南十字星とガメラン音楽の島
インドネシアでも南の方に位置するバリ島は、東西に長い菱形をした火山島で、この付近に散在する大小多数の島々の中でも特異な風土と文化を持った魅力的な島として知られています。実は、このバリ島の隣にあるジャワ島は、1983年に皆既継続時間が5分もあるという大きな日食が見られることになっており、今回そのための下見といった意味も含めて出かけました。
日本からバリ島へガルーダインドネシアの直行便が就航しており、約7時間半で行けるようになっています。
ヤシの葉かげの南十字星
空港から私たちの滞在するサヌルビーチのホテルまで、現地のガイドをしてくれるイワンの説明を聞きながら、あたりの景色に見入っていると、大勢のバリ島の人たちが民族衣装をまとい、お供え物を頭に載せて歩いていることに気がつきました。聞けば、3月17日はバリ・ヒンズー教のお正月になっており、いま、その準備にわきかえっているとのこと、どうやら私たちは、バリ島の一番にぎやかな時期に来てしまったようです。
私たちの滞在するバリビーチホテルは、サヌルビーチに面しており、ヤシの木が生い茂り、青い珊瑚礁の海には双胴式のカラフルなヨットが浮かび、南海のムードをいっぱいに漂わせていました。ホテルの野外ステージでは、毎晩、バリ伝統の民族舞踊がガメラン音楽の調べにのって演じられます。私たちの部屋は南向きに面しており、夜になると南十字星がヤシの葉かげから昇ってきますが、ガメラン音楽を聞きながら窓越しに眺める南十字星の姿は独特の雰囲気があり、私たちの念願であった「ヤシの葉かげから南十字星を!」が達せられたような思いでした。
翌日、私たちはイワンの案内で島内観光に出かけました。金銀細工の村として有名なチェルク、バリ木彫りの本場マス村を通り、キンタマーニというちょっと呼びにくい展望台まで、途中バリダンスを見学しながらの観光は、素朴で芸術性に富み信仰心の厚いバリ島の人々の生活を垣間見たような気がしました。
幻想のラマヤナ物語
バリ島は、別名「踊りの島」ともいわれるくらい毎晩どこかで民族色豊かな踊りが披露されていますが、ホテルに戻った私たちもバリ最高のアトラクションであるケチャック踊りを見学に行くことになりました。ちょうどその夜はとてもよい天気で、私たちとしては早く星を見たいという気持ちにかられて気が進まなかったのですが、この踊りを見たとたんに星のことなどいっぺんに忘れてしまいました。
ラマヤナ物語を題材にとったこの踊りは、半裸の数10人の男たちが「ケチャック・・・ケチャック・・・」と猿の鳴き声に似せた合唱を繰り返し踊るところから、その名がつけられています。島内を夜のとばりがつつむころ、ランプに照らし出された広場では、数10人の男たちが円陣を組み「ケチャック・・・ケチャック・・・」とはやすと、その中で数人の主人公たちがラマヤナ物語を繰り広げます。彼らは主人公ラーマに加勢する猿の軍団を演じているわけで、夜空にこだまするケチェックの合唱はバリのムードをいやがうえにも盛りあげます。微妙な手足の動き、顔の表情などを見ていると、男たちはまさに猿そのもので、その迫力は、私たちを幻想の世界へと引きずりこんでしまいます。
熱く輝く星々
島内は、ホテルやショッピング街などをのぞくと一般の民家ではいまだにランプの生活なので、夜は、ホテルを一歩出るとあたり一面の星空です。西の地平線近くには大マゼラン雲、南の空のヤシの木の上の方には南十字星やケンタウルス座のα星、β星など南天を代表する星々が見られます。
オーストラリアやニュージーランドで見たこれらの星々は、さわやかで清楚な印象を受けましたが、ここバリ島で見る星々は熱く、ぎらぎらとしていて、いかにも熱帯地方で星を見ているといった感じです。現地の人に聞いたところ、南十字星はBintang
layang layang(ビンタン・ライアン・ライアン)というのだそうですが、南十字星に対して持っている特別な感情は、どうやら私たちだけのようでした。オメガ星団などは、肉眼でも明らかに恒星の輝きと区別することができ、双眼鏡で見た姿は第一級の球状星団です。
北の空に半分沈んだ北斗の姿も珍しく、赤道をこえて南半球で星を見ている実感がわいてきます。もちろん北斗を5倍のばしたところにある北極星は、海のはるか下の方にあって見ることができません。
ヤシの木より高い建物を建ててはいけないという、いかにもこの島らしい法律、夜な夜な繰り広げられるエキゾチックな踊り、そしてヒンズーの神に守られて平和に暮らすバリ島の人たち、私たち日本人とはだいぶ生活様式が違いますが、いろいろな意味で考えさせられた旅行になりました。
1981年3月記述