、大船で打ち合わせを終えて帰りに量販店で購入したばかりのものです。落ち着いて調べてみると、USBのハードディスク側への差し込みプラグが中途半端な状態で接続されていました。これで一安心ですが、データーがどこまでコピーされているのか、1TBもの容量があると調べるのも大変なので、ハングアップ直前のデーターのコピーからやり直しとなりました。ネットワークレンダリング用のデーターを扱うのは、毎回とても気を使います。
 データー保管用の外付けのハードディスクはすでに7台になってしまいました。保管用にどのメディアを使用するかは、いつの時代でも心配です。これが絶対というものがありません。フロッピーディスク、MO、CD−R、DVD−R、HDDと保存するメディアは時代とともに変化します。今の作業環境ではどれも読めるようにしていますが、コンピューターを更新するたびに悩む問題です。
 ここ数日間は、なぜかCGを作ろうという創作意欲がわきません。このような時に無理をすると良い作品にはなりません。ここ数日間はぼちぼちと作業をしています。イオンモール筑紫野での移動式プラネタリウムの投影で、全精力を使い果たしてしまったようです。
秋芳洞
9月22日(水)
 日本最大のカルスト台地として有名な秋吉台と、その南麓の地下100メートルに位置する秋芳洞を見てきました。イオンモール筑紫野に行く途中に立ち寄りました。1959年に発行された国定公園シリーズの記念切手「秋吉台」の「カルスト高原」、「秋芳洞」を中学校の頃に見て以来、いつかは見てみたいと思っていた場所でした。
 いつものように、横浜を夜のうちに出発し距離を稼ぎました。御殿場を過ぎたあたりから雨足が強くなり、その状態が岐阜県を抜ける頃まで続きました。やがて山口県に近づくにつれて天気が回復し秋吉台に到着する頃には快晴になっていました。
 夜の高速道路はトラックがほとんどで、それらの車が巻き上げる水しぶきの中を走るのは、まるでF1のウォータースクリーンバトルのようでした。東名、名神、山陽、中国、九州自動車道と走りますが、名神から先のインターチェンジやサービスエリアの名前、施設の状況などもだいぶ把握できるようになってきました。
 福島県に「あぶくま洞」という鍾乳洞があります。ここはすでに2回ほど見る機会がありました。そのうちの1回は、すぐ近くにある「星の村天文台」で私のエアブラシイラストの作品の個展を開催させていただいた場所でもあり、思い出に残っています。
 秋芳洞は、あぶくま洞のそれとは、かなり異なっていました。洞内はとても広大で、水が3段の滝となりコバルトブルーの川面へと流れ落ちています。天井から崩れ落ちたのか、大きな岩が散乱している洞内の光景をみて、こと座の伝説に登場するギリシャ神話のオルフェウスが、冥土から妻のエウリュディケを後ろに地上に戻る場面とは、このような場所なのだろうかと想像しました。CG制作の参考になるようにしっかり目に焼き付けてきました。
移動式プラネタリウム(イオンモール筑紫野 9月18日から9月20日)
9月22日(水)
 福岡県筑紫野市の「イオンモール筑紫野」で9月18日から9月20日までの3日間、移動式プラネタリウムの投影をさせていただきました。7月中旬の「ユメニティのおがた」に続いて、2度目の福岡県での投影です。距離の遠さにおいて直方市をさらに上回り、これまでの新記録となりました。2か月の間隔をおいて、再び関門海峡を渡ることになりました。イオンモール筑紫野の中にある「イオンホール」に7メートルエアドームを設置して1日5回、3日間投影を行いました。チケット300円です。
 ホール内は、ショッピングモールとは思えないほど静かで空調の効き具合も良く、また外光も完全に遮断できるため、移動式プラネタリウムの投影を行うには最適の場所でした。
 すべての回が満席かほぼ満席の状態でした。特に連休の最終日となった9月20日のチケットの売れ方のスピードはとても速く、各回とも販売開始時から20分程度で完売してしまいました。イベント告知のチラシ、ホームページ、モール内の案内板、店内放送などのすべてが行き届いていました。観客の皆さまの反応は穏やかなものでしたが、星が出てくる場面では、メガスターゼロ投影機の星空の美しさに、相変わらずどよめきが起きていました。
