傾斜型プラネタリウム


 首都圏のプラネタリウムを持つ科学館へ就職した私は、その年のバレンタインデーに初出勤しました。新しいプラネタリウムは、それまで東京渋谷にあった天文博物館五島プラネタリウムのように、中央に置かれたプラネタリウム投影機を取り巻くように、リクライニング式の椅子が放射状、あるいは一方向状に配置されたものとはまったく異なるものでした。

 ドームの大きさは23メートルで、それまで宮崎で扱っていたプラネタリウムドームより、さらに7メートルも大きくなっていました。最初にプラネタリウムの仕事についたときは7メートル、次が16メートル、そして今度は23メートルと、ドームの大きさが拡大していきました。またそればかりでなく、最大の特徴はドームが水平ではなく30度も傾斜していたことです。実は、ドームを傾斜させることは全天周映画との併用と、プラネタリウムにおいて、それまでのように地球から見た星空だけでなく、太陽系の任意の場所での星空も再現するという、ふたつのコンセプトを持たせたものでした。

 ドームを傾斜させたことで、プラネタリウム投影機の構造は、見た目の違いは、それほどではなくても、それまでとは内部構造を大きく変える結果にもつながりました。まず、太陽系の任意の位置から見た星空を再現するために、惑星投影機がプラネタリウム投影機本体から独立した位置に9台(太陽、月、水星、金星、地球、火星、木星、土星、仮想天体)配置されました。地球投影機はそれまでのプラネタリウムには存在しませんでした。また仮想天体とは、人工衛星や彗星の軌道要素を入れると、その天体の位置や動きをプラネタリウムの星空に投影するものです。

 星空を投影する恒星投影部と惑星投影機を機械的につなぐ機構は存在しません。入力された日付と時間をもとに、投影機を制御するコンピューターが、リアルタイムで星空の位置と、9つの天体の軌道計算して投影機に情報を送るようになっています。また、客席の方向に星を投影しないように組み込まれたシャッター機構も、それまでの重力式では対応できないため、数値制御で32個のシャッターが制御されるなど、投影機の多くの部分にコンピューター制御が介在する、まったく新しいタイプの投影機になっていました。

 このような傾斜型プラネタリウムを持つ施設をアメリカなどではスペースシアターと呼んでいます。初めてこのような設備を導入したのはアメリカのサンディエゴ・スペースシアターです。のちに私がそこを訪問したとき、アメリカ製の投影機が中央に置かれていましたが、作動している様子はありませんでした。また、同様の施設を持つ、ミネソタ州にあるミネソタ州立科学館を訪問したときにも、機械が作動している様子はありませんでした。当時、傾斜型プラネタリウムを正常に機能させることは海外では、うまくいっていなかったようです。

 このほかにも、ハイスペックのスライド映写機が多数設置され、まさに海外でいうところのスターショーを演出できるだけのシステムが準備されていました。たとえれば、いままで小型の乗用車を運転していたものが大型バスに乗り換えるように、重たいシステムに感じられました。これらの装置を理解し、自分の頭の中で膨らませた演出を、ハードウエアの特性を生かして自在に絵コンテ上にイメージを落として、シナリオを書けるようになるまで1年かかりました。そして、プラネタリウムにかかわるさまざまなスタッフとともに、傾斜型プラネタリウムの投影スタイルを確立していったのです。

  初めてドームの中に入ったときには、ドームが傾斜しているため、観客席は階段状になっており、上部の客席のほうから見ると、床などが歪んでいるような錯覚を受けました。非常に不安定な空間であると感じました。また、ドームスクリーンは、23メートルという数字から想像していたよりは、空間的には小さく感じましたが、それでもスクリーン全体の大きさは、さすがに広大で、正面のスクリーンまで果たしてポインターの矢印が届くのだろうか、などと馬鹿なことを考えてしまいました。

 初めて星空が投影されたのは、しばらくたってからでしたが、それ以前のプラネタリウムより、さらに一段シャープさが増し、また色温度も高くなり、本当の星空に一歩近づいた感じでした。のちにアメリカで、当時の最新機種であるツアイスの6型の星空も見ました。好みの問題もあるのでしょうが、私たちの扱っていた投影機のほうが、星空全体のグレードが上回っていたように思いました。

 こうして、新しいタイプのプラネタリウムを扱いながら、再び、プラネタリウムにおける映像の追求し続け、また生解説のレベルを上げていく取り組みが再び始まったのです。

 海外からのプラネタリウム関係者の視察も多く、私たちのスターショーは、外交的なお世辞が含まれていたものの、それなりに高い評価を得たようでした。しかし、その間にも、プラネタリウムを取り巻く環境の変化で、アメリカを中心としたプラネタリウムでは、ドームスクリーン全体をデジタル映像で覆いつくす、全天CGシステムの導入が盛んになり、日本のプラネタリウム業界は、一時期は海外に肩を並べ、追い越したかのように見えたものの、再び遅れをとるような状況になってしまったのです。


2006(平成18年)3月13日記述