 最近の投影では、当日の夜、実際の星空で観客の皆様がより星座を見つけやいようにポイントを絞って解説をしていますが、ジョークなども交えた、移動式プラネタリウムのこの解説の手法がだいぶ完成形に近くなってきたように思っています。
 横浜から遠く離れた場所における投影でしたが、7月の直方市のイベントをコーディネートしてくださった関係者の皆様に加えて、今回のイベントをコーディネートしてくださった九州の関係者スタッフの皆様とつながりができたことを、とても嬉しく思います。搬入路の距離が長く大変でしたが、とても楽しく仕事をさせていただきました。九州には、そのうちまた行くことになりそうです。
スペースシャトル打ち上げシーンのCG
9月15日(水)
 レンダリングにかなりの時間を費やしてしまったスペースシャトルの打ち上げシーンの確認用動画が完成しました。サイズは1024×1024ピクセル、60秒のシーンです。プラネタリウムの水平ドームで使用することを前提としたドームマスターフォーマットです。後日、傾斜型プラネタリウムのドームでも使用できるように設定を変更します。すなわち、同じ動画でも水平ドーム用と傾斜ドーム用の2種類を作っておくことになります。
 動画で煙の動きなどをチェックしたところ、本来設定されているはずの部分が、ネットワークレンダリング時に欠落したりしていましたが、おおむね満足できるものとなりました。これから、時間のあるときに、本番用のレンダリングを行うことにしています。4000×4000ピクセルの連番ファイルを1800枚出力するには、膨大な時間がかかりそうです。

 観客がシャトルの発射台のすぐ近くにいる視点で、打ち上げを再現しています。発射台は以前モデリングしておいたものを流用していますが、こちらもディテールまで作りこんでいるので、プラネタリウムのドームで見たら、かなり迫力があるのではないかと思っています。CGのほうはこれで一休みして、これからは、週末の移動式プラネタリウムの解説にむけて頭を切り替えます。
おおぐま座伝説イラスト
9月14日(火)
 先日からレンダリング中のCGがやっと終わりそうです。この間、CG制作の仕事がストップしているため、以前から取り組もうと思っていた星座伝説のイラストを作ってしまうことにしました。移動式プラネタリウムの解説時に使用するためのものです。自らのエアドームにビデオプロジェクターで投影するもので、今回は幼稚園・保育園などの幼児向けの投影に使用する「おおぐま座の伝説」を説明するイラストです。3DCGで作ろうか、2Dで作ろうか、迷いましたが、手間の問題を考えて今回は2Dで制作しました。スケッチを4枚描き、デジタルカメラでそれを撮影したものを下絵として着色しました。作業に要した時間は3日間です。もっと細部まで描くこともできたのですが、幼児用に使用する場合は、シンプルな方が良いだろうと思い、ラフに描いています。
 おつかいに出たくまが、遅くなり帰り道で道に迷い、森の中でたくさんの木にぶつかります。最後に森の王様の木にぶつかり、怒った王様が、くまのしっぽをつかんで振り回して、空に上げて星座にしてしまう。というストーリーです。今後、春から夏にかけて、幼児向けの投影に使用します。
 時間があれば、他の星座物語のイラストも手がけるつもりで、今日は図書館に行って何冊かの資料を借りてきました。
終わりません
9月10日(金)
 確認用の動画を作るために、先日からレンダリングしているCGは今日になってもまだ終わりません。サイズは1024×1024ピクセル、動画の長さは1分です。すでに4日くらいかかっています。ネットワークレンダリングを利用して18個のCPUを24時間フル稼働させていてこの状態です。通常のこのサイズでこの長さの動画は、CPU1台で処理しても半日から1日で終了します。ネットワークレンダリングにかければ2時間もあれば終了するものです。
 とんでもないものを作ってしまいました。CGクリエイターは、クオリティーを重視しながらも、いかに早く処理ができるかを考えながら、モデリングやシーンを作っていくものですが、今回は見通しが甘かったようです。すでに相当な時間を費やしてしまったため、このショートクリップはこのまま活かすつもりですが、次回に同じ作品を手掛けるときには、今回の反省を生かして、クオリティーをさらに上げながらも処理に時間のかからないものに仕上げなくてはならないと思っています。
 ここ数日間、CGはお手上げの状態ですが、なぜか移動式プラネタリウムのほうのお問い合わせが多く、毎日のように見積書などの書類を作っているような状態が続いています。ありがたいことだと思っています。
 下の8月30日のところで触れた、こどもの頃に浜辺に打ち上げられたものの中には、マンボウ(とみられる正体不明の魚)が2匹いました。その当時住んでいた家から、阿字ヶ浦海岸に行く途中の砂浜にうちあげられて、ひと夏の間、ずっと異臭を放っていました。体長は2メートル程度でした。
 阿字ヶ浦海岸までは、弓なりに反った、とても美しい砂浜を歩いて行くのですが、私たち地元のこどもたちはそれが面倒で、磯崎港の船着場から、直線距離を泳いで渡っていました。距離が長いのと、途中で潮の流れや水温が変化するため、これは、結構危険な遊びでした。途中で足がつらないように、必ず数人でグループを組んで、一番小さなこどもを真ん中に、平泳ぎや横泳ぎで泳いでいきます。浜辺にいる海水浴客から見ると、はるか沖のほうから、こどもたちが泳いでくるように見えるので、さぞかし驚かれたことでしょう。まだ、遊泳禁止区域などが設定されていない頃のことです。今ではとても許されるものではないでしょうね。
秋の気配
9月8日(水)
 今日のような強い雨の日でも、体がだるくならないように散歩をします。朝のうちと、雨が強くなる前のお昼頃の2回。長靴をはいて、かなりの雨の中を歩いてきました。カワセミが来るいつもの小川は増水してかなりの勢いで流れていました。
 今取り組んでいるCGは、パーティクルを扱うものでかなり時間がかかっています。確認用の動画を作るだけでも、ネットワークレンダリングを用いて、2日かかってまだ半分です。本番用の大きなサイズになったら、いったい何日かかるのか、少し心配になってきました。何もできないので今月末に収録予定のFMおだわらの「小田原星空ミュージアム」でお話をさせていただくための資料を作っています。
 台風が熱帯低気圧に変わって関東地方を抜けて行きました。今夜は雨風の音もなく静かです。窓の外からは、秋の虫たちの鳴き声が聞こえてきます。
移動式プラネタリウム(横浜ラポール 9月5日)
9月5日(日)
 昨年に引き続き、障害者スポーツ文化センター「横浜ラポール」で「ラポールの祭典2010」のイベントの一環として、移動式プラネタリウムの投影をさせていただきました。施設全体で一日中、たくさんのイベントが実施されました。私どもでは移動式プラネタリウムを「ラポールシアター」の中に設営させていただき、5回の投影を行いました。施設のスタッフがホール全体のディスプレイを工夫し、写真のようにとても雰囲気のある会場を準備してくれました。
 昨年もそうでしたが、5回ともすべて満席でした。施設のスタッフやボランティアの皆様にも、ドームへの観客の入退場などもお手伝いいただきながら、夏の終わりの星空を投影し、夏から秋の星座についてお話をさせていただきました。ホールの中は冷房が効いており、遮光や遮音も万全で、移動式プラネタリウムを投影する会場としては、申し分のない条件でした。それでも40人近くがドーム内に入ると、体温で温度が上昇するため、ドーム内でもエアコンがフル回転です。
 連日の猛暑続きで、搬入、搬出のときには、大汗をかきます。しかしこれも体力を維持するための運動の一つととらえ、できるだけ効率的に行うようにしています。それにしても、今年の夏の移動式プラネタリウムの投影は、とても体力を消耗します。
西尾幡豆(にしおはず)青年会議所のホームページ
9月2日(木)
 8月29日(日)に西尾勤労会館で実施された、西尾幡豆青年会議所の8月度事業「TAKARABAKO〜遊べる博物館〜」の当日の様子が、同青年会議所のホームページに公開されています。詳しくはこちらをご覧ください。参加者数は2,300人だそうです。ものすごい数でした。事前の告知が行き届いていたことやイベントの内容が魅力的だったのだと思います。
 当日の私どもの投影の様子は、下の「移動式プラネタリウム 西尾幡豆青年会議所 8月29日」のところにレポートがあります。
 9月に入りましたが、次の日曜日は再び横浜市内で投影を行います。詳しくはこちらの「ラポールの祭典2010」をご覧ください。こちらの会場で投影をさせていただくのは昨年に続いて2度目です。
椰子の実
8月30日(金)

 日本民族学の父といわれる柳田國男が渥美半島の先端に位置する伊良湖岬の小さな漁村に滞在したのは、明治31年(1898年)のことです。23歳の夏の約50日間をこの地で過ごしました。
 「恋路が浜」に流れ着いた「椰子の実」を偶然見つけたのは、このときで、のちに友人の島崎藤村にその話をしたことが、不朽の名作「椰子の実」の叙情詩の誕生につながりました。その後、大中寅二によって作曲され、国民歌謡としてたくさんの人々に親しまれ、今もなお歌い継がれています。
 こどもの頃から海辺の町で育った私は、浜辺に漂着するたくさんのものを目にしてきました。それは、大きな鯨のこどもであったり、難破船の一部であったり、戦時中に使用された手榴弾であったり。しかし、椰子の実を見たことは一度もありませんでした。いつの日か、この曲の舞台となった、椰子の実が流れ着く海岸がどのような場所なのか見てみたいと、心の片隅で思い続けてきました。
 西尾幡豆青年会議所からの依頼で、夏の終わりに移動式プラネタリウムの投影をさせていただくことになりました。地図上で調べてみると、渥美半島の近くであることがわかったため、前前日の夜に横浜を出発して、渥美半島経由で西尾市に入ることにしました。いつものように夜のうちに高速道路を移動して距離を稼いでしまいます。
 「恋路が浜」は、想像していた以上に景色のすばらしい場所でした。生まれ故郷の海岸とも、湘南海岸とも、そして、第二の故郷である宮崎県の日南海岸の海とも違っていました。透明感あふれるエメラルドブルーの入り混じった、独特の海の色と、ベージュ色の砂浜、そして「はまゆう」などの浜辺に生息する植物。とても穏やかな場所でした。もちろん、ひとたび海が荒れるとどのようなことになるのかは、予測できます。この場所に、はるか南の島から「椰子の実」が流れ着くのかと思うと感慨無量でした。
 伊良湖岬の灯台から眺める海の景色も、またすばらしいものでした。こどもの頃に遊んだ「磯崎灯台」に比べるとひとまわり小さいものの、白亜の灯台は、夏の強烈な日差しにまぶしく輝いていました。押し寄せる澄み切った波と磯の香りが、こどもの頃の夏休みの自分にタイムスリップさせてくれているかのようで、懐かしさに涙が込み上げてきました。こどもの頃からの思いのひとつがかない、とても満ち足りた一日でした。

※写真は上から伊良湖岬灯台のパノラマ、2段目写真左から、椰子の実詩碑、恋路が浜、伊良湖岬灯台です。
移動式プラネタリム(西尾幡豆青年会議所 8月29日)
8月30日(金)
 愛知県西尾市の西尾勤労会館で8月29日(日)に西尾幡豆青年会議所の主催で移動式プラネタリウムの投影を行いました。TAKARABAKO−遊べる博物館−と題して、地域のこどもたちを対象に夏休み最後の日曜日、「感じる水族館」、「びっくり動物体験」、「ロボットと遊ぼう」などさまざまなプログラムが準備されました。私共は、そのプログラムとひとつとして、お声をかけていただきました。
 この日も残暑の厳しい1日でしたが、冷房の効いた体育館の中にハードウエアを設置し、合計8回の投影を行いました。PRが行き届いていたせいか、イベント自体に驚くほどたくさんの参加者が来館され、館の入り口の外にまで、行列ができていました。プラネタリウムの方も、おかげさまで全ての回が満席となりました。受付のところで、定員に達したため、あきらめて帰られる方もいた様子でした。
 三河湾に面したこの地域でも、夜空は星の数が少なめでした。ドーム内のライトを消して、220万個の星空が姿をあらわすと、毎回歓声が上がるのは、いつものことになりつつあります。子供たちの、残り少ない夏休みの宿題の素材になればと思った次第です。

  過去のプラネタリウム雑記
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   平成21(2009)年8月から11月
